書評『グーグルに勝つ広告モデル』
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2008/07/28

「日本語吹き替え番組禁止法」はいかが?

先月、仕事の関係で少しまとまった時間を欧州で過ごす機会があり、その時にアフリカ・中南米を含めた世界中のかなりインテリジェントな人たちと長時間一緒に議論した。当然ながら日本人として自分の英語の出来なさ加減にうんざりしたりとかいろいろあったわけだが、北欧・東欧あたりの歯に衣着せない物言いをする人たちから「酷い英語だね」と面と向かって言われたりしたこともあり、さすがに(その通りだとは分かっていたが)彼らに正面切って聞いてみた。「そういうあなたはどうやって英語を身につけたのさ?」

典型的日本人として予想していた答えは「小学校から英語を勉強してるよ」とかそういう類いの(日本の"ダメダメな"教育制度に責任を押しつけられる)ものだったが、この予想は見事に裏切られた。「英語の勉強なんて高校から始めた」とか、そういう人がほとんどだったのである。

もちろん彼らも流暢な英語をしゃべるわけではなく、いやむしろはっきり言うと僕みたいな日本人が聞いていてさえ分かるほど「酷い発音、酷い文法」の英語だったりもするのだが、それでも場の議論の内容を踏まえて言いたいことは言いたいスピードでちゃんと言えるレベルであり、しかも相手の言うことをきちんと受け止めて議論し、時にはジョークだって言う。彼らに言わせると、アメリカ人のしゃべる英語は「米国語」であり、英語ではないとのこと(笑)。

冗談はともかく、ではなぜ彼らは、高校ぐらいから英語を勉強し始めるにもかかわらず仕事で議論できる程度の英語がちゃんとしゃべれるようになるのか。その理由を聞いてみると、多くの人が同じような答えを言うのに気づいた。「小さい頃からハリウッド映画やCNNなどのテレビ番組を英語で見ていたから」というのだ。もちろん、彼らは自国語で使う文字も基本的に同じアルファベットだから、日本人よりも自国語と英語の間にある壁も低いのだろうが、それにしても家族や学校などが自国語の環境であるにもかかわらず英語をしゃべれる・聞けるようになるのは、日常触れているマスメディアに英語が流れている影響が大きい。

なぜそう言えるかというと、いろいろな国の人たちの英語での会話力を見比べていると、フランスやドイツなど、経済的に明らかに大きくて、「ハリウッド映画が自国語に吹き替えられている」割合の多い国の出身者に比べて、北欧や東欧、アフリカなど、自国の言語はせいぜい字幕を入れるのが精いっぱいで、場合によっては英語のソフトをそのまま輸入して上映・放送するしかないほどの国の出身者のほうが、明らかに英語が上手という傾向があったからだ。

もちろん、会議の席での発言頻度や積極性にはそれ以外の要素も大きく絡む。アジア系は皆同じ国の出身者同士でつるむ傾向があり、発言も求められなければ滅多に自分から言い出さないのは日本人に限ったことではない。北欧系の人たちは、場の空気とかまったく読まないし、自分がこういう発言をしたらその裏の意味をどう受け取られるかとかを全然考えずにずけずけと思ったことをそのまま口に出して言う。

「英語で会話する」というのは、そうしたコンテクスチュアルな側面も含めて「口に出さなきゃお前の考えてることなんか分からない」という欧米の文化を受け入れるかどうかの問題であり、100%の適応は日本人には無理だということは分かっている。ただ、別にそれは日本人に限ったハンディでもないし、それ以上に「日常的に英語を聞く環境があるかどうか」ということが、国際会議などの場での英語の議論について行けるかどうかの基礎力を左右するのだということがよく分かった。

そう考えてみると、日本というのはつくづく恵まれた国だなと思う。ハリウッド映画のほとんどは吹き替え版で提供されるし、吹き替えで原作を超えるほどの演技を披露できる声優すら両手に余るほどたくさんいる。テレビも、CNNやBBCをいちいち衛星放送で見る必要すらないほど、世界中のニュースが地上派で無料で(しかもご丁寧にほとんどの外国人の話が吹き替えられて!)垂れ流されている。これほどの規模であらゆる外国語の吹き替え番組を作るだけの国力がある国というのも、世界広しと言えどもそうそうないと思う。素晴らしいことだ。

もっともその中には、外国の学者の発言を全然違う意味に吹き替えて納豆のダイエット効果を証明するのに使った「あるある大事典」みたいな番組も出てくるし、中国様関連のニュースは中国様のご意向に逆らわないように取捨選択・修正して放送する某民放みたいな放送局も出てきたりといった弊害もあるわけだが、そんなことは些末な話だろう。

ただ僕の思うに、問題なのは日本人が「恵まれすぎている」ことだと思う。強みはある日突然足かせに変わる。その「ある日」は、最近自民党国家戦略本部が画策している「移民1000万人受け入れ計画」によってもたらされるのではないかと考えている。民主党も基本的には同じような考え方を以前から提唱しているから、この政策がついに自民党内から出てきたという時点で、ほぼ実現が決まったと言っても過言ではなかろう。この政策についての(ある程度積極的な立場からの)解説は、katoler氏のブログのエントリ「第三の開国へ、内向きの日本志向、情緒的な鎖国主義を排せ!」がよくまとまっているのでここに紹介しておく。

移民の受け入れ制限の緩和については、これまでも「単純労働者を受け入れると日本人のための雇用が失われる」といった批判が強く、実現してこなかった。しかし、いよいよ人口減少が本格化し、このままではそもそも国内で雇用したくとも人がいないという状況が今後各方面で深刻化するのは火を見るより明らかであり、それがこういった議論に真実味を帯びさせている原因だろう。森永卓郎がどういうロジックで鎖国論を唱えようが、もはやこの話は「蓋然性の高い未来」としてあると受け止めたほうが良いだろうと僕は思う。

ただ、自民党としてもこうした反対論に対しては「対策は講じていますよ」というポーズは取らざるを得ないだろうから、いろいろなアドバルーンが上がることになろう。既に上がっているものとして「単純労働者でも日本語ができる人しか受け入れません」というものがある。まあ、こんな意味不明なルールは1000万人という需要の前になすすべもなく崩壊するのは分かっているからどうでも良いのだが、1つのヤマ場になるだろうと思うのが、医師や国際弁護士や教師・学者といった、国内でも優秀な人材が足りなくて困っているサービス系高度専門職人材の受け入れだ。

ここはこれまで受け入れそのものは自由だったにもかかわらず、国内の業界団体が受け入れを抵抗しまくってきたがゆえに国際的な人材獲得競争で完敗している領域である。単純労働系の移民受け入れが本格化すれば、その人たちが求める社会的サービスの必要性も高まり、これらの高度専門職系の職業にも需要が生まれるだろう。「日本語ができる」なんて形だけであり、実際には日本人がこれらの移民向けサービスニーズに対応するより海外から専門家を受け入れたほうが対応は早いに決まっているから、遅かれ早かれこうした専門職人材の受け入れのハードルも下がるに違いない。つまり、結局は全産業分野にわたって労働市場が開放されるだろうということだ。

考えてみれば良い。今日本が受け入れている移民の出身国を見ても、1000万人の移民のうち恐らく9割以上は英語かスペイン語か中国語の3つの言語のどれかを母語または母語並みに使える人たちであることは容易に想像がつく。3等分して300万人以上の人々がそれぞれ、口々に「英語と中国語とスペイン語で受けられる社会的サービスがほしい」と主張したら、この3カ国語は世界的なレベルでさまざまな社会インフラ的なサービスが開発されて切磋琢磨されているから、そのプラットフォームに乗って人を受け入れ、サービスを提供したほうが、国内で日本人がゼロから対応するよりもはるかに効率的だ。政府の主張する「あなたたちは日本語ができるはずでは」などという建前は一瞬で吹き飛ぶであろう。

さて、問題はその時に「日本人はどうなるのか」である。もし言語的なハードルが実質的になくなれば、国内でも誰もが容赦なく国際的に共通のサービスプラットフォームの上での競争に晒されることになる。別に日本人の能力が海外に比べて劣っているとはまったく思わないが、「英語/スペイン語/中国語の土俵に乗って戦えるか」というレベルで比較されるのであれば、現時点ではほとんどがそもそも「競争の土俵にすら上れない」ということになりかねない。移民を1000万人受け入れるという決断を下すのであれば、少なくとも「日本語を前提としない社会」の出現を前提に日本人をあらかじめトレーニングしておくしかないと思うのだよね。

その準備で一番簡単にできることは、小学校から英語を習わせることではなくて、実は「テレビや映画での海外ソフトに対する日本語吹き替えを禁止する」こと、さらにできれば「国内のあらゆる番組を日本語以外に3つの言語のどれかもう1つで同時提供することを義務づける」ことではないかというのが、最近の僕の考えだ。

あらゆる外国映画を吹き替えではなく、英語や中国語などの原語で(字幕付きで)見ざるを得なくなり、またテレビ番組も副音声に切り替えさえすれば外国語で流れてくるような状況になれば、子どもだけでなく大人だって自然に英語や中国語、スペイン語などを聞く耳ができると思う。テレビメディアの影響力は落ちたと言われるが、それでも子どもを日常的に外国語に触れざるを得ない状況を作り出すぐらいのことは、まだ十分できるだろう。

確かにフルタイムの多言語対応はコンテンツ制作に大きなコスト負担になるかもしれないが、官民合わせて1兆円にも上ろうという地デジへの投資を止めれば、すぐに何とかできるレベルではないか。また最近社会的な信頼を失っているように見える日本のマスコミもこれで日本人の国際競争力向上に貢献すると胸を張って言えるだろうし、作り出すコンテンツ自体のグローバル競争力も上がって一石二鳥なんじゃないかな。あとついでに、外国語の映像をネタにファクトをねつ造するとかも防げるって考えると、一石三鳥になるかも(笑)。

逆に、そのぐらいのことをやらないままで日本の(特に国内のサービス産業の)労働市場を開放すれば、遠からず日本人は「日本語という難解なローカル言語をしゃべる生産性の低い国民」ということになって、国の富の上澄みはすべて英語や中国語をしゃべる優秀な人材に取って行かれるということにもなりかねない。労働市場を開放するというのは、単純に言えば「日本人のお金を日本人が海外で使う・海外のモノを買う分だけ取るのではなく、海外の人が日本に来て巻き上げることも認める」ということなのだから、そういう事態が起こることも想定すべきと思うのだけれど、自民党議員の皆さんは分かってるんでしょうかね。正直あまり分かってなうわなにすrzわえsxrdcftvgびゅhんじmこ

01:24 午後 メディアとネット

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[英語]中学生英語から2万円でTOEIC900を取る勉強法 4 トラックバック なんかあったときかくぶろぐ @2008/08/13 14:37:28
更なる続き。 リスニングを習うにあたり、一体どのレベルから始めれば良いか迷うかと思います。 世の中には英語入門!なり初級者用なり簡単なんだかバカにしてんのか分からないようなものがたくさんあります。 結論から言うと、リスニングに初級も上級も無いと考えて良いと... 続きを読む

Comments

外国のサイトで日本語だけでやっていて、日本語の上手な人が英語に翻訳してくれて、さらに、佳作として紹介されて、コメント欄が炎上というか、あはは、で、日本語を勉強している外国人も、また、外国に住む日本人も集まってきて、なので、単に、コミットする能力の問題なんじゃないかな、要するに自分が必要とされているか否かで、相手は理解しようとするわけで。というわけで、日本語を世界中に広めようと奮闘中!

ただ、一番感じるのは、外国人は伝えたいことがあると、主旨を簡単にそもれもダイレクトに伝えようとする訓練ができているのに対して、日本人はマワリクドイ表現とか韜晦とか、難しくいうとか、そういうものが知的だと勘違いしているんじゃないかな。このギャップは絶対にうまらないよね。それと、賢いフリというのが、自分らしさと程遠いことなんだし。

そうそう、タブン、この「日本語吹き替え番組禁止法」とかいう主旨から言えば、単に、NHKが、アメリカやイギリスやフランスや中国のニュース番組を、吹き替えも字幕なしで、放送すればいいんじゃないの。多チャンネルが可能になっているのに、なっていくのに、日本の番組しか流さないというのが異常で、気持ちが悪い。

POSTED_BY:野猫 @2008/07/29 4:52:54

そういや韓流ドラマで吹き替え無しってのが暫らく前に集中的にありましたが、視聴率的には駄目だったみたいね

POSTED_BY: @2008/08/01 8:53:44

初めてブログ拝見させていただきます。
一つ一つのエントリーの考察が鋭くてとても充実したブログですね。
僕は今アメリカの大学に留学中なのですが、僕がアメリカに来て一番英語スピーキング上達のお世話になったのが、アメリカのテレビ番組を見続けることでした。
日本で英語のテレビ番組を流せば日本人の英語力は向上するに違いない、と本気で思いましたね。

ブログのエントリーが7月で止まっていますが、もう更新なさらないのでしょうか?
非常にレベルの高いブログだと思うので、ぜひ復活していただけるとうれしいです。

POSTED_BY: @2008/10/18 13:26:55

最近の若者は字幕の漢字が読めないとか…
文字数が多いと疲れるとかなんとか…

個人的にはその案には賛成ですけどね。

POSTED_BY:とおりすがり @2008/11/19 8:50:35

賛成!
日本も若年層は英語ができる人も増えてきており、
おもいきってそろそろ吹き替えなし番組もできてもいいかも。

会社の部下が全員日本人でない社会はもうすぐかもしれません。
反対にそうならなければ、日本は世界で生き残れないかも。

POSTED_BY:プリンス @2009/12/31 20:52:16

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