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2006/05/19

書評:「ヒルズ黙示録―検証・ライブドア」

ヒルズ黙示録―検証・ライブドア なんか最近書評ばっかり書いてる気がするが、まあいいや。たまたま面白い本によくぶち当たるので、きっと幸せなんだろう。AERAの大鹿靖明記者が書いた、『ヒルズ黙示録―検証・ライブドア』。既にあちこちのブログで書評が書かれているので、特に内容そのものの総括レビューはしない。

 自分自身、このブログでホリエモンの日本放送買収の記者会見模様のライブエントリを書いたり、ライブドアやホリエモンについていろいろ考えたことを書いてきたこともあり、「あーなるほど、あのときの裏はこうだったのか~」とか、いろいろ考えながら読んだ。そして最後に大鹿記者が指摘しているように、ライブドアという会社がある意味で自分を含む団塊ジュニア世代の「パンク・ムーブメント」だったことを実感した。驚いたのは、実は自分もこの10年あまり、想像以上にその舞台上の登場人物たちの近くにいたことを知ったことだ。

 この本を読んでいて僕が一番興味を持ったのは、ホリエモンをはじめとするライブドアの経営陣の面々ではなく、最近シンガポールに国外脱出した村上世彰氏その人である。

 実は、僕は今から10年前駆け出しの記者の時代に、通産省(当時)にいた村上氏を見ていた。といっても、村上氏に会いに行ったわけでもなく、たまたま別件で取材に行った通産省で見かけただけだった。見かけたのも横顔ぐらいまでだったし、もちろんその人が村上氏だなんてことも教わらなかったし、その当時には知るわけもなかった。

 でもあのとき、あそこにいたのは間違いなく村上氏だったのだと確信している。通産省サービス産業課という表札の出た部屋の中で、ロッカーに貼られた座席表に「企画官」と書かれた席に彼は腰掛けていた。椅子にそっくり返って座り、窓際の机に向かって足を放り上げ、電話の受話器を肩で挟んで大声で話していた。その大声の会話は、10メートルほど離れた小さな会議スペースでパイプ椅子に腰掛けて取材していた僕にまで筒抜けだった。

 取材していた内容はほとんど記憶に残っていないのに、10年たった今も、その甲高い声ははっきり耳に残っていて、その内容さえはっきりと覚えている。「おお、久しぶりだなあ。元気か?そうだよ、中小企業庁なんて要らねえんだあんなもん。そうそう…」。会話の相手は、旧知だが別の部課あるいは省庁にいる同僚かと思われた。いずれにせよ、役所取材経験が浅い新米記者にとって、鮮烈すぎる光景だった。

 当時ヒヨッコ記者だった僕は、「通産省という役所はすごいなあ、まだ30かそこらのキャリア官僚が、自分の役所の出先機関を『要らねえんだよ』って一刀両断するのかあ」などと感心していたが、それはたぶん誤解だったのだろう。あんなことを大声で役所の中で、しかも机に足を乗せながら電話でまくしたてるような人は、その後僕が知り合ったどんな官僚にもいなかった。あれこそが村上氏だったのだと、この本を読んで分かった。もしかしたら、あの会話の相手が、本の中に出てくる(当時野村證券から通産省に出向していた)丸木強氏(現・M&Aコンサル副社長)だったのかも知れない。

 その2年後、彼は通産省を辞してファンドを立ち上げる。村上ファンドの投資手法に対する評価は賛否両論があるが、そのギャップの理由を大鹿記者は、

村上には、あざとく立ち回り、巧みに利益を追求する、したたかなファンドマネージャーの顔がある反面、株主への還元やコーポレートガバナンスなどを訴えるオピニオン・リーダーとしての「正義」の顔ももっている。その二面性は、前と後ろに2つの顔を有し、光と闇、善と悪などあらゆる対立物を象徴する古代ローマの神・ヤヌスを思わせる。(p.140)
 と述べている。ちなみに、この「ヤヌス神」の喩えは、大鹿記者のオリジナルではなく、2005年10月のAERAを見ると「(村上氏の)知人の金融機関幹部」の言だそうだが、言い得て妙という感じだ。そういえば今週の週刊東洋経済にも、彼の矛盾するこの2つの側面を徹底的に叩く記事が載っていた。

 「村上のやっていることなんてただの総会屋と変わらない」とか、「新手の仕手の一種だろう」とか指摘する人は僕の回りにも多かった。だが、総会屋というのは会社にこっそり取り入って金品を要求する人たちのことだし、一方仕手というのは複数の人間でつるんで株を買い上がり、個人投資家を食い物にして利食うことだ。大量の株を買って堂々と会社の経営者に経営改善を要求し、個人投資家が大損をこくような局面で株を売るようなずるいマネもしない村上氏は、総会屋でも仕手ではない。

 村上ファンドの動きは、阪神電鉄の時もそうだが、ちゃんと市場を見ている人間には予測もできるし、手口が分かるものである。逆に言えば、村上ファンドにつけ込まれるということは、その企業の経営者が資本市場からの監視に対してあまりに無為無策であることの証左なのである。その意味で、村上氏は株式資本主義の申し子そのものだし、磯崎氏のところで書かれているような、村上ファンドを潰そうとするさまざまな法規制は、結果としてそもそも資本政策に歪みのある日本企業を温存してしまうだけなんじゃないかというふうに思う。

 とはいえ僕も、一方で買収対象の企業を「改革せよ」と脅しながら、大株主として経営の改善を見届けるのでなく、その前にライブドアや楽天に持ち株を「はめ込んで」逃げてしまう村上ファンドのイグジット(投資回収)の手法が良いとは決して思わない。少なくとも、「健全な資本主義」という視点からは肯定できない。

 でもそれは、ウォーレン・バフェットのような長期投資ではなく、そういう短期勝負のイグジットでなければ投資資金を集めることも回収することもできない日本の株式市場のせいなんじゃないかと思う。巨大資金を持つ者がつるんで株をつり上げるインサイダー取引がはびこり、しかもそれを誰も摘発しない。摘発されないのなら、非対称な情報をもとに大きな資金を動かせる人間の方が儲かるに決まっている。本書では、今回のライブドア事件の意味を東京地検の元特捜部長の1人の言葉、

「今回の事件は、やりすぎの『すぎ』のところに光を当てている。(中略)自由な経済活動と車の両輪である遵法意識やモラルがこれまで軽視されすぎていたのではなかったか」
 によって総括している。

 そもそも検察が法律の埒外にある「モラル」をどうこうする権限があるのか、と言えば確かにそうなのだが、結局は証取委なり検察なり、誰かがそれをやらなければならなかったから仕方なかったのだろう。だが、それは本来なら、「見せしめ」的に行われるのではなく、もっと適切なプロセスを踏んできちんと「日本版SEC(米国証券取引委員会)」のようなものを作った上で行われるべきだったろう。でなければ今日も日々行われているインサイダー取引などはなくなるはずもない。

 個人的には、ライブドア事件でホワイトナイトを演じ、ホリエモンを「清冽な資本市場の流れを汚してはいけない」と喝破したSBIの北尾吉孝氏を、誰か引っ張り出して日本版SECのトップにでもしてくれないかなと夢想する。市場というのは、たぶん北尾氏の指摘するような、「誰でも入れる、だが悪意のある人間、義を守らない人間は永久にたたき出す」という鉄のルールが日々守られてはじめて機能する存在なのだ。であれば、より新参者にはハードルの高い(しかし既存のプレーヤーには甘い)法規制を次々作るよりは、不心得者を厳しく摘発する組織を作るべきだ、というのが、米国にならって始まった90年代の金融ビッグバンの教訓の1つではなかったのか。

 北尾氏はもう事業家としての孫正義氏に付いて行こうという気はないみたいだから、ポスト小泉政権の目玉政策として、日本版SECの初代トップとかになって「公益に尽くして」くれないだろうか。そんなことを、この本を読んでつらつらと考えた。

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コメント

証券取引等監視委員会は日本版SECとしては失敗だったという主張?

投稿: と | 2006/05/19 17:52

こんな投稿がBigBang氏のところに出ていました。事実はどうなのでしょうか?
_____
2chからの情報なのですが、かつて泉が主催していた掲示板があるのですが、そこに松永英明(河上イチロー)のアングラ掲示板「DerAngriff」の常連doumoto(はてなid同じ)が常連だったそうです。
GripBlog初期に、この堂本らしき人物に泉はインタビューしています。その時点で松永と泉は知り合いだったのではないでしょうか?
つまり最初に泉と松永ありきではないか?ということです。
umeと泉はそれ以前のつきあいですから、泉から見た知り合った順番はume→松永→R30ではないかと。

ちなみに堂本は、以前にBigBangさんのコメント欄を荒らしていた人物と思われます。(口調があまりに特徴的なので)
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/03/post_4720.html#comments
>じゃあ、一生あなたは嘘をつかないで立派に生きていってください。がんばってね。バブバブ。
>恋してる人ほど、自分が恋してるって言われると烈火のごとく怒るんだよね。
>好きなら好きだって言っちゃえよ。うふふ。

以下2chからのコピーです。
----
泉あい主催のSM掲示板 松永英明(河上イチロー)のアングラ掲示板「Der Angriff」の常連、 中年オカマのdoumoto(はてなid同じ)が出てる。
http://web.archive.org/web/20030118225626/www.chu-site.com/phpbb2/viewtopic.php?t=67
今あめぞう・DerAngriffの連中の巣は「はてな」とここ。
http://www.twelve-girls-band.info/bbs/
■あめぞう・Der Angriffの糞ども
http://d.hatena.ne.jp/Fukui_Toshiki/20060329#p15

投稿: ぶんげい | 2006/05/19 21:54

 出た、教えてクレクレ厨。
 そういうことは、聞く前に調べる。常識。

 「調べる」が「2ちゃんのコピペ見たんですけど」レベルだった場合、そんなもん調べるのうちに入るかボケ、で終わりですがな。

 その程度にしか行動できない人が読者に多いって前提があるから、2ちゃんは怪文書や錯綜系情報が出回りやすいんでしょ。煽り放題だ。
 一歩前に出て、自分でどうにかするって態度を示さないと。事実はあなたの前を素通りすることはあっても、あなたの前で立ち止まることはありませんよ?

投稿: 私 | 2006/05/19 22:23

 新宿アルタ前で道往く人々に対して「あの人たちは僕が声掛けたら立ち止まって挨拶返してくれる」とマジ思ってるキチガイと同レベルの判断力ですな。
 日本は平和だ。

投稿: 私 | 2006/05/19 22:26

>>シャッチョサン

>当時ヒヨッコ記者だった僕は(中略)だったのかも知れない。

 確認取ってから言ったほうがいいと思うよ? とか言って。

投稿: 私 | 2006/05/19 22:31

此処にある総会屋のイメージが近年のモノですね。
元々は不健全で歪な日本の資本市場での用心棒みたいなモノだったと思いますよ、総会屋は。
そういう意味では、村上ファンドの動きは不健全で歪な日本の資本市場へのアンチテーゼ、位相を逆にしたニューウェーブ総会屋だと思ってます。
ただ堀江モンの件をみても思うのですが、市場の不健全性や歪さを完全に取り除く事は体制側は望んでいない様なので、極端にシンボライズされた旗手(村上ファンド)も毒気を抜かれるか除去されると思いますよん。

投稿: トリル | 2006/05/20 15:48

北尾氏は無能だから無理でしょう
彼こそ単なる金貸しだ

投稿: けん | 2006/05/20 16:18

下記の書籍「幻想曲・孫正義と...」では、孫氏や北尾氏に関する影の部分を書いています。業界では周知の事実とか。従って、R30さんが提案する「北尾氏をSECチーフにせよ」は、正にブラックジョークの積りでしょう。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822244547/503-8579437-8528767

投稿: snowbees | 2006/05/21 05:33

北尾氏に期待しすぎです。彼は、そんな中身は綺麗ではないということ。

投稿: Kondo | 2006/05/22 14:19

このAERAの大鹿靖明記者が、これまでライブドアを最も持ち上げていたマスコミ人の1人だったのですよ。
1年くらい前、ニッポン放送買収騒動の頃のAERAを読み返すとよく分かります。ホリエモンが表紙を飾った号で、大鹿記者のライブドア礼賛記事が載っていたりして。
ホリエモンを時代の寵児のようにもて囃しておきながら、今になって「パンクムーヴメント」の総括ですか。これだからマスコミは…ちょっと滑稽ですね。

投稿: バンビ | 2006/05/23 20:39

 後になって、滑稽と思うまでのことでしょ。
 大鹿靖明記者なんて言われても知りもしない興味も無い生きてようが野垂れ死のうが関係ないって人のほうが圧倒的大多数だから、そ知らぬ顔して何吹いても、その都度その都度読む奴は居るんですな。
 そもそもそういう性質の商売なんだから、別に滑稽であろうと酷刑になろうと関係ないですがな。

投稿: 私 | 2006/05/23 21:14

>>シャッチョサン

全部消さんでも、いっこくらい残してあげれば?

投稿: 私 | 2006/05/24 23:32

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