拝啓FT様 サービス業の生産性について
英FT誌の安倍政権批判記事が結構面白くて、gooニュースの中でもアクセスを集めているみたいだ。
「破壊者」を無視する余裕など日本にはない―フィナンシャル・タイムズ(gooニュース)
英国系経済メディア独特の回りくどいレトリックとロジックが駆使されているので、ネット上の特亜批判的な分かりやすい罵倒記事を読み慣れた人には何を批判しているのかよく分からないだろうが、まとめると以下のような感じかな。
「ライブドア堀江がつるし上げにあったのは、彼が攻撃しようとした日本の政治・経済を牛耳る保守的なエスタブリッシュメントたちのせいだ。この連中は一見進歩的知識人の皮をかぶって安倍政権のブレーンとなっていたりもするが、実際のところ彼らの主張は『世界トップの日の丸製造業をもっと保護せよ、外資の侵入から日本を守れ』ということだけだ。要するにお仲間クラブの馴れ合いを守りたいだけなのである。かつて小泉政権で大胆な改革に踏み出しかけた日本の政治も、経済政策に定まった知見のない安倍首相になってから元の黙阿弥になってしまった。中国・インドにのされようとしている既存の大企業や製造業を保護するのではなく、網の目のように張り巡らされた規制の撤廃によって芽を潰され続けてきているベンチャー企業、またはサービス業にもっと大胆な可能性を与えて、第三次産業の生産性を上げなければ、日本に将来などない」細かい部分についてはさておき、FTアジア担当コラムニストのグイ・ド・ジョンキエール氏によるこの主張自体にはまったく同意だ。安倍政権の経済政策について「財政赤字を削減し、時期尚早な金利引き上げで景気が失速しませんようにと祈る――─安倍氏の経済政策とは結局、これくらいしかなさそうだ。」と喝破するに至っては、お見事というほかない。
まさに日本のややこしいところは、歴代自民党政権にも密接に関わるメインストリームにいる「進歩的(リベラル)」とされる知識人・経済人の多くが、実は言葉の本当の意味での「リベラル」ではない――米国のリベラリストのように、あらゆる人種・立場の人々に対する可能性を損なわないように配慮する役割を重んじるのではなく、日本の同じメインストリームにいる人たち(企業、団体、個人)が立場を失わないように配慮する役割も、同時に担っているというところにある。
日本の場合、リベラリストはリベラリストというだけで社会的に尊敬され、その地位を維持できるというわけではなく、「お仲間クラブ」の誰かのメンツを潰すようなことをした瞬間に、その「お仲間クラブ」から追放されてしまうのである。したがって日本でエスタブリッシュメントであろうとすれば、米国の上流階級の人たちと渡り合える「リベラリスト」であると同時に、必然的に仲間をかばう「保守」たらざるを得ないのだ。財界・学界だけでなく、これこそが「リベラル」と「保守」が同居する自民党政治の本質でもある。
小泉前首相は、その意味で言えば実は徹底的に自民党お仲間クラブの「アウトサイダー」でもあった。だからこそあれだけ豪快な改革をやってのけられたわけだが、安倍氏は残念ながらそうではないということが早々に明らかになってしまった。さて、日本の人たちは一見リベラルでその実極めて保守なお仲間クラブの人たちが再び凝集して密室で談合する政治への逆戻りをよしとするのかしないのか、というところが2007年の見どころだろう。
さて、その話はともかくとして、ちょっと気になったのはジョンキエール氏の論考の後半の段の「製造業よりサービス産業の改革とその担い手としての『破壊者』、つまり堀江のようなイノベーターが必要だ」というくだりだ。ロジックそのものには全面的に賛成するものの、例示や理解が間違っている。そこのところを補足しておきたい。
ジョンキエール氏はサービス産業の労働生産性が低いことの証明として「銀行の窓口」を挙げているが、これは必ずしも正鵠を射ていない。日本の労働生産性が先進七カ国中最低となっているのは、確かに全産業中労働投入量の58%を占めるサービス産業(第三次産業)の労働生産性が全産業より16%も低いせいだが、金融サービス業自体の労働生産性は、国内平均値よりも高い。やや古いデータだが、2001年の産業構造審議会のこちらのデータ(PDF)の、7ページ左下のグラフを見れば分かる。金融業は、全産業の平均以上のところにいる。
これに対し、労働生産性が著しく低いのは、「飲食」「商業」「生活支援サービス」の3つだ。日本の労働生産性統計の足を思いっきり引っ張っているのは、このうち第三次産業全体の労働投入量(労働者数×平均勤務時間)の34.7%と、3分の1以上を占める「商業(卸売業、小売業)」である(ちなみに、飲食業の労働投入量は7.0%、生活支援サービス(介護、保育)のそれは3%弱)。ちなみに、僕の手元にあるデータによれば、小売業の労働生産性は国内全産業平均の52%、卸売業のそれは59%しかない。
さらに細かく見ていけば、小売業の中でもっとも労働投入量の多いサブセクター、それは家族経営商店(全小売業の55%)である(こちらのデータ(PDF)の9ページ上の図参照)。僕の手元にあるデータによれば、家族経営商店の労働生産性は、ただでさえ低い国内の小売業の労働生産性平均に比べて、さらに40%も低い。要するに、地方のシャッター通りの商店街にある、商売をやってるのかやってないのかも分からないような無数のお店が、日本の第三次産業の労働生産性を思いっきり引き下げてるってこった。詳しくはこのブログの過去エントリ「郊外出店規制じゃなくて、中心市街地商店廃業強化が必要じゃね?」をどうぞ。
で、誰がこんなとんでもない構造を作り出してるのかってことも、そのエントリに書いた。ありていに言っちゃえば、流通分野の中小企業にありとあらゆる補助金を与え、固定資産税を軽減し、開店休業状態でも店を閉めないほうが税制上有利になる仕組みを作ってきた政府ですよ。ジョンキエール氏は労働生産性の著しく低い日本のサービス産業の事例に、都銀の窓口などではなく、「どこの田舎でもいい、JRの駅を降り立ってすぐのところに、生きているのか死んでいるのかも分からないような静まりかえった小さな商店の連なるモールがある。日本政府は何十年もの間、莫大な税金を投入して、この競争力のまったくない個人商店をひたすら生きながらえさせ続けているのだ」とでも書けば良かった。都内の銀行は、ここで言う「サービス産業の低生産性」の事例としては、いささか適切ではなかった。
まあ、それはともかくとしても、「日本の問題は、有望な新興企業が少ないことではない。有望な新興企業が、なかなか大企業にまで成長できないのが、問題なのだ」といった指摘は、正しすぎるぐらい正しいので、この1件をもってジョンキエール氏の論旨を否定するものではない。どこの誰とは言わないが、「サービス業=金融業」とか勝手に読み替えて外資ハゲタカ批判してる人とかは、大いに反省した方が良いよ。
というか、これだけストレートに日本経済の問題点をきちんと指摘できるエコノミストが、日本国内に皆無ということのほうが、はるかに大きな問題だと思うのだけど。やっぱりアレですね、日本人エコノミストたるもの、サービス産業がすでに国内の総労働投入量の3分の2を占め、年々増え続けていると分かっていても、偉大なる我らが経団連様の前では「やっぱり日本はものづくり、製造業立国ですよねはっはっは」とか言わないといけないのですよ。
もしそこでとちくるって「いやだってサービス産業のほうがずっと深刻な問題じゃないですか、医療とか教育とか、もっとガンガンに規制緩和すべきです」などと正論レポートを書いた瞬間に、それこそ政財界の「お仲間クラブ」からパージされてしまうという、この息の詰まるような閉鎖的言論空間そのもののほうがずっと大きな問題かもしれませんね。ではこのへんで。読者の皆様も良いお年をお迎えください。
追記:文中で「手元にあるデータ」と記したものの類似データがネット上に公開されてるのが見つかったので、リンクを張っておく。2004年の経産省のもので、データ(11ページの「サービス業における労働生産性」のグラフ)は1999年のもの。
08:06 午後 経済・政治・国際
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