2006/12/29

拝啓FT様 サービス業の生産性について

 英FT誌の安倍政権批判記事が結構面白くて、gooニュースの中でもアクセスを集めているみたいだ。

 「破壊者」を無視する余裕など日本にはない―フィナンシャル・タイムズ(gooニュース)

 英国系経済メディア独特の回りくどいレトリックとロジックが駆使されているので、ネット上の特亜批判的な分かりやすい罵倒記事を読み慣れた人には何を批判しているのかよく分からないだろうが、まとめると以下のような感じかな。

 「ライブドア堀江がつるし上げにあったのは、彼が攻撃しようとした日本の政治・経済を牛耳る保守的なエスタブリッシュメントたちのせいだ。この連中は一見進歩的知識人の皮をかぶって安倍政権のブレーンとなっていたりもするが、実際のところ彼らの主張は『世界トップの日の丸製造業をもっと保護せよ、外資の侵入から日本を守れ』ということだけだ。要するにお仲間クラブの馴れ合いを守りたいだけなのである。かつて小泉政権で大胆な改革に踏み出しかけた日本の政治も、経済政策に定まった知見のない安倍首相になってから元の黙阿弥になってしまった。中国・インドにのされようとしている既存の大企業や製造業を保護するのではなく、網の目のように張り巡らされた規制の撤廃によって芽を潰され続けてきているベンチャー企業、またはサービス業にもっと大胆な可能性を与えて、第三次産業の生産性を上げなければ、日本に将来などない」
 細かい部分についてはさておき、FTアジア担当コラムニストのグイ・ド・ジョンキエール氏によるこの主張自体にはまったく同意だ。安倍政権の経済政策について「財政赤字を削減し、時期尚早な金利引き上げで景気が失速しませんようにと祈る――─安倍氏の経済政策とは結局、これくらいしかなさそうだ。」と喝破するに至っては、お見事というほかない。

 まさに日本のややこしいところは、歴代自民党政権にも密接に関わるメインストリームにいる「進歩的(リベラル)」とされる知識人・経済人の多くが、実は言葉の本当の意味での「リベラル」ではない――米国のリベラリストのように、あらゆる人種・立場の人々に対する可能性を損なわないように配慮する役割を重んじるのではなく、日本の同じメインストリームにいる人たち(企業、団体、個人)が立場を失わないように配慮する役割も、同時に担っているというところにある。

 日本の場合、リベラリストはリベラリストというだけで社会的に尊敬され、その地位を維持できるというわけではなく、「お仲間クラブ」の誰かのメンツを潰すようなことをした瞬間に、その「お仲間クラブ」から追放されてしまうのである。したがって日本でエスタブリッシュメントであろうとすれば、米国の上流階級の人たちと渡り合える「リベラリスト」であると同時に、必然的に仲間をかばう「保守」たらざるを得ないのだ。財界・学界だけでなく、これこそが「リベラル」と「保守」が同居する自民党政治の本質でもある。

 小泉前首相は、その意味で言えば実は徹底的に自民党お仲間クラブの「アウトサイダー」でもあった。だからこそあれだけ豪快な改革をやってのけられたわけだが、安倍氏は残念ながらそうではないということが早々に明らかになってしまった。さて、日本の人たちは一見リベラルでその実極めて保守なお仲間クラブの人たちが再び凝集して密室で談合する政治への逆戻りをよしとするのかしないのか、というところが2007年の見どころだろう。

 さて、その話はともかくとして、ちょっと気になったのはジョンキエール氏の論考の後半の段の「製造業よりサービス産業の改革とその担い手としての『破壊者』、つまり堀江のようなイノベーターが必要だ」というくだりだ。ロジックそのものには全面的に賛成するものの、例示や理解が間違っている。そこのところを補足しておきたい。

 ジョンキエール氏はサービス産業の労働生産性が低いことの証明として「銀行の窓口」を挙げているが、これは必ずしも正鵠を射ていない。日本の労働生産性が先進七カ国中最低となっているのは、確かに全産業中労働投入量の58%を占めるサービス産業(第三次産業)の労働生産性が全産業より16%も低いせいだが、金融サービス業自体の労働生産性は、国内平均値よりも高い。やや古いデータだが、2001年の産業構造審議会のこちらのデータ(PDF)の、7ページ左下のグラフを見れば分かる。金融業は、全産業の平均以上のところにいる。

 これに対し、労働生産性が著しく低いのは、「飲食」「商業」「生活支援サービス」の3つだ。日本の労働生産性統計の足を思いっきり引っ張っているのは、このうち第三次産業全体の労働投入量(労働者数×平均勤務時間)の34.7%と、3分の1以上を占める「商業(卸売業、小売業)」である(ちなみに、飲食業の労働投入量は7.0%、生活支援サービス(介護、保育)のそれは3%弱)。ちなみに、僕の手元にあるデータによれば、小売業の労働生産性は国内全産業平均の52%、卸売業のそれは59%しかない。

 さらに細かく見ていけば、小売業の中でもっとも労働投入量の多いサブセクター、それは家族経営商店(全小売業の55%)である(こちらのデータ(PDF)の9ページ上の図参照)。僕の手元にあるデータによれば、家族経営商店の労働生産性は、ただでさえ低い国内の小売業の労働生産性平均に比べて、さらに40%も低い。要するに、地方のシャッター通りの商店街にある、商売をやってるのかやってないのかも分からないような無数のお店が、日本の第三次産業の労働生産性を思いっきり引き下げてるってこった。詳しくはこのブログの過去エントリ「郊外出店規制じゃなくて、中心市街地商店廃業強化が必要じゃね?」をどうぞ。

 で、誰がこんなとんでもない構造を作り出してるのかってことも、そのエントリに書いた。ありていに言っちゃえば、流通分野の中小企業にありとあらゆる補助金を与え、固定資産税を軽減し、開店休業状態でも店を閉めないほうが税制上有利になる仕組みを作ってきた政府ですよ。ジョンキエール氏は労働生産性の著しく低い日本のサービス産業の事例に、都銀の窓口などではなく、「どこの田舎でもいい、JRの駅を降り立ってすぐのところに、生きているのか死んでいるのかも分からないような静まりかえった小さな商店の連なるモールがある。日本政府は何十年もの間、莫大な税金を投入して、この競争力のまったくない個人商店をひたすら生きながらえさせ続けているのだ」とでも書けば良かった。都内の銀行は、ここで言う「サービス産業の低生産性」の事例としては、いささか適切ではなかった。

 まあ、それはともかくとしても、「日本の問題は、有望な新興企業が少ないことではない。有望な新興企業が、なかなか大企業にまで成長できないのが、問題なのだ」といった指摘は、正しすぎるぐらい正しいので、この1件をもってジョンキエール氏の論旨を否定するものではない。どこの誰とは言わないが、「サービス業=金融業」とか勝手に読み替えて外資ハゲタカ批判してる人とかは、大いに反省した方が良いよ。

 というか、これだけストレートに日本経済の問題点をきちんと指摘できるエコノミストが、日本国内に皆無ということのほうが、はるかに大きな問題だと思うのだけど。やっぱりアレですね、日本人エコノミストたるもの、サービス産業がすでに国内の総労働投入量の3分の2を占め、年々増え続けていると分かっていても、偉大なる我らが経団連様の前では「やっぱり日本はものづくり、製造業立国ですよねはっはっは」とか言わないといけないのですよ。

 もしそこでとちくるって「いやだってサービス産業のほうがずっと深刻な問題じゃないですか、医療とか教育とか、もっとガンガンに規制緩和すべきです」などと正論レポートを書いた瞬間に、それこそ政財界の「お仲間クラブ」からパージされてしまうという、この息の詰まるような閉鎖的言論空間そのもののほうがずっと大きな問題かもしれませんね。ではこのへんで。読者の皆様も良いお年をお迎えください。

追記:文中で「手元にあるデータ」と記したものの類似データがネット上に公開されてるのが見つかったので、リンクを張っておく。2004年の経産省のもので、データ(11ページの「サービス業における労働生産性」のグラフ)は1999年のもの。

08:06 午後 経済・政治・国際 コメント (13) トラックバック (2)

2006/12/25

収税係 is coming to home!

 ♪You better watch out, You better not cry, better not pout, I'm telling why. The 収税係 is coming to home♪

 というクリスマスらしい陽気な音楽にのって(嘘)、我が家に警察ならぬ市役所から未納住民税の取り立て係がやってきた。追徴金の額は1億1600万円…じゃなく、3000円である。

 彼女(たぶん60歳ぐらいのおばさん)は、2カ月ほど前にも1度我が家に来られたのだが、僕が「どういう理由で追加の税金を納めなきゃいけないのかちっとも分からないので、その理由を説明してください」って言ったら、ほぼ即答で「今分からないので、調べてきます」と去っていったのである。そして待つこと2カ月。彼女はきっと、あれから東京・霞ヶ関の財務省内部に決死の覚悟で潜入し、2カ月の内偵を終えて僕の質問に答える物証をつかんできたに違いない。

 このたった3000円の税金の未納は、実は昨年の秋ぐらいから自宅に「未払住民税のお知らせ」という封書がたびたび届くようになっていたのだが、「理由不明」とみなして放置していたものだった。何度か督促状が来たのち、今年の秋についに封書ではなく収税の担当者が直接おみえあそばしたというわけだ。

 で、僕が再び「どうして追加の税金を納めなければならないのか理由を教えてほしい」と尋ねると、彼女はおもむろに僕の出した2年前の確定申告書を出して、「雑所得」欄に僕が書いたアルバイト原稿の原稿料のところを指さして言った。「ここの分の住民税です」

 でもその原稿料は、所得税の源泉徴収はすでに払われているはずだったので、僕は「これまで普通に住民税も払ってきているんですけど、どうしてその雑所得に対する源泉徴収以外にさらに住民税を払わなきゃいけないんですか?」と質問した。すると彼女は「分からない。市役所の収税課に聞いてみてください」。いや、その、2つめの質問でもうアウトですか?(笑)この2カ月何して来たんだか。

 またかよと思いつつ、ここでまた追い返すと、このくだらない3000円の件が3年越しになってしまう可能性が高く、ここにいる誰も得をしないなと思ったので、玄関口に彼女を待たせたまま、電話を取ってきて彼女の指し示した「収税課」の番号に電話をかけた。「すいません。雑所得に対する住民税が払われてないって今、家に来ている収税係の人に言われてるんですけど、既に源泉徴収で払ってるんじゃないんですか?源泉徴収って、国税だけに100%入るんですか?」と聞くと、電話口の収税課職員がもごもご言った後に「分かりませんので、ちょっとお待ちください。のちほどかけ直します」。…収税課の人間が、自分が今取り立てようとしている税金の根拠も知らんのかいな。

 で、しばらく待っていたら電話がかかってきて、はきはきした女性の声で「雑所得に対するものではなく、給与所得とすべて合算したうえで、既にいただいている特別徴収額との差額をご請求させていただいております。源泉徴収に住民税は含まれておりませんので」。やっと納得し、目の前の年輩女性に3000円払った。ちなみに、僕の税に関する疑問にいつも一番明快に答えてくれる公務員って、たいてい若い女性担当者だったりする。なぜなんだ(笑)

 前々から思ってることだが、税金集めてる連中って、本当に全然自分たちの集めてるカネのロジックを知らずにやっている。まあ、税の体系は複雑怪奇だから全部頭に入れられないのかも知れないが、ロジックを知らずにかけずり回ることの積み重ねがどんだけの無駄につながるのかということの意識がないのが、まさに官の官たる所以。だいたいそのカネはなぜきちんと確定申告なり源泉徴収なりの、通常プロセスの中で集められなかったのか。それをきちんと分析して今後のプロセス改善にフィードバックしなければ、たった3000円のために職員がわざわざうちに2回も訪問するなんてことになる。徴税コストのほうが徴税額よりずっと高くつくじゃねえか。

 たとえ当該案件の課税のロジックが出てきたとしても、職員によって言ってるロジックが違うことがままあるので、同じ税務署内の違う職員に確認するだけで、数万円とか数十万円も課税額が変わったりもする(これも経験済み)。今回はそういうことはなかったが、税金を払うときはロジックをよくよく確認して、自分で納得できるまで税務署内のあちこちの職員に尋ねて回った方が良い。これ、確定申告のジョーシキである。

 それにしても、そもそも源泉徴収に住民税が含まれないことぐらい、どうして地方自治体で収税業務している職員が即答できないのか?税金と国民年金の徴収窓口を統一、という話が出てるが、そんなややこしい話以前にそもそも地方税と国税の収税業務を税務署か地方自治体のどちらかに集約したらどうなのか。めんどくさくてしょうがない。

 まったく、クリスマス当日にとんだ来訪者だった。ま、今年は住宅ローン減税でがっぽり年末調整が戻ってきたから、いいけどさ。収税係の皆さんも、こちらのレシピ等もご参考にローストビーフなどご用意しつつ、せいぜい良いクリスマスをお過ごしください。

03:53 午後 経済・政治・国際 コメント (4) トラックバック (0)

2006/02/26

みんす党は(国会で)何もしないを、しよう。

ブログキャスター 東洋経済から届いた「ブログキャスター」の見本誌、読んでいてすごく面白かった。何が面白いって、書いているブロガーの経歴をずらっと眺めることができたこと。「へぇー、こんな人もブログ書いてるんだー」というカタログ感覚が良い。あと、自分も含めて微妙にブログ本体の中心的話題とずれたテーマのコラムを書かされているのも面白かった。その方が、出たとこ勝負の文章力が問われるしね。僕のコラムがどうだったかは、読み手の皆さんにご判断を任せるとして。

 で、その自分の書いた政治ネタのコラムを読みながら、これを書いた時のことをちょっと思い出したりしていたのだが、その頃はまだ通常国会の開幕前で、マスコミが「ポスト小泉」の下馬評でそこそこ盛り上がっていたりした時期だった。政治の世界の先は分からないとはいえ、コラムを書いてから1カ月しか経っていないのに、想像のはるか斜め上を行く急展開っぷりである。なんじゃこりゃ。

 特にこの1カ月の間に強烈なスポットライトを浴び続けているのは、党首以下、忘年会にやり残した宴会芸のつもりで国会に取り組んでいるんじゃないかと思うほどのダメっぷりを露呈しまくる我らがみんす党だ。送金メールの真偽なんてさぁ、自分で確かめられないなら馬渕議員の秘書通じてどっかの第三者ブログ(笑)に「怪文書ハッケーン!」とかリークさせてみて、2ちゃんでどう反応出るか確かめてからおもむろに取り上げても良かったのに。脇がアスパルテーム並みに甘い甘い。

 んでもって、国対委員長が「真実をこれ以上補強できない(=間違いでしたゴメンナサイ)」と事実上の白旗を揚げてるっちゅーのに、なんで党首が「説明責任を果たす」とか言いながら謝らないわけ?もう全然訳わかんない。心配しなくてもあんたの首取ってこんなダメダメ党の党首に成り代わりたい人なんていないっての。とっとと謝っちゃえばいいのに。

 思うに、昨年10月にみんす党のお茶会に招かれた時に既に感じていたのだが、どうも今のみんす党の人たちというのは、上から下まで自分たちがどれだけ追いつめられた立場にいるかという自覚がないのだな。だから、既に選挙民から「あんたたちはもう国会にいても意味がないよ」と言われたのにも気がつかず、まだ国会で自民党に真正面から噛みついてみせて「ほら!僕ちゃん、こんなに噛み付くことができるんだよ!」とか、選挙民にしっぽを振って見せているわけだ。見苦しいったらありゃしない。

 というわけで、一人で自爆して窮地に陥って自民党のイエスマンとか我ら選挙民を唖然とさせているみんす党の皆さんに、永田町の常識に関してはまったくの門外漢が考えた今後の身の振り方を以下ご提案してみようと思う。

 まず、前原党首は記者会見してお詫びすべきだ。「あのメールは間違いでござんした」と。でもそれだけだと誰もが「何を今さら」と思ってしまう。そこで、お詫びついでに大向こうをあっと驚かせる一大博打に打って出るのだ。それが、「出直し的解党」宣言である。

 「解党的出直し」というのは、政権運営に行き詰まった時の自民党の紋切り型常套句である。本当に解党するわけがないことぐらい誰でも知っているのでインパクトがない。なので、みんす党としてはむしろ「甘い党内体制をたたき直して出直すためにいったん解党する」と宣言しちゃうわけだ。本当に解党するのである。

 永田町にある本部も、賃料を払うだけ無駄なのでとっとと引き払う。そして、ネット上に「元みんす党バーチャル無所属議員連合本部」を作り、これから一切の政策論議は各議員の地元支部と議員会館の部屋、そしてネット上だけで行うことにする。

 無所属議員の集まりに過ぎないので、国会で質問する時間とかがほとんどもらえなくなるだろう。いいのである。どうせ国会は3分の2を占有する与党連合のものなのだ。たまに質問の時間が回ってきても「小泉さんはこれこれこんなことを最近おやりになりました」とか政府発表をおうむがえしにしゃべるとかだけにしてニュースバリューをゼロにし、マスコミがみんす党の発言や行動を一切報道できないようにするのである。

 そうすると、マスコミは必然的に政府と自民党の言い分を垂れ流すようにしか報道できなくなるか、仕方なく自民党内の些細な意見の相違とかをほじくり返しては報道するかのどちらかに向かう。これは自民党にとって、なにげに結構恐ろしい事態だ。党内が常に一枚岩、小泉首相に大賛成ではニュースバリューがなくなってしまうし、かといって話題を作るために党内で違う意見があることを明らかにすれば、せっかく小泉首相が「小さな政府、官から民へ」といったスローガンでまとめてきた政策のブランドイメージがぼやけて、党としてのまとまりが見えなくなってしまう。

 その間、元みんす党の議員は国会で「何もしないを、する」ことで浮かせた時間を、2年後の衆院選に掲げる包括的な政策プランの構築と、地元有権者の支持固めと政策の周知徹底のために丸々使う。政策テーマごとにmixiでコミュニティを作って参加者と議論を重ねてゆく。もちろんmixiのコミュニティには自民党関係者は入れない(笑)。

 そして、今後20~30年後までの日本の将来の変革プランと政策体系をまとめ上げ、ネット上と地元選挙区とで合意を固めたうえで、満を持して衆院選前に党を再結成し、大規模なPRキャンペーンを展開して国民に問う。それまではとにかくあらゆるコストを節約し、2年間けちけちで生き延びるのである。

 みんす党が地元とネット上との組み合わせでがっちり日本の将来プランについての合意をまとめ上げる頃には、実質的な野党不在の国会での自民党の独り相撲に国民はもう飽き飽きしているに違いない。「もう自民党には2年間、さんざん好き勝手にやらせたんだから、今度はちょっと別の連中にやらせてみたいね。そういえば、みんす党とかいう政党、2年間完全に地下に潜って長期的な政策を練りに練っていたそうじゃないか。どうだい、今度は10年ばかりみんす党で行ってみないか」。選挙民にそう思ってもらえれば、みんす党の勝ちである。

 ・・・てなワケで、某第三者ブログのような切り出し方で申し訳ないのだが、そろそろみんす党は国会のスタンドプレーで「何かを、しよう」とするのを止めてほしい。3分の1以下の議席数で何をしても自民党にとっては、痛くもかゆくもないどころか、与党内のさまざまな雑音を打ち消したり、3分の2の議席を持っているという重大な事実から国民の意識を逸らせたりするのに役立ってしまうだけなのだ。

 ここはいっそ思い切って、国会では「何もしないを、する」つまり“気配”を消すことに逆に専念してみてはいかがだろうか。最大野党に“気配”を消されて一番困るのは、党内のノイズがごたごた好きなマスコミを通じて国民に筒抜けになってしまう自民党自身なのである。あるいは、カウンターのいない圧倒的多数の議席を独占しているという危険性を国民にいつも意識されると一番困るのも、自民党なのである。

 みんす党としては、ここで1997年のスティーブ・ジョブズを見習ってほしいと思う。巨人マイクロソフトにとって一番困るのは、ビル・ゲイツが市場の独占者ではないことを示す「健全なライバル」がいなくなることだった。アップルはそれが一時的にはユーザーの猛反発を食らうことを分かっていながら、マイクロソフトからの出資や技術協力を受けた。生き延びるためには、巨人の最大の弱点につけ入るのが、実は一番効果的だったからである。

 ジョブズのやったように、今のみんす党にとって自民党と全面提携しちゃうというのも1つの手ではある。だが、企業である以上消滅するわけにいなかったアップルとは違い、みんす党には「(国会からは)消滅したようにみせる」という、最大の嫌がらせ手段を取ることも可能なのである。

 「ブログキャスター」を書いた時にはもう少しのんびりとしたことを書いたけど、ここまで来たら、もう徹底的に意表を突く奇手を繰り出すしか、みんす党にとっては形勢挽回の方法がない。幸い、衆院選まで時間は2年半あるんで、「説明責任」とか言ってないで、マジでどうにかしてください本当に。

(洒落の分からない人のために申し添えておくと、この提言はほとんどジョークですのでよろしく)

02:45 午前 経済・政治・国際 コメント (27) トラックバック (5)

2006/01/25

Disney、Pixarを74億ドルで買収

 なったみたいですねえ。今、テレビ東京のニュースで流れてました。買収金額は74億ドル、Steve JobsはDisneyの取締役になるそうだ。とりあえずまだ欧米メディアにしか出てないのでUSATODAYのニュースでもはっとく。

 書かれているニュースによると、買収は全部DisneyとPixarの株式交換。Disneyの時価総額が500億ドルだから、Pixarの評価額が74億ドルということは、Pixar株主はDisneyの7分の1の株を手に入れたことになる。JobsはDisneyの筆頭株主になるそうだ。あと、John Lasseterがアニメスタジオのディレクターに加えて、Disneyのテーマパーク部門のアドバイザーにもなるそうな。

 DisneyのPixar買収は、まあなるべくしてなったというか、このディールを落としたらDisneyもPixarも大馬鹿者として歴史に名をとどめただろうぐらいの言われようだったので、まあ良かったというか。

 むしろ、ここでの焦点はJobsがDisneyにどのぐらいの影響力を持つようになるかっていうことだったと思うのだけど、筆頭株主で取締役ですか。筆頭っつっても10%弱なんだろうから、取締役に入れてもらったっていうのはJobsにとってかなり大きな成果なんじゃないだろうか。JobsがDisneyでどんなことをやろうとするのか、興味津々だ。Appleのハードとの組み合わせを考えたりすると、すごいことになりそう。

 あと、これから楽しみなのは、Pixarのクリエイティビティの源泉であるJohn Lasseterがテーマパーク部門のクリエイティブ・アドバイザーになるということ。これまでDisneyの中のPixarキャラクターは、ライセンスのあるものだけの控えめな露出だったりしたので、もっと大々的にいろいろとキャラやストーリーを使ったアトラクションがテーマパークに出てくるといいなあ。

 というわけで、柄にもなくミーハーなエントリでしたが、今日はとっても忙しいのでこんなところで。

07:25 午前 経済・政治・国際 コメント (8) トラックバック (12)

2006/01/18

ライブドア死すともデイトレは死なず

 ライブドアの件、盛り上がってますね。オジャマモン証人喚問にネタをぶつける陰謀論説が出回ってますが、こんなにみんなが聞いた瞬間に連想するような「陰謀」は、そもそも陰謀じゃないってばさ(笑)。陰謀はだまそうとしてる相手が気が付いたら、意味ないんだから。

 まあ、あえてその黒幕がいるとしたら、政府内の財政再建優先派の人たちじゃない?つまり、このまま日経平均がぐんぐん上がっていったら、そりゃ誰もが高所恐怖症になって「デフレは終わったんだ、金融を引き締めろ」って叫び始めるから、防御戦を張るためにまずは相場加熱の元凶たるデイトレ銘柄の総本山に冷や水をぶっかけとけ、となった可能性はあると思う。ま、これも妄想の範疇の話ですが。

 だから、これはある意味「デイトレ投資家に媚びを売るような企業はこれからも潰しますよ」という見せしめでもあると思うし、そういう資本戦略を描いてライブドアの金魚の糞作戦を実行しようと考えていた経営者や証券屋さんへの警告でもあると思う。あるいは、既にそういう戦略をやってるところはさっさと下降乱気流に巻き込まれて死んでくださいというようなね。

 その他いろいろな陰謀論メニューは極東ブログの本家がご用意くださっているのでそちらをご参考にお好みをご注文いただくとして、ちょっと気にかかったのはライブドアPJに登録したらしい神田敏晶氏@KNNの「ライブドア家宅捜査とオールドエコノミー的感情論」というオピニオン記事だ。

 ライブドアが強制捜査を受けたとなった瞬間にこれまでの話を掘り返して叩きまくるマスコミの報道ぶりを、「ネット時代の先端企業が直面した今回の問題は、日本のネット産業とオールドエコノミー(つまりマスコミ)との確執」と切って捨ててる。

 罪状も分からないまま特捜が強制捜査に入ったから、マスコミ屋さんはみんな情報がないままニュース枠をでっちあげなきゃいけないんで苦労してるだけであって、あれこれ推測してバラエティやワイドニュースのネタにするテレビ局のお調子者ぶりなんて、別に今に始まったことじゃないでしょ。それとも、ほとんどの質問に証言拒否したオジャマモンの証人喚問を延々流しまくって、ライブドアの話題は「特捜が強制捜査に入ったそうです。目的は何かよく分かりません。そゆことで、じゃっ!」だけで終わらせろとでも?

 まあ、やっぱりマスコミ憎しなネタがネットでは注目浴びるのは事実だから、そっちに振りたいのはよく分かるんだけどさ。しかし「マスコミのやってることのほうが風説の流布だろ」とか、「たかがライブドアくらいの社会の甘さを活用して利益を上げる企業にふりまわされる日本の証券制度や法制度の方が時代遅れ」とか、ちょっとこっちのほうがトンデモ説な感じがするけどなあ。磯崎氏もisologueで言っているとおり、「今取り上げる話なのか?」という疑問はあるにせよ、事実なら法律違反は法律違反ですから。

 あと、気になったのは、ライブドアのビジネスモデルを「目立ちながら、儲けるというユニークな視点は絶賛したい」と褒めてること。いや、これって別にライブドアのお家芸でも何でもなくて、ソフトバンク孫正義の「説明会経営」のコピーなんですけど。どこがユニークですか?

 そもそも日本の証券市場って、バブル崩壊後の大企業は配当も低くて株価も上がらないから、ずっと投資に対するリターンが低かった。だから、個人投資家がそういう企業の株を長期保有していても全然儲からなかった。そうすると、個人投資家の目がブルーチップ(優良大企業)の長期保有ではなく、新興中小銘柄の短期投資(デイトレーディング)に向かう。

 で、短期投資する人というのは、配当性向よりも流動性やボラティリティ(株価の振れ幅の大きさ)のほうを重視する。孫正義は、ヤフーという株価ボラティリティの高い高成長企業を生み、一躍人気になった。ただ、ヤフーは発行済み株式数が(分割を繰り返した今でも)3000万株と少なく、そのうえかつては80%以上を米ヤフーとソフトバンクで握っていた。だから、ボラティリティは高いものの、その分株価も猛烈に高く(1株百万円を超える)、流動性は当然ものすごく低かった。

 これに対し、ライブドアは昨年末の時点で発行済み株式数は10億株、しかも固定株主の比率は30%程度に過ぎない。株の売買単価も安く、個人投資家にとっては手が出しやすい。しかも毎月、毎週のようにM&Aや新サービス、CEOの目立つ行動が報じられたりして、売買のネタには事欠かない。株価も当然それなりに活発に動くわけで、デイトレーダーにとっては「理想的な投機銘柄」である。

 ホリエモン自身も、おそらく自社が「短期売買を投資スタイルとする個人投資家」という、資本市場における「(急成長中の)顧客セグメント」のニーズに最もよく応えている企業という自負はあっただろう。ライブドアが頻繁なM&Aを繰り返したり、株式をいじったりしてみせるのも、根本にはそうした顧客ニーズがあるところへの合理的行動なのだ。

 マスコミが指摘するべきだとしたら、「六本木ヒルズ族に対する懲罰」とかそういうことではなく、「デイトレ投資家に最適化するような行動を取る企業が出てくる日本の証券市場の構造をどうにかしろよ」ということなんじゃないのか。今の日本では、楽天なんかまさにそうだけど、株式の長期保有にふさわしい「堅気な企業」になろうとした途端に株価が下落し、M&Aなどを使った成長戦略が描けなくなってしまう。資本市場のせいで、堅気になりたくてもなれないというジレンマがあるのだ。

 これって誰のせいかと言われれば、長期保有株主をコケにしまくってきたNTTを初めとする日本の伝統的大企業の資本政策のせいであり、また投資家の長期的利益を尊重した経営をするように大企業に株式市場を通じた圧力をかけてこなかった「ぬるま湯の創造者」たる年金基金や投資信託といった大口機関投資家のせいである。つまり構造的な問題なのですよ。

 だから、たとえ今ライブドアを潰しても、日本の証券市場では短期売買の方が儲かるという(個人)投資家の信念を変えない限り、第二、第三のライブドアは生まれてくる。ライブドアの存在は、資本市場のプレーヤーの信念と持ちつ持たれつなのだから。霞ヶ関の方面に黒幕な方々がいらっしゃるようでしたら、ぜひそこんとこをよくお考えくださいな。

 念のため付け足しておくと、神田氏@KNNの「もし証取法違反が事実だったとしても、最高5億円の罰金はライブドアの経営自体を窮地に追い込むことにはなり得ない」という指摘は、まったくその通りだと思う。ライブドア本体は「流動性とボラティリティの高い株式」を提供するのが主な商売の会社かも知れないが、その子会社には見るべきものを持った事業会社がたくさんある。

 だから、個人投資家の皆さんはここぞとばかりにライブドアの上場事業子会社の株を拾いまくっておくと良い。セシール、ライブドアオート、ターボリナックスなどお勧めだと思うよ。そういう企業の株は、ライブドア本体の資本市場におけるメッキがはげ落ちたとしても、逆にこれから価値が出てくるだろうから。ま、株式投資はあくまで自己責任でよろしくってことで。

(13:10追記) ちょうどこの記事のおかげで、さっきアクセスカウンターが300万を超えたっぽい。ここまで続けてきた自分を褒めてあげたい(嘘)。ご愛読ありがとうございます>皆様。

12:11 午後 経済・政治・国際 コメント (33) トラックバック (30)

2005/12/29

なんで年末になると少子化対策の話になるんだろう

 去年もなんか12月末から1月にかけて、こんな記事とかこんな記事を書いた覚えが。読み直すと、あの頃はコメント欄の長文レスにもまじめに答えてたなあと感慨深い。それにしても、毎年飽きもせずにこのネタが繰り返されるのは、政府の来年度予算案関連の報道がトリガーになっているからなんだろうか。

 今年は非モテ論とかが僕みたいな妻子持ちの素人には手が出せないぐらい燃え上がったこともあって、これ系のネタは無視しようと思っていたが、何やら突然H-Yamaguchi.netで議論の歴史的経緯とか非モテの琴線とかをまったく無視した暴論エントリが上がっちゃいました。

 暴論:「負け犬」男性を救え!(H-Yamaguchi.Net)

 あーあ。山口さん、やっちまったよ。というわけで、ちょっとなだめ気味に歴史的経緯のご説明をば。

 山口さんが1つまったく踏まえてないなーと思うのは、そもそも酒井順子の『負け組の遠吠え』っていうのは、女性性側における20年以上続いた「未婚vs既婚論争」の一方的敗北宣言だったということだ。

 つまり、この本は30台にもなって未婚のくせに、恋愛資本主義における「非抑圧者」としての女性性という枠組みから逃走できた(つまり結婚して生活臭にまみれることから逃避できた)ことを根拠に、子育てに忙殺されている既婚の女友達に向かって、「どうだ、ルイヴィトンのバッグいいだろー」とか勝ち誇るのはもう止めようぜ未婚の同志たちよ、という、それまで20年以上続いてきた「未婚vs既婚」論争における白旗敗北降伏勧告の書なわけですよ。そのへんの詳しい経緯はエキサイト・ブックスの「ニュースな本棚」での、「『負け犬の遠吠え』が書かれた理由」をご覧ください。

 で、それを

世間での論じられ方をみていると、実は「負け犬」であることをあえて引き受けるというか、ある種の「誇り」を持っているような気がする。「何が悪い」「これでいいじゃん」というわけだ。雑誌のコピー風にいえば「私らしく」かもしれない。実際、このカテゴリーに入る女性たちの中には、元気で輝いている人たちがたくさんいる(と紹介されることが多い)ような印象がある(もちろんそうでない人たちも多いだろうが)。
 とか言っちゃったら話が20年前に戻っちゃうわけですよ。それをあえて「負け犬」と呼ぼう、というのが酒井氏の言い分なわけだし、少なくともあの本がベストセラーになったということで、「クロワッサン症候群」に始まる20年の論争は、1つの終着点を得た訳だから。

 ところで、問題はそれの反対側、つまり山口さんが「本当の負け犬」と呼ぶところの男性性の側なんだな。山口さんはここで

男性の「負け犬」はどうだろうか。あくまで漠たる印象でしかないが、「元気で輝いている」といった印象からは程遠い感じがする。「負け犬」女性と比べて、「負け犬」男性はかなりさびしいというか情けないというか、そんな扱われ方がされている感じがするのだ。
 と書いているが、だってそれが今までの日本社会のジョーシキだったのだから当然のことである。30後半、40歳になっても結婚できない男が「甲斐性なし」と後ろ指さされる風潮は、別に今に始まったことではない。

 女性性の側ではそうした既存の女性抑圧の価値観に抗ってきた20年間の闘争を、この本によって「結局、誰が悪いんだかわかんないけど、やっぱり結婚できないあたしたちってフツーじゃないよね」「いくら仕事がバリバリできたって、結婚も出産もできないようじゃ世間様から一人前と思われないんだね」みたいな、ある意味総括して“降伏”を宣言したわけなんだけど、男性は抑圧されない側だっただけに意識改革も遅れてて、最近やっと既存の価値観に対する宣戦布告が始まったばかりなんだわ。つまり女性に比べて約20年のビハインド。

 山口さんはこれに対して「理屈や『べき』論はともかくとして、マクロレベルでこうした男性を『なんとか』しないと、社会が望ましくない方向へ向かってしまうのではないか」と、少子化問題というマクロ論へと問題を接続しようとするのだが、これはご本人も「暴論」とおっしゃっている通り、危険な方向性の議論ではある。

 この問題に対する僕のスタンスは、約1年前に居座り君改めantiECO氏からあれだけDISられたにもかかわらず基本的にはまったく変化していない。最初にリンクした2つの記事で書いた通り、「出産数を増やすためには、政策ターゲットを『1人目を出産したが2人目を躊躇っている夫婦』に絞れ、そして子作りの『目先のコストというハードル』を下げるのではなく『将来のQOLの期待値』を上げろ」という立論である。すなわち、非モテの人をいきなり「お前が少子化の元凶なんだYO!」ってDISってはいけませんということ。

 ちなみに、僕の主張はこちらの記事に対するコメント欄でantiECO氏がご指摘の通り、「共働きかつ高学歴な子供を望む世帯にとってだけ都合の良い政策」だとは思うが、逆にこれからの世の中で男性の側だけに専業主婦を養えるほどの収入があり、かつ子供に義務教育以上の高学歴を望まない家庭というのが政策ターゲットとしてそれほど多数存在するとは思えないからそういう立論にしている。もし「世の中の大勢はそうじゃない」という新事実が出てくるようであれば、主張の撤回にはやぶさかでないけれども。

 でもって、たぶん山口さんのエントリのきっかけになった、いったい政府の少子化対策の何が問題なんだろう、これから何をすればいいんだろうというそもそも論に戻って考えてみたい。

 幸い12月までの少子化社会対策推進会議の議事録とか、今年3月に調査したっていう子育て女性の意識調査とかが全部ネットに乗っているので、ざっと目を通してみた。それで思ったのは、まず推進会議の委員の誰かも言ってたけど、これまでに政策としてやれることはだいたいもう出尽くしてるんだね。でも、圧倒的に「誰にも知られてない」の。おしなべてほとんどの政策について、8割以上の人が「政策の名前も内容も聞いたことがない」か「名前だけ聞いたことあるが内容は知らない」のどっちか。

 つまりこれ、簡単な話で、政策マーケティングが全然出来てないのだよ。それなりに一生懸命政策を作って実施している(僕に言わせると、それでも上記の理由でピント外れなものが多いと思うが)にもかかわらず、そのことをまさにちゃんと知っていてもらいたい政策ターゲット(子育て中の女性)に、全然リーチしてないのだ。ここでは調査対象に入ってないから分からないが、現在子育てしている(つまり関心が最も高いはずの)女性にさえこれっぽっちしか認知されてないってことは、おそらく結婚を控えた独身男女には、政策の存在すらほとんど知られてないんだろうな。

 で、今子育てしている女性が何にも知らないので、子供を産もうかどうしようか迷っている女性に対しては、“経験者”たる子持ち女性から「サービスの悪い民間(無認可)保育園には法外なカネがかかる」「幼稚園は遅くまで面倒見たりしてもらえず、全然使えない」「小学校以降は学校以外の教育費にべらぼうなお金がかかる」といったネガティブな噂だけが伝わっていくのだろう。もうねアフォかとバカかと。

 内閣府と少子化社会対策会議は、1人でもいいから民間のプロのマーケティング・コンサルタントでも雇って、政策をどうやって実際のターゲット顧客層に周知徹底して「子供生んでも大丈夫なんだ」という心理状態を生み出すか、真剣に相談しろよ。少子化対策なんて、インプットが女性のディシジョン・メイキングで、アウトプットの数値目標が地域と年齢層別の出生率という定量目標でしょ。こんなにモダン・マーケティングの応用に適した政策分野はないんだからさ。

 だいたいね、いろいろ手は打ってますって言われたって、その内容を「少子化社会対策基本法では~」とか「少子化社会対策大綱における~」とかの枕言葉をつけて説明されたら、頭に入る奴なんかいるわけないじゃん。ちゃんと清涼飲料買うときみたいに分かりやすく説明してもらわなくっちゃ。というわけで、猪口大臣と内閣府共生社会政策担当室は、テリー伊藤まで起用した同じ内閣府の郵政民営化準備室の広報戦略でも見習って、ちょっとはソーシャル・マーケティングにお金かけましょうね。ぜひぜひ。

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2005/11/18

生活保護は国の責任だとか言ってるご都合主義者どもに告ぐ

 三位一体改革で相変わらず霞ヶ関の抵抗というか、握ったひもは死んでも離したくない人たちの思惑が顕わになっていて笑えるわけだが、政府のやり口を批判する側も結局なんだかんだ言って、総論では地方分権に賛成なのだけど各論では反対という、相変わらず知恵の足りない反応しかできないのがなんだかなーと。

 義務教育の国庫負担金は中教審のホゲ答申にへつらって国負担堅持をうたうくせに、生活保護は削減して地方に分権してもいいんじゃね?とかぬかしてる自民党のボケ爺どもはもはや「抵抗」でさえなく「低脳勢力」の一言でほっとくとして、それにしても「生活保護は憲法で保障された最低限のセイフティーネットだから地方分権しちゃいけない」とか、まったく意味のわかんねーことを言ってるのはどこのアホですか。勘弁してください。てか本当に憲法で決まってる国の役割は地方分権しちゃいけないとか言うなら、知事会は自衛隊と米軍の部隊配備計画にいちいちグダグダ口出すなよマジで。国防は国の役目なんだからな。

 とか煽っていてもしょうがないわけなんだけど、さて本題の生活保護の話。まず最初にワタクシのスタンスを。住宅扶助全額、生活扶助と医療扶助は2分の1とかわけわかんねーこと言ってねーで、とっとと全部全額地方に分権しろ厚労省。なんでちょっとずつ中央のひもを残すんだよ。結局またそこで国の言うこと聞かざるを得なくなるじゃねーか。やり口が汚ねーんだよ。これが結論。

 ちなみに、この件についての新聞の社説を見ると「総論賛成、各論反対」の典型。朝日の11/16付け社説は「子育てとか在宅福祉の三位一体はいいけど、生活保護はどうかなー」だって。ヤの字の方々の既得権益だったり耶蘇教の方々の縄張りだったりする生活保護は、見栄えの良い福祉を食い扶持にする左巻きさんたちにとってはうまみが少ないですかそうですか。いやはや大変ですな。

 これに対して読売の11/18付け社説は新自由主義風。「生活保護は地域によって保護対象の実態も違うから、地方の裁量を大きくするのは基本的によろしいんじゃないでしょうか」と言った最後に、「でも支払いはもっと厳正にね!」とチクリ。基本的なところでは異論はないんだけどさ、むしろ生活保護の支出は所得が二極分化する以上は、これから増える一方でしょ、好むと好まざるとにかかわらず。

 ただ、トータルとして「収入が少ないから生きていけない」という人は世の中全体でかなり減ってると思うのだよね。スラドで最近議論になっていたけど、アニメーターとか役者とか建築家とかポスドクとか、アート系の職業というのは常に年収50万とか100万円だったりするわけで、でも裕福な親とかが裏で生活を支えてたりするので生きていけるわけだ。

 こういう、言い方は悪いけど「好き好んで生活保護レベルの水準に生活を落としている」人、企業で言えば「将来が楽しみな赤字」な人と、世の中の何かの間違いで突如貧困に落ちちゃった人や気がついたら隅田川の川縁にたたずんでいた人とかを同じ収入基準で判断して「生活保護」の対象にしようとする方が無茶なわけで。まさに収入基準以外のいろいろな事情というかライフスタイルというかによってその人をどう処遇すべきかというのも変わって当然なんである。

 非常におおざっぱに言うと、首都圏や大阪とそれ以外の地域での生活保護対象というのは、困窮している部分が正反対という意味で本来打つべき手がまったく違うと思う。大都市の生活保護世帯というのは「ホームレス」という言葉が象徴するように、住む場所の確保を巡ってのトラブルにまず直面するわけだ。そしてその状況を食い物にする人々というのも世の中には存在する。

 山谷とかに行って話を聞くとよく分かるが、生活保護でもらったお金を、ホームレスが役所から出てきたところでそっくり全部巻き上げる宿屋(ドヤという)商売が存在する。で、ドヤの回りにはちょうどその日稼いだ日銭で良い具合に飲み食いできる安酒屋がびっちり軒を連ねたりしているわけで、こういう環境に住んでいる限り永久にそこから出られなくなる。結局こういう、地域まるごと生活保護を食い物にして成り立つ「産業」の存在を何とかしない限り、何ともならんのだ。

 一方、地方の生活保護というのは住まいはあるんだけれど仕事が恒常的に、ない。地方はただでさえ仕事がないのに、生活保護受ける世帯とかっていうのは、さまざまな事情があって本当にない。これまでは公共事業がある程度の生活保護的雇用創出を担っていたわけだけど、今や公共事業そのものが減ってるし、その元締めだった組織は完全に既得権益死守にやっきになってるだけだしね。もう悲惨なもんですよ。

 そんなに悲惨な話、全然聞いたこともないだって?そりゃそうでしょうよ、これまでそういうのは国がほとんど財源の面倒を見てくれたし、地方自治体はとにかく悲惨な人たちの集まってるところをなるべく人目に触れない一部のエリアに限定して、世間から隠し通すことだけを考えてきたのだから。そして、政治家も子育てや老人介護は「票」につながるから声高に訴えるけど、生活保護の仕組みの改善や充実なんて票にも何もならないから、とにかく目を背ける。住民も、ホームレスや生活保護の人を集めて収容する施設が自宅のそばにできるというだけで猛反対。結局誰もひたすら目をつぶろうとしてきただけなんだよね。

 で、マスコミもマスコミで、生活保護というと「働けるのにもらってる人がいた」とか不正受給の事例を挙げて非難したり、読売みたいに「支給の審査を厳しくすればいい」とか言ったりするばかりで、生活保護者を食い物にして成り立つ産業の問題点やその解決策について議論しようともしない。平成17年度の一般歳出47兆2800億円、うち社会保障費20兆3000億円のうち、生活保護支出は2兆円を超えますがそれについては見て見ぬふりですか?まったく、社会全体で資本主義の臭いものには蓋をすればいいっていうこの体質、酷いもんだよね。

 問題の根源は、生活保護が単に収入や財産という外形基準だけで受給される制度である限り、その制度を悪用して生活保護者を社会の最低層に閉じこめてロックインするという「生活保護産業」をなくすことはできないし、それを解決しようとする社会的なアクションを起こすきっかけも作れない、ということだ。もっと言えば、読売のこの記事が書いているように、都市部の高齢者世帯においては生活保護が実質的に年金に代わる仕組みになっている以上、この問題は国民年金の未払い率にも無縁じゃない。

 ホームレスの流動性の高い首都圏や近畿圏では、首都圏ならおそらく東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県が、包括的な自立支援活動をやっているこういったNPOなどとも共同でホームレス自立支援と都市計画を合わせた広域政策大綱をまとめて実施しなければ問題は解決しないだろうし、地方においては公共事業に頼らない民間主導の雇用創出策とセットで生活保護を考えなければいけないだろう。

 いずれにせよ、「セーフティーネット」というのは、お金の問題ではなく地域社会の問題である。もはやカネをいくらばらまけばいいのかとか、誰がカネをばらまくのかという次元の話ではない。施設整備費を委譲せずに生活保護という「票にならない」カネのやりくりだけを地方に押しつけようとする厚労省のやり口も確かに酷いとは思うけれど、だからといって地方自治体と地域住民が生活保護の抱える問題にこれまでのように無関心を貫いていて良いわけがないのだ。

 というわけで、霞ヶ関の悪口をうそぶきながら「民にできることは民で、地方にできることは地方で」とか偉そうに主張するくせに、生活保護の話になった途端に憲法だとか国の責任だとかごね始める朝日新聞をはじめとするご都合主義者どもは、厚労省の前で豆腐五丁にヘディングして氏んでいただければと存じます。以上よろしく。

09:12 午後 経済・政治・国際 コメント (18) トラックバック (8)

2005/11/01

サルかゴリラになった気分でした。

 政治の話のプライオリティというのは難しいものである。そして、この場ではプライオリティが高いものは何で、低いものは何という行司をやる人間がいなければ、議論を建設的な方向にファシリテートすることはできない。今日(昨日)の民主党ブロガー懇談会で一番強く感じたのはこれ。

 前原代表ほか民主党側の面々はと言えば、正直「ブロガーとはどのような人種なのか」というのを、興味津々で見に来ていた、というのが正確なところではないかと思われる。なんだか動物園のサルとかゴリラになった気分。で、いきなり最初に泉あい氏が「ここの人たち、ほとんど全員初顔合わせなんです!前原さんに会うより、ブロガー同士会うことのほうが緊張してます!」とか言っちゃうし(笑)、小飼氏やBigBang氏あたりからはWeb2.0的な発言がバンバン出るものだから、もう全員目を白黒。トホホ。みんな、もうちょっと優しくしてあげようよ。

(11/1 9:40追記:GripBlogの報告エントリのコメント欄に、細野豪志役員室長が降臨。キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!!てか、もうブログやってるんじゃん、豪ちゃん・笑)

 僕も一応質問らしきものは2~3個用意していったのだけれど、ブロガー側の面々のはしゃぎっぷりを見てこれは突っ込んだ質疑応答には到底ならないなと察知し、即座に記録係に変身。黙々とノートパソコンのキーボードを叩きながら、民主党とブロガーの話のかみ合わなさを見物することに決めた。ま、速記録をアップしたので多少は泉氏にお呼ばれしただけのお役目は果たせたかと思ったり。しかし、個人的には内心結構白けモードでした。ええ。

 んでもって以下、帰り道でつらつらと考えたこと。

 率直に言って、民主党の首脳陣が「与党に衆院で320議席取られたこと」の現実をどの程度リアルに認識しているかということに対して、懸念を禁じ得なかった。比例代表の得票数を見れば前回参院選と大して変わらないと言い張るのかも知れないが、3分の2は3分の2である。国会内でどんなに泣いても喚いても、少なくとも衆議院内で民主党は「要らない」と言われているのと同じであり、また参議院は議会の存在ごと「要らない」と言われているのも同然なのである。この事実の受け止めが、できているのかどうか。話を聞いていて分からなくなった。

 もちろん国会対策は重要だ。しかし自民党からすれば、民主党の対案など「まったく耳を貸さないのもかわいそうだから話ぐらいは聞いてやる」程度の意味しかないのだ。こんなところで正面から戦っていて、何かが得られるわけもない。であれば国会という正面作戦を撤回せよ。あとは遊撃戦あるのみである。つまり、毛沢東を見習え。

「戦略の本質――戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ」 民主党にとって「ネット」こそ、現代の日本における井崗山(毛沢東率いる紅軍が国民政府に破れて逃げ込んだ山岳地帯)だと思う。国会をほったらかしても、とまでは言わないまでも、ちょっとはインターネットにいる「ブロガー」とかいうプロレタリア農民とともに、小飼氏の言うような「戦線との距離の格段に短い兵站基地」を築いてみようとか思わないのか。

 とか何とか書いてると、だんだん頭が痛くめんどくさくなってきた。続きは野中郁次郎ほか著『戦略の本質――戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』、これちゃんと読んでください。一応、毛沢東の戦略とリーダーシップが分かりやすく書いてありますから。いや、あの、課題図書っていうのは、みんす党の方々への、って意味だったんですが。うーん、通じてなかったかなあ。トホホ。

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2005/10/31

民主党ブロガー懇談会速記録

民主党ブロガー懇談会 自民党が内閣改造を発表する中、逝ってきましたよ、その隣のうらぶれた雑居ビルに。で、とりあえず速記録つけた。おかげですげえ疲れたし、しかも自分ほとんど発言・質問できなかった。まあいいや。

 ICレコーダーとかじゃなくて、全員がわあわあしゃべってるのをノートに打ち込んだだけのすごく荒っぽい速記なので、発言の細かいところとか思いっきり省略しちゃったりしてます。聞き違えとかも多々あるかも。場の雰囲気を想像するためだけに使ってください。参加者はもし間違っていたらコメント欄でツッコミ入れて下さい。たぶん、正確な議事録は泉さんあたりがまとめてくれるでしょう。僕自身の感想は後ほど。

【民主党ブロガー懇談会 速記録】

出席者:(民主党側・写真左より)大塚耕平・参院議員、松本剛明・政調会長、前原誠司・代表、細野豪志・役員室長、泉ケンタ・衆院議員
     (ブロガー側)略。泉さんのブログを参照のこと。

(18:15 前原代表、登場。ブロガーと名刺交換)

前原 (弁当をあっという間に食べて)政治家って食べるのが早いですからね。むちゃくちゃ早いですよ。僕は高校の時に3~4時間目の間の10分間に弁当を食べて、昼休みは遊んでいましたね。それが3年間続いて。野球をやってたんです。友だちと遊んでましたんで。阪神ファンです。
BigBang ご愁傷様です。
小飼 優勝したのにご愁傷様もないもんだ。(笑)
泉ケ 僕も北海道出身ですが阪神ファンです。子供の頃は食べ物のあるチームしか好きじゃなかったんですけど。
前原 ロッテって、試合中にガムかんでないと罰金らしいですよ。いや、本当に。いや、(泉は)北海道だから巨人ファンなのかと思っていたけど。
大塚 今の会話は記録されているんですか。
R30 はい、記録してます。
小飼 今の話をアップしておけば本当かどうか誰かがコメントつけてくれると思いますよ。
前原 いや、それ本当だって。
細野 こういううんちくネタのほうがいろいろコメント付くんですかね。
小飼 できの悪いネタとか、ツッコミどころのあるネタのほうがツッコミがたくさん入ります。
前原 皆さん、お互いに顔を知ってらっしゃるンですか。え、知らない!?(驚愕のご様子・笑)

大塚 では口火を切らせていただきます。本日は党本部に来ていただきありがとうございます。もともとは泉さんのほうから代表などにインタビューの要請があったのですが、就任後ようやく時間が取れましたのでここで皆さんにお誘いをしまして、こういう席になったと。ここで話したことはブログに掲載していただいて構いませんが、どなたかのブログを見たら「記者会見」と書いてありまして、これは別に記者会見じゃありませんので、あくまで懇談会ですから。
 で、先ほどの流れのままで行きたいと思います。どうぞ。
ヤメ蚊 国民投票法案についての本を書いたヤメ蚊 と申します。政治家とブロガーの方がどういうふうに接するのかというのにも興味があるので、後できかせていただきたいのですが、国民投票法案について触れますと国会の方から提案があり、新憲法がどういうかたちで決まっていくのかという投票の過程を決める法案であると。これで問題と思ってるのは、まず誰が投票するのかということ。次にどうやって憲法草案の情報を入手して、議論ができるのかということ。そして、それがどのように投票に反映されるのかということ。この3つです。
 今年出ました自民党案を見まして、この3つについてどれも大きな問題があると思いました。一方民主党の法案はリベラルというか、非常に自由な議論が可能であると思いました。ただ、あえてそれぞれの3段階で問題かなあと思うところがありますので、質問させていただきたい。
 18歳以上の方が投票するということになっています。自民党は20歳。広げたことはいいと思いますが、議論から落ちていると思うのは刑務所にいる人、刑の執行を受けている人です。こういう人は投票権がないからしょうがないということですが、憲法自体で自分の処遇が変わるかも知れないわけですね。こういう人が投票できないと言うのは問題があるんじゃないかと思います。そこの点について検討されたことがあるかどうか、もしなければどう検討していくおつもりか。
大塚 時間がないので、1人ずつ自己紹介を含めながら質問をお願いします。
ヤメ蚊 はい。それから2つめについて、公務員の制約という点についてですが、枝野先生がいらっしゃるところできいたところ、「地位利用が問題である」という話を言われました。民主党の案を見るとそのへんは問題ないように思ったのですが、枝野さんの話を聞くと問題かなあと思ったので。
それから、最後は一括投票か個別の投票かということです。30項目変えるときには30個の点について投票するというものですが、自民党案を見ると、細かい点の位置とかも含めて全部変わっているので、一括でやらざるを得ない。そうすると、内容についての点と、外形的なところについての点の改正投票を同時にやらないという規制が必要かなあと。
大塚 我が社にも、結論が出ているところと出てないところがありますので。
 まず、公民権停止の方にも国民投票はしていただくべきというのがうちの考え方ですが、ただ物理的にどうやるべきなのかというのは詰めをしないといけないなと。例えば選挙違反で公民権停止中だけれども外にいる人はどうするかとか、刑務所の中にいる人はどうするか、と。
細野 そこも含めて議論を詰めるということだと思います。できるだけ広い人を対象にするということで18歳に広げて、公民権停止の人にも広げたいということで。
大塚 今回の国民投票法案は、180日の周知期間ということになっていますが、刑務所に入っている人たちにどのくらい情報が伝わるかということ、伝わるようにするためにはどのようにしなければいけないかということも必要でしょう。あと、公務員の地位利用については、周知期間に賛成や反対を運動するということは問題でしょうが、賛成や反対を述べること自体は問題じゃないと思うのですね。そうすると、地位利用とはどういうことを言うのか、ということになります。
 あと、個別か一括かについては、うちは個別でしたよね。
小飼 米国みたいに修正じゃなくて、改正なんですか。それは全然違うと思うのですが。
大塚 改正のほうだと思います。もちろん修正じゃいけないということはないのですが、これは憲法改正をどのくらい頻繁に行うかということなんじゃないかと思います。頻繁に行うのであれば修正ということでしょうが、2~3年に1回以下であれば改正にすべきかと。
前原 私が前から言っているのは「不磨の大典にしてはいけない」ということです。ただ、変わらないことを価値と考えている人もいらっしゃると思うので、ころころ変えるのも憲法の信頼性を落とすのではないかと思っています。ただ、時代が変わって大きな流れが変わっている時には、変えることを躊躇ってはいけないと思います。
小飼 変えるべきであると。
前原 ただ、個別投票というのは全体の枠組みを変えるという時には不適切ですよね。9条になるかも分からないのに、9条を個別に審査する必要はないのでは。
BigBang 自民党案を見ると、巨大な投票用紙があって、24項目とかをすべてチェックして行かなきゃいけないとか、、、
前原 例えば、国民主権なのに1条に国民でなく天皇が来るのはどうしてなのかとか思っています。
BigBang 具体的にどのような投票形式になるのでしょうか。
大塚 まだそこまでは細かいイメージを持っていなくてもいいんではないでしょうか。
小飼 もしAとBとが相互依存している場合は、Aが成立してもBが成立しない場合はどうなっちゃうんでしょう。
大塚 こういうのはうちの中でも議論としては出ていて、パッケージの個別のポイントを賛否を問うてもしょうがないという話は。
松本 我々、国会でもよくあるのですが、2本のまったく違う法律をセットで出してきて、これについて民主党は賛成か反対かというのが、よくあるんですね。これをどこで国民の皆さんがノーというのかと。
BigBang この前の郵政法案などもそうですが、2割ぐらいいいと思うけど細かい点でおかしいというところもある。今回は一括で○か×かというところに行っちゃうと思うのですが。
大塚 重要な点ですが、逆の見方もあって、ベストは最初に全面書き換えして、そのあとは個別で修正できるようにということなんですが、最初に一括を狙うと変えられないということになるかもと思うわけですね。そのへんは、自民党との話し合いの中で作っていくことになると思うんですが。
小飼 抱き合わせで一括というのはオーストラリアでもやった手ですね。国民が飲みにくいところを混ぜておいて否決されたという。
R30 だったら96条の改正条項だけ変えるというのではダメなんですか。
前原 それは、究極の議論ですが、その後お手盛りになってしまう可能性を否定できないので、一応全体像をちゃんと示しておいて、それの第一歩で逐条の議論をしていくということでいくというのが現実的なんじゃないのかと思いますが。
ソフト 29日の日経に川端さんが「軍隊を保持するということを明記した案を出した」ということを言われ、その後前原さんが国民の意見を聞いてからと言われているとありましたが。
前原 それは単に民社党案ですから。原則というのは「マイナー自衛権」という、いわば部隊の自衛権なんですよ。海外に出ている自衛隊は、警察権や自衛隊法に定められた武器使用の条項に従うことになっていますが、上官の命令に従うのは今の憲法では武力行使になってしまっているので、それをまず緩和すべきですと。それから今サマワで活動していますが、自衛隊を守っているのはイギリスとオーストラリアの軍隊ですが、彼らが攻撃されても日本の自衛隊が彼らを守ることができないんです。この2つを除外したうえで、攻撃型(湾岸戦争型)とか武力集団の掃討みたいなことはやらないというのが、今の党内の意見の一致です。
小飼 傭兵を使うという手はないんですか。
大塚 今、海外駐在拠点の警備は現地や日本の民間会社の派遣して警備しているので、事実上傭兵を使っているのと同じことですよ。
前原 そういうのじゃなくて、アメリカということでしょ。
大塚 まあ、それはあるかもしれませんが(笑)
BigBang 自民党の言う集団的安全保障のような話は。
前原 私の個人的考え方は、1項は残す。戦争放棄は日本の平和主義の根幹である。だけど2項の自衛権の放棄は、実際にはあってなきがごとしだったと思うのです。GHQがもともとそうさせるつもりだったのが、その後朝鮮戦争があって、結果的に解釈改憲が行われたんだと。したがって、2項には自衛権を有すると書くべきだと思います。なぜかというと、自衛権というのは国家の自然的権利なんです。今の憲法には個人の自然権は書かれているのに、国家の自然権は書いてないんです。これをちゃんと書くべきだというのが私の議論です。
大塚 徳力さん、いかがですか。
徳力 私は個別のテーマについて興味はないんですが、自民党と民主党が戦うにおいて、今回はこうなっちゃいましたが、1つはネットを使うというのがあると思うのですね。電波で自民、反自民が半々だったとき、民主党はその中の一部でしかなくなっちゃうわけですよね。で、韓国ではおーマイニュースのようなアプローチがありましたが、今回民主党のネットへのアプローチは弱かったんじゃないかと。もっとネットへのアプローチをすべきだったという気がします。今後どうされるのかというのを。先日、起業家の堀さんが中心になってYESプロジェクトをやられた時に、民主党は鈴木さんが来られてましたが、今後民主党はどうするおつもりなのかというのをききたいです。
(前原代表、電話で離席)
大塚 代表が戻る前に経緯を説明しますと、私自身は一昨年の衆院選、去年の参院選と見てきましたが、一昨年はブログはなかったですがネットで映像を提供することはやったわけです。また、どう差別化するかということで、党としてのアイデンティティを示すことが必要だと考えて、その流れで言うと自民党の皆さんはまずいなと思い始めたわけです。また、官から民へといった主張はもともと民主党が言っていたことですが、それにキャッチアップしなきゃという競争原理が働いて、今回はうちがやっていることを凌駕してしまったというのが実情だと思うのです。ここでは、お互いに新しい戦術を考えるというのが始まったと思うわけです。ブロガーの皆さんからいろいろアドバイスをもらえるのは大変嬉しいのですが、政治理論的に言うと二大政党制の中では主張は中道に寄ってくるというのがありますので、その中でどう差別化していくかというのが非常に大きな問題だと思います。もちろん、微妙な差が今後の10年、20年の日本に大きな影響をもたらすとは思いますが。
(前原代表、戻る)
前原 ネット対策が欠けていたというのは事実だと思いますし、それをやっていかなきゃいけないというのは事実だとおもいますが、皆さんのお知恵を借りていきたいと思います。
ヤメ蚊 ちょっといいですか。こういう細かい憲法草案を考えてらっしゃるのに、一般の人にはそれにアクセスできないということがあります。なので、それをどんどんネットでオープンにしていってほしいと思います。
BigBang 民主党案というのを必死で探したんですが、それが入手できないんです。自民党案は意外に入手できる。あともう1点、ブロガー対策といいますが、私はブロガーでもないし、ブログで食っているわけでもないです。ブロガー対策でどのくらい票が取れるかといったら、大して取れないですよ。でも、そこって天皇制みたいな話で、象徴なんですよ。ここが新しいものである、それをやっているということ自体が新しいというのが大事なんですよ。
小飼 長期的には、ネットに乗ってないものは存在しないものということになりつつあるわけで。完成してなくてもいいんです。途中でもいいから、とにかくアップすることが大事なんです。
松永 PDFでなくてもいいので、テキストで張っておけば、それがあちこちにコピペされて話題になったりするのです。
前原 でもそれは、あとで「こんなことを言っていた」という揚げ足取りに使われませんか。
松永 それは別に「途中だ」と書いておけばいいんです。それだけの話です。
小飼 検索エンジンにひっかからないものは存在しないのです。はてなという会社は、社内の会議をそのままブログにアップしたりしているのです。
BigBang ホームページとブログというのが違うのはそこなんです、プロセスを公開していただくことがすごく大事で、それが安心や人々の議論につながっていくのです。
Aa 菅直人さんが今日の一言というのをやってらっしゃいますが、あのレベルで十分なので前原さんにはやってほしいのです。
小飼 ブログは途中経過に対して、どんどんコメントが付いていくので、それがまた自分の考えを変えていくといったことにも繋がります。
大塚 皆さんにききたいのですが、ブログをやっていることで政治はどのように見えているのか、そういうものの受け取り方がどうなっているのか。
Aa ネットの人間は、マスメディアに対しての不信感が強いです。元の情報をゆがめて報道されるので、本当かどうかということが分からないので、それが知りたいんです。自民党では例えば小泉首相の談話がすぐにアップされていますが、そういうのをちゃんとみんな見て議論をするのです。
前原 小飼さん、質問したいのですが、一方通行でなく双方向であるとさっき言われましたが、私どもが言ったことに対する反応が来ますよね。それに対して答えなきゃいけないですよね。
小飼 そうです。レスポンスし続けなければいけないんです。ブログというのはそういうものです。
前原 それは大変だ…。
安曇 ただ、それは技術の問題で、私はそれを今仕事にしているのですが、そのままのブログは政治家の方には使えないです。でもそれをやれると思います。ちょっとここで私が持ってきた提案をご紹介したいのですが、公選法改正案のたたき台です。自民党が10/26にワーキングチームを作って議論を始めましたが、自民党の中にもすごい抵抗がありますが、再来年の参院選までには解禁ということになろうと思います。この通りを自民党が提案してきたら、結局意味がなくなってしまうので、有識者とかも引き入れて、ぜひその上をいく提案を考えていただきたいです。(6項目の提案の説明)
小飼 ガウディの話が出ていましたが、途中で観光客を入れて見せてるわけですよ。これを自民党はやったわけです。民主党が、完成するまでは立ち入り禁止で、完成したら手を加えたらダメよというのでは、自民党のほうが良いとなって終わりますよ。
松本 いろいろなご意見をいただきましたが、やはり誰にポンと任せるかということだと思いました。シンクタンクにしても、やはり任せたいと思う人は同じようで、そこから見直していかなきゃいけないと思います。
徳力 一ついいですか。直接発信するのと、テレビを通じて発信するのとどっちがいいかというと、やはり自分が直接発信して、それに対する反応をきちんと受けたほうがいいんですよ。
松本 そこは、我々も同じことを感じていますがやはり、
小飼 私もブログを始めたのは、テレビに出始めてからなんですよ。やはり自分の発言が途中で切られるので、自分で申し開きができる場がほしくなったんですね。
松本 実は、そのへん我々も考えていますが。…(メモ追いつかず)
大塚 これは最近きいた話ですが、今、中国共産党が自民党を研究しているんですよ。それは資本主義、民主主義の中でいかに一党独裁をするかということでね。それほど自民党と私どもにはリソースの差が大きい。そのギャップに我々がチャレンジしてるんです。例えば自民党は国有地にビル建てて、タダみたいな資金でオフィスを運営しているのですね。それに対してうちはもともと社会党のところにありましたが、今はこんな雑居ビルに入って、非常に高いオフィスコストでリソースも限られた中でやってるんですね。
安曇 …(メモ追いつかず)
細野 すみません!そろそろお時間なんですが。
泉あい 私質問してないから帰れない!民主党のこれからを考えるたびに思うのは、小沢一郎さんのことなんですが、前原さんにとって小沢一郎さんをどういうふうに考えているんですか?
前原 経験のある人からどのように学ぶかということですね。民主党の中にはアンチもいますし、大好きな人もいます。中小企業の社長さんにも小沢さんのファンは多いですから。
泉あい 10年前であれば小沢さんはすごかったと思いますが、今はどうなのかと。
前原 小沢さんには、政策決定や党の方針決定については、何の接触もしていません。幹事長(鳩山)が少し接触があるかも知れませんが。これまでの経験を生かさないと。
小飼 そこなんですよ。自民党は今回、これまでの経験を捨てましたよね。民主党さんとしては今後、どの経験を捨てるんですか。
前原 いつも言ってますが、政権を取るということはもちろん大事ですが、会社の社長になったのと同じですし、思い切ったことをやれなければ意味がないですから、小飼さんおっしゃるとおり、経験のある人の話を聞くべきという部分はきくし、違うと思えば自分の考え通りやるということです。
松本 私も政権交代をするために民主党にきましたが、野党で第一党になるためには仲良しになることが大事だったと思いますが、今は既に第一党になって、仲良しを捨てる時期に来ていると思いますね。
泉あい 小泉さんは亀井さんとか平沼さんを切りましたが、前原さんは小沢さんを切れるんでしょうか。そういう覚悟がありますか。
前原 必要であれば多数派工作もするし、説得もするけれど、切ることが覚悟ではないと思います。思いを遂げることが覚悟であると思います。
泉あい 前原さんの覚悟とは何ですか。
前原 自分のやりたいことをやるのが覚悟です。切ることが覚悟でもないし、それが覚悟を示すことでもないと思います。
松永 私、政治的に音痴なところがありまして、民主党さんって寄せ集めな印象があるんですね。小沢さんもいれば社会党、自民党からの方もいらっしゃる。民主党ってどこに走っていくのというのが分かりにくい。野党第一党を脱して政権党に走っていく時に、今までのものをマージして新しいものが生まれてこないとと思うんですが。
大塚 そこは定量的に示していく努力をしたいと思いますが、私なんかは2001年からなので別にどこかの旧党派に所属していたわけでもないし。
前原 自民党も、根っこの部分は変わってないのかも知れませんが、見え方は変わっていっているわけです。これまでは利益団体や族議員の力が強いように見えていたが、小泉さんによって少なくともそれは払拭されたように見えます。私は改革競争はやろうと思っていますが、最終的な価値は何を目指すのかというと、小泉さんは小さな政府といっているが、私はぜい肉は取る。だけれども結果的に小さな政府でなくてもいいと思っている。自民党と民主党とのどこが違うかというと、自民党は何でもマーケットメカニズムだと言っているが、我々は市場経済で救えないところはたくさんあります。地方や環境、あまり使いたくない言葉ですが生活弱者、子供や老人といった人たちがいます。来年医療制度の改革が始まりますが、株式会社の参入を認めて、それで人の命を守ることが成り立つのかという疑問が我々にはあるんです。そこをきちんと解決したうえで、ある程度均一な社会、セイフティーネットのある社会、ハンディキャップの人たちを救う社会というのを作りたい。金でものごとをはかるのか、そうした政治的な判断をするのかということを大切にするのかというのが、自民党と民主党の違いです。
小飼 では、その財源を示して下さい。
大塚 そこはまた議論させていただきたいと思います。
前原 我々が足りなかった面でもありますので、そこはぜひいろいろなご意見をいただきながら。ありがとうございました。

(19:45 前原代表、退出)

追記:ちなみに最終弁当論争の顛末だが、親子丼が各自の机に出され、全員が800円+お茶(缶)100円を大塚議員に支払ってむしゃむしゃ食べたとさ。あっ、そういえば宿題のチェックするの忘れちゃった!とっぴんぱらりの、ぷう。

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2005/10/28

みんす党vs自民党のブロガー大戦

 ガ島通信の藤代君が「自民党のブロガー懇談会の案内来ました~?」とメールをくれたのが、26日の朝。仕事でへろへろになっていた僕にはまともにメールチェックする余裕すらなく、「えー、別に来てないけど?」とかいい加減な返事を返してしまった。

 実際は、26日の10時過ぎに、僕にも懇談会のご案内が来ていた。ただ、あいにく11月1日は仕事が入っていて出られない。ま、今回は2回目だし、選挙も終わったし、素人受けしなさそうな面倒な話が出るんだろうと思って「案内来てたけど出られません~」と、なぜか藤代君に返事を書いて終わらせたはずの話が突然左向き大旋回(笑)。みんす党が自民党の前日、10月31日にブロガー懇談会をやるという話が飛び込んできた!しかも前原代表登場!突如風雲急を告げるブロゴスフィア(嘘)。

 みんす党の懇談会のほうは、こちらに詳細が。実は懇談会というか、泉あいさんが申し込んでいた前原代表インタビューの日程が決まったのを、せっかく自民党懇談会の前日だからという彼女の発案で急遽少人数のブロガーを集めての会見に切り替えたとのこと。彼女の機転の良さに感心すると同時に、自民党の動向をチェックすらしておらず、熱心なブロガーから提案を受けるまで対抗策を講じようともしてなかったみんす党新執行部の天然ぶりに大笑い。

 で、昨夜泉さんからメールが来て「来ませんか?」とのお誘いが。たまたま10月31日は仕事の予定も入っていないし、何だか面白そう(明らかに本来の「面白い」とは別の意味でだが)と思ったので、参加してみることにした。

 泉さんは憲法改正の国民投票法案について質問する気だそうだが、まあ与党に議席数3分の2取られている衆院で何の意志決定権もないみんす党に、今さら法案の是非とかを聞いても無駄だと個人的には思う。それよりも2~4年後に向けたみんす党の長期戦略について質問してみたいと思っている。これから連立与党との圧倒的な議席差を逆転できるかどうかは、形勢逆転に向けた明確な政治戦略が同党にあるかないかにかかっているからだ。それがなければ、他に希望のつなぎようもない。

 というわけで、10月31日の参加者の方々には、課題図書としてこの9月に出たばかりの野中郁次郎ほか著『戦略の本質――戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』という本を挙げておきたい。書評は後ほど。当日、ちゃんとこれを読んで原稿用紙2枚以内に感想をまとめてくること。いいかな。宿題やってこない子にはセンセイ、ゲンコツだよ。以上、11月1日を楽しみに待て!

11:05 午前 経済・政治・国際 コメント (8) トラックバック (14)

2005/10/05

本日発売の「論座」に寄稿

論座 11月号 例の世耕・福山両氏に会ってインタビューした件、本日発売の『論座』11月号に寄稿記事が掲載された。タイトルは「『広告』から『広報』へ――ブロガーを唸らせた自民党メディア戦略の大転換」。・・・えーとどなたか私以外に唸ったブロガーの方、いらっしゃいます?(笑)

 この雑誌、10年近く同業者であったにもかかわらず恥ずかしながら今まで目にしたことさえなかったのだけれど、読んでみるとなかなか面白い。自分はともかくとして、他の寄稿者に哲学者の東浩紀氏やビデオニュースドットコムの神保哲生氏、前外務省審議官の田中均氏などがおり、ネットでも人気を持つ人や書いたものをちょっと読んでみたい系の論客が多く、なかなか豪華な顔ぶれだ。また、他のマスコミであまり分析されなかったインターネット上の選挙関連の動向(GripBlogやYES!プロジェクトなど)もきっちりフォローした記事が載っていた。

 僕の記事は、何とgooポータルの特別寄稿に加筆修正(主に字数を削り、インタビューの結果判明した事実誤認とかを手直し)したものが載っている。文末にgooブログのURLまで載ってるし。いいのかよそれで。しかも寄稿者の名前が「R30」。文末のプロフィール見るまで、記号にしか見えないんですがこのペンネーム(笑)。でもそれをちゃんと「ペンネーム」として載せてくれたところがすごすぎ。いろいろな意味で感動した。

 で、一読者として見たときに思うのは、この雑誌、選挙後10日以内のところで出ていたら、もっと衝撃的だったろうになあということ。9/11に選挙が終わって週刊誌から月刊誌まであらかた語られ尽くした後に今頃こんな豪華な特集出されても、もうお腹いっぱいですがなという感じである。ま、それはある意味で月刊誌の宿命でもあるから仕方ないとは思うのだが、だからこそもっと違う切り口で見せる見せ方が重要だろうと思う。つまり、雑多なコラムをたくさん読まされたと読者に思わせない仕掛けのようなものだ。

 それで1つ僕が思いついたのが、ずらっと対談やコラムを並べる前に、編集者側の意図をきちんと巻頭文で解説しておけばいいと思うのだ。「今回の選挙にまつわる言説には、××、◎◎、△△といったバリエーションがあった。これらを思想的に整理すると、~~~となるが、この言説空間には☆☆☆といったところが見落とされている。今号の誰々の対談は、その見落としを指摘したものである。また、これらとは別に□□□といった論じ方のアプローチもあることが明らかになった。誰々と誰々のコラムは、この論じ方に関する2つのバリエーションを代表するものである。…」といった具合に。

 寄稿する識者の人には失礼かもしれないが、読者からすると世の中に無数に転がっている批評言説を、「論座」という編集部がどのように捉えて識者やコラムをピックアップし、それらの組み合わせからどういう論点やフレームの所在を読者に考えてもらいたいと考えているのか、ということを見せてもらったほうが、ずっと分かりやすくてためになる。逆に、コラム単体の面白さだけでは引っ張れない月刊誌にはこうしたアプローチがこれから欠かせなくなってくるのではないか。

 これに似た編集方針を採っているのが、このブログをお読みの方ならご存じの「ハーバード・ビジネス・レビュー」である。目次直後にある巻頭の「From the Editors」というコラムで、特集(Feature Articles)の企画趣旨と、掲載された4~6本の論文のポイントをそれぞれ10行程度で解説してある。これは読者にとって、自分の思考の関心に特集の中のどのコラムが応えてくれるのかどうかを確認できる便利さがあると同時に、「この編集部は特集を、単に“面白いから”といった興味本位でなく、構造化された知見として提供しようとしているのだ」という、情報に対する信頼感が生まれる効果も併せ持つのだ。

 社会学の論文集と違い、一般月刊誌はフレームの中に位置づけられないような話があるのだ、そんな「見取り図」を書くなんて不可能だ、という反論も出てくるだろう。しかし、同じ「面白いコラム」をぱらぱらと読むだけなら、今やインターネットでも週刊誌の立ち読みでも、どこでも読めるのである。同じクオリティのコラムを他より遅く出すのなら、それに見合っただけの知の構造化が付加価値についていなければ、わざわざ買って読む意味合いはない。

 ・・・と、自分の記事のクオリティを棚に上げて偉そうに編集部批判をしてしまったが、やはり自分で書いた文章というのは客観的に見られないものなので、ここではあえて語らない。読んだ方からの批判・罵倒をお待ちしたいと思います。ちなみに、個人的にはR30のコラムは、その前に掲載されている世耕・福山両氏のインタビュー記事を踏まえた総合分析、というかたちに整えたつもりではある(といいつつ、ゲラの段階では両氏の記事など目も通させてもらえてないわけだが)。なので、両氏のインタビューと合わせてお読みいただけると、より面白いのではないかと思う。

08:46 午前 経済・政治・国際 コメント (4)