書評『超地域密着マーケティングのススメ』
4月1日に発売されていたのを見て、気になってすぐに入手して読んだのだが、その後インフルエンザに罹って書評を書いている時間が取れなかった。Amazonでも売れているようだが、良い本だと思う。とても28歳の人が書いたとは思えない。
何より良いのは、難しい理論をごちゃごちゃと書いたりしていないことだ。ところどころ、ジェフリー・ムーアの「キャズム」の概念とか、web2.0とロングテールがどうとか書いてあったりするが、そんなことは一言も書かなくても良かったとすら思う。
商売の中で最も大事なことは心だ、時間だ、そして地域という場所なのだという、当たり前のことをしっかりと、実際の話を元に書いてある。タイトルには「マーケティング」とあるが、マーケティングの本ではない。これはれっきとした、そして最近まれに見る素晴らしい「営業」についての本である。
読後の最初の印象は、「素晴らしい、やられた」というものだった。実は自分もこういう内容の本をかつて企画したことがあった。世の中の人が「マーケティング」と騒ぐ、そのレベルの話のなんと空しいことか、そしてそうした小賢しい企ての向こう側で、顧客とじかに魂を触れ合わせながら生きる「地域に根ざした」小売業の人たちの生き様の、なんと美しく心を揺さぶるものであるか。そういうことを、何とか伝えてみたいと思った。でも思いは果たせなかった。たぶん自分には、そのことが頭で分かってはいても、他人に伝えるだけの重みのある言葉が、足りなかったのだろう。
本書の著者の平岡氏は、前書きで次のように書いている。
何度お客様めぐりをやっても、手配りで粗品を配っても、あなたがその人を知らず、その人があなたを知らない限りは、ただの通行人です。物語においても、登場人物は役の名前が付いて、初めて覚えてもらえるのです。これこそが、地域に根ざした商売のエッセンスなのである。そう言っても、実感として分からない人には絶対分からない話なのだけれど。あなたが、お客様の「人生の登場人物」になること。
この本を読んで、昔取材した九州のある小さな家電専門店のグループのことをずっと思い出していた。その家電専門店のグループの経営者は、どこにでもある昔ながらの家電店、大手の量販店が近くに店を出して客をごっそり奪われ、積み上げてきたものをすべて失って赤字を垂れ流し、「もう店を畳もうか」と悩む店主に対して、こう語りかけるという。「あんたが店を畳むのは、あんたの勝手だ。だが、あんたから商品を買っていたお客さんは、これから誰のところに相談しに行けばいいのか?お客さんを本当に大切に思っているのなら、売った責任を最後まで取らなければ」。たいていの人は、これで店を畳むのを思いとどまるという話だった。
田舎というのは、そういう場所だ。「あなたは、ここに住むすべての人たちに対して、責任がある。ここに住むすべての人たちも、あなたに対して責任がある」、何もかもがそういう関係で成り立っている世界である。店は商売のためにあるというよりも、その「責任」の維持のために存在しているといった方が実感がある。
平岡氏の「マーケティング」、あるいは営業論というのは、地域に根付くとはどういうことか、それを生業として生きていくとはどういうことか、ということを、ある意味とてもわかりやすく、彼自身の遍歴と経験に即してまとめたものである。読めばそんな突拍子もないことが書いてあるわけではない。だが、この「当たり前」を、すっかり忘れてしまった地域のお店というのも、結構多いのではないだろうか。
この10年あまり、「田舎くさい人付き合いは嫌だ」、「ベタベタするのは若い人にはもう好まれない」などと言いながら、多くの人がこのような人間関係構築の技法をおざなりにするようになった。しかし、人は年を取れば孤独になる。したがって、日本にはますます孤独な人が増える。そうした時代の流れに乗じて、田舎くさい人付き合いを装って人を騙す詐欺師がますます跋扈するのを止められないのを見ても、その部分が何か新しいものによって埋められたわけではなく、ただポッカリと空いた「心の穴」となって広がっただけなのではないかと思わざるを得ない。ある意味、地域に根差す商人の「怠慢」の結果とも言える。
この本は、地域密着の商売とはどのようなものかを語った本でもあると同時に、こうして空いた心の穴を埋める生き方をするための心掛けも教えてくれる、希有な本である。もっとも、かつては両者は同じものの表と裏だったに過ぎない。この穴を埋めることのできる人に対する、今後の世の中の潜在的ニーズは莫大なものがあると思う。あらゆるビジネスにおいてこの穴を埋める技法を知って、ビジネスの仕掛けの中に組み込むことが求められてくるのではないだろうか。
「マーケティング」という言葉の入ったタイトルで、この本の価値を矮小化してしまう人が出るかもしれないのは、実にもったいないことだ。うまく言えないが、これは「人が他人の人生の物語に、モノではなく生きた登場人物として登場するにはどうすれば良いか」について余すところなくそのハウツーを語った、他に類を見ない希有な本である。
企業に所属しているか、それとも独立自営しているかに関係なく、ビジネスというものを自分の人生にとって「カネを稼ぐための手段」以上の大切な何かだと少しでも思っている人であれば、今のうちにこの本を買って読み、自分の仕事にどう生かせるか、あれこれ思いを巡らせておいたほうが良いだろう。そういう、ビジネスに「魂の触れ合い」を求める人のための、素晴らしい1冊である。
04:32 午後 書籍・雑誌
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