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2007/03/29

書評『勝ち馬に乗る!やりたいことより稼げること』

勝ち馬に乗る! やりたいことより稼げること この『勝ち馬に乗る!』という本、米国での発刊以来15年目にして邦訳を企画された三ツ松新氏から2月の終わり頃に献本をいただいて拝読したのだが、ものすごく印象に残る本であるにもかかわらず、「このブログの読者の皆さんにもぜひ読んでもらいたい」などという薄っぺらい推薦の言葉が、どうしても書けない。この猛烈にひっかかる抵抗感は何だろうと、この1ヶ月ほど考え続けていた。

 それで、さっきふっとその理由が分かった。なのでそれをまず書いておきたい。「自分の可能性を信じている奴、あるいは今いる会社で努力すれば報われるなどと考えている社畜は、絶対読むな。入手厳禁」。左記にあてはまる人は、読まずに今すぐブラウザの右上の×印ボタンを押すこと。まちがっても以下の文章は読まないでください。

 著者はご存じ、あの名著「売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティング22の法則」のアル・ライズとジャック・トラウト。何しろ、「リンドバーグがなぜあんなに有名になって、著書が売れて大金持ちになったか、リンドバーグの数日後に大西洋を横断した奴が名前さえ知られていないのはなぜか。リンドバーグが一番乗りだったからだ。一番乗りになれないなら、何をやっても無意味」などというみもふたもない話を書かせれば、世界中でこいつらの右に出る者はいないとされるコンビである。本書もさぞかし、みもふたもない話のオンパレードなのだろうと思ったら、やっぱりそうだった。

売れるもマーケ 当たるもマーケ ―マーケティング22の法則 ライズ&トラウトらしく、最初から最後まで、自分の能力ではなく他人の能力や発明にただ乗りして大儲けした奴らの話が、これでもかとてんこ盛り。15年前に出た書籍であり、取り上げられている事例はマクドナルド、マイクロソフト、ロータスなどやや古いネタが多いが、まあよくもこれだけ書いたものである。成功したベンチャー企業の経営者は、たいてい自分の能力が秀でていたことを強調して自分を伝説化したがるから、こういう書籍に例として取り上げられるのはさぞかし噴飯モノだっただろう。

 それはともかく、本書に書かれていることは事実であるというだけでなく、すべて真実である。真実だがしかし、あまりにみもふたもなさすぎる。

 マーケティングの分野であれば、ある程度の「みもふたもなさ」を分かっていなければ仕事ができないのは事実だし、多くの場面で自分の売りたいものよりもお客に買ってもらえるものを優先しなければビジネスにならないのは現実なのだから、そういう「みもふたもない」話を語るコンサルの本を読むことは大切だろう。しかし、その「みもふたもなさ」を、自分自身の人生にまで徹底して適用しようと思うだろうか?まあ、そういう人もいるのだろうな。カネ儲けのためには良心だって悪魔に売り飛ばさないと、だしね。

 最初から最後まで「カネを儲けた奴こそが成功者」という拝金主義が怒濤のように溢れかえっているのは、米国のビジネス本の愛嬌と思ってやり過ごすにしても、「成功するためにあなたがこれまで必要と考えてきた真っ当な努力はすべてムダである」というメッセージをこれだけぶつけられて、読後に多少なりとも不快感を感じない人というのは、よほど世の中を舐めきって生きてきた人だけだろう。まして、自分磨きやら昇進競争に少なからぬ資金を投じ、一生懸命取り組んできたという真面目な人にとっては、激しい怒りと脱力感に襲われること必至だ。

 しかし、あえて言うなら「世の中の現実なんてこんなもんよ?」という、最もどぎつい現実を突きつけてくれる良書であるとも言える。この本を読んで怒り出す人というのは、言うなれば子どもに向かってゆとり教育のスローガンそのままに「自分の好きなことをやりなさい」と諭しながら育ててきた挙げ句、子どもが就職もできずニートや引きこもりになってしまった途端、すべてを政府のせいにするようなものである。世の理不尽を正面から見つめ、受け止めるだけの心の鍛錬が足りない。

 鍛錬が足りない人は焦って宗教やイデオロギーという麻薬を求める、とマルクスは言った。イデオロギーは不都合な現実を見えなくする。我々が深く考えもせず何となく信じている常識のなんと多くが現実を包み隠す「イデオロギー」であることか、本書でライズ&トラウトに教えてもらうと良い。この程度の現実すら直視できないで、資本主義社会を無事泳ぎわたることなど、できるわけもないのである。

 しかし、本書は世の中に溢れる「自分磨きこそ成功への近道」という宗教的イデオロギーの皮をひんむいて見せるために、「成功至上主義」という別のイデオロギーを対置してみせた。この本を読むなり「そうか、こうやって成功すればいいのか!」と、頼れる馬を探して周囲をキョロキョロ見回すような人間は、キリスト教と資本主義というイデオロギーから抜け出ようとして、新たに共産主義というイデオロギーに染まるようなものである。つまり「アホ」である。

 他人のアイデアやコネ、親戚などが最も頼れる馬なのだということぐらい、30歳を過ぎればもう気づいてなければならない程度の「世間知」だが、若い時からそれらを頼ることばかり考えて生きる人もまた誰の相手にもされないのだということも、もう1つの世間知として知っておくべきだろう。

 この本を読んで「ああ、大金持ちになるということは、まあそういうことだろうね。しかし私は、自分の能力のできる範囲でこつこつやるよ。その方が長い人生、楽しいからね」と言えるような愚鈍な奴に、私はなりたいと思う。そして、そう思えるようなマチュアな30歳以上の人に、自分の過去30年以上の中で積み重ねてきた世間知が、魅惑の共産主義イデオロギーにどれだけ立ち向かえる強さを持っているか、試すために読んでみてもらいたいと思う。その意味では最もどぎつい類の「名著」と言える。

 だが、もう一度言っておく。はっきりした自分の立ち位置を持ち、悔いなき人生を送るための世間知を積み重ねようという自覚のないまま生きてきた社畜君、がっつき君、自己啓発オタクは、この本を決して買わないでください。以上。

03:16 午後 書籍・雑誌 コメント (11) トラックバック (3)