書評:「グーグル 既存のビジネスを破壊する」
すでに小飼弾氏のブログおよびpal氏のブログで書評がアップされている佐々木俊尚氏の『グーグル 既存のビジネスを破壊する』を発売前に入手して読むことができた。月並みな言い方だが、読む価値は大いにある面白い本だと思ったので紹介したい。
小飼氏も述べている通り、この本は単独で読んでも十分面白いし理解しやすいが、できればpal氏がやったように、梅田氏の『ウェブ進化論』と読み比べるのが一番良いと思う。本としての体裁については、小飼氏の『「ウェブ進化論」が、「“あちら側”から“こちら側”へのメッセージ」であるならば、本書は「“あちら側”にも“こちら側”にも属さない一ジャーナリストによる、“あちら側”がもたらす“こちら側”の変革レポート」となっている』という評が最も的確と思うが、『梅田氏が「ウェブ進化論」では割愛したGoogleの側面を過不足なく伝えている』というのはちょっと違うと思う。2冊ともGoogleという巨象をなで回した2人の著述家がそれぞれの考えを述べているに過ぎないのであって、全体を見ることができないGoogleに対して今「過不足なく」述べることができる人など、世界中どこを探しても存在するわけがないからである。
この2冊の本から読みとれる産業論とかビジネス論については、pal氏がほとんどネタバレのレベルまでこってりと書いてくださっているのでそちらをお読みいただくとして、僕自身の感想と、あとこの本を「読むべき」とオススメする理由を述べておく。
まず感想だが、2冊とも同じ対象について語っているにもかかわらず、梅田氏の『ウェブ進化論』とあらゆる意味で対照的なのが面白い。それは本の体裁もそうだし、小飼氏も指摘しているように販促のためのマーケティングもそうだ。だが最も特筆すべき対照性は、その文章の構成である。
『ウェブ進化論』は、まず最初に梅田氏がこれまでの多くの論考からぎゅーっと絞り出した「インターネットの3大潮流と3大法則」という抽象的な結論が提示され、その論拠としてブライアン・アーサーの技術革命史観、「こちら側/あちら側」や「テクノロジー志向/メディア志向」、「パレート法則/ロングテール」といった二項対立的なフレームが並び、事実がそれらに沿って整理されていく。いわば、経営コンサルタントが使う典型的なプレゼンテーションの手法なのである。
このタイプのプレゼンは、抽象的な結論が非常にすっきり頭に入ってくる一方で、そこに梅田氏の中であまりに見事に整理された構図だけを見せられるがゆえに、疑り深い人は「本当にそうなのか?これらの事実は、梅田氏が自分の説に都合の良いように選り分けたのではないか?」という疑念もよぎったりする。
一方、佐々木氏の『グーグル』は、グーグルニュースの日本上陸という一年半前のシーンから始まる。大手から地方紙まで日本の新聞社が取った対応とその意図、中でも読売新聞の戦術について関係者の証言を交えた生々しい経緯が説明され、グーグルが既存のマスコミのビジネスを破壊する存在であることが明らかになる。そして、たたみかけるようにそれ以外の領域でもグーグルが既存のプレーヤーの脅威となるような動きを見せている事実が並べられ、その上で「なぜグーグルはこのような破壊をするのか?」という問いかけを立てる。書籍の後半は、この疑問に答えていくために、さらに様々なファクトが次々と並べられていく。つまり、ファクト→意味づけを繰り返して真相に迫ろうとする、伝統的なジャーナリズムの文章作法そのものだ。
両書とも、内容の3~4割はネットの中でさんざん議論になったことのまとめや、ジョン・バッテルの『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』あたりに書かれていることの引用だったりするので、言っていることも実は結構重複していたりもするのだが、それでも読んでまったく違う印象を受けるのは、そのプレゼンテーションのスタイルが正反対だからだ。
僕自身は、職業上この2つのプレゼンのスタイルを両方とも習得せざるを得なかったのでものすごくよく分かるのだが、この両方ともにそれぞれメリットとデメリットがある。小飼氏がいみじくも書評に書いているが、『どちらが共感しやすいかといえば「ウェブ進化論」だが、どちらがレポートとして信用に足りるかといえば、(佐々木氏の)本書である』ということになる。つまり、メッセージ性を持たせたいならテーゼ→「例えば」→ファクト、信頼感を高めたいならファクト→「なぜ?」→テーゼ(意味)という流れでものを言うといいわけだ。
佐々木氏の本は、『ウェブ進化論』的なコンセプトを誰かに(胡散臭い営業トークのようにではなく)一定の信頼感を持たれるような語り口で説明したい、あるいは「現在のネットの潮流が実際にどんなビジネスにどんな影響を与えるのか、より実感を持って知りたい」と思っている人が買って読むと良いだろう。あと、仕事でコンサルタント的なプレゼン技法しか学んだことのない人にもぜひ読んでもらいたいと思う。
この本の中には新聞社、駐車場サービス、町のメッキ工場などの、日本人にとって身近で親しみ深い人々が、Googleの登場で生活や商売にどんな影響を受けているのかが、実に生々しく描かれている。それは希望でもあり絶望でもある、つまり「生の現実」だ。だからこそ、そこから「なぜ?」で導かれるテーゼの方が、事実を単に都合良く切り張りして並べたように見えるコンサルタント的文章よりも、ある種の説得力を持つのだ。
とはいえ、『グーグル』にも弱みはある。「なぜ破壊するのか?」という問いに対する明確な答えとしてのGoogleの「意思」の分析が、ここには書かれていないのだ。あえて言うなら「Googleにとってその方が儲かるから」というレベルの答えしかない。梅田氏は、それに対して「Googleにはビジネスの功利以上の何かを追求する、明確な意思やシステムがあるはずだ」と考えて、それが何か、どのようなインパクトのあるものかを一生懸命明らかにしようとしている。こうしたより深い経営学的な考察が、残念ながら佐々木氏の『グーグル』には欠けている。
その意味で、身近な社会で起きていることの実感を伴った理解のためには『グーグル』の方が向いているが、一方で「ネットの司祭」の持つ根源的な可能性やその意思を深く深く考えたい人にとって、『グーグル』は『ウェブ進化論』を何ら超えるものではないと言っても良い。
個人的には、『ウェブ進化論』にGoogleを使うことで生活や商売を根本から変化させた日本の中小企業や個人のルポルタージュが1つでも入っていればものすごく説得力が出たと思うし、逆に『グーグル』に実際のGoogle内部の技術者や経営者へのインタビューと、そこから読みとれる彼らの「意思」みたいなものへの突っ込んだ分析があれば、『ザ・サーチ』以上の本になったと思うが、百数十ページの新書ごときにそこまで求めるのは欲張りというものかも知れない。いずれにせよ、2冊とも読む者にそこまで欲を募らせる名著であることには変わりないと思う。
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コメント
はじめてコメントを書きます。R30さんのブログは必ず読むようにしているのですが、今回の2つの本の書評はビビッときました。
自分は事実→なぜ→その意味・理由という書き方をするようにしています。その方が信頼性が高まるからです。でも、長い文章や(エンジニアリングの)講演をするときは、結論となるテーゼ→根拠という流れにして、その中で、事実→なぜ→その意味・理由というブロックをつなげていくようにしています。
自分は組込みソフトエンジニアが本業なんですが、マーケティングの興味があり、組込みソフトエンジニアにとってもマーケティングは重要性だと思っています。
この書評をトリガーにして自分のブログでも“マーケティングの重要性”という記事を書いてみました。
投稿: さかい | 2006/04/16 10:44
つまりは帰納と演繹の違いと言うわけですね。
数学も金儲けに役に立つんだ(笑)
投稿: ひろ | 2006/04/16 14:15
紹介ありがとう。
pal氏のブログが書評としてすごくまとまっていてわかりやすかった。
投稿: 通りすがり | 2006/04/16 23:38
政治も変えてます。
某政党に不利なことは検索が難しくなっています。
選挙を有利に進めるための道具でもあります。
投稿: タロ | 2006/04/16 23:44
僕も含めてそうなんだけど、ブラウザを立ち上げて・・・のITの人々の場合は「100円で買ったものを200円で売る」というのがつまらんと思っている。
でもこれがビジネスの基本。
そこで世のオッサンビジネスマンは考える。
「100円で買ったものを加工して400円で売れば大儲けできるぞ」とか「100円で買うのではなく80円で買って、今までどおり200円で売れば純益があがるぞ」とかね。
これはGoogleに限ったことじゃないけど、その手のITの人々の年齢が若かったり、業界自体も若いから、前者のように商品を加工するための予算を得るような政治力もないし、判断力もない。
だから結局後者のロジックが圧倒している気がする。
メーカ様の広報に働いている方ならこんなプレゼンをよく聞くと思う。
新聞広告の場合=15,000円/件
インターネット広告場合=10,000円/件
の問合せきます・・・ってね。
こう考えれば新聞広告の人からすればインターネットは破壊者だな。
注)上記金額は、コメント用のたとえ話で下駄を履かせてます。
実際は1.5倍の開きなんてまずありません。
投稿: 児玉遼太郎 | 2006/04/18 10:18
「Googleという巨象」という表現はちょっと・・・。
そんなに神格化する必要はないと思うが。
結果としての巨象であって、業態は巨象じゃない。
投稿: 通りすがり | 2006/04/18 10:44
巨象だと念押ししておかないと、ビジネスが成り立たなくなる人がもはやたくさんいるんだよ。進化論コンサルタントとか、シャチョサンとか。いまさら虚像だとバレたら困る
投稿: 通り過ぎ | 2006/04/18 11:02
通り過ぎさん、うまいっ!座布団10枚!w
投稿: R30@管理人 | 2006/04/18 12:01
ビジネスが成り立つとか有り得ないから。
成り立ちませんから。
無駄ですから。
まあ、半年から1年程度どうにかなって騒いだ人が印税稼いでそれで終わりでしょ。今このタイミングで本書いた奴以外、誰もが儲からねえゾーンに一直線のような気が。
この手のよさげ話は、最速先行者利益と超絶残存者利益以外有り得ないよ。人の書いた本読んで書評したり書評を読んで釣られて本買うような奴は、労力か財力の無駄遣いってやつだ。
ご苦労さん。
投稿: 私 | 2006/04/18 23:31
ココは平和だなー。
「私」さんとR30さんのやり取りは面白くて好きだなー。
で、もうグーグルは新しく何かぶち上げてくれないと厭きたんで、つぎ御願いします。
投稿: トリル | 2006/04/22 19:09
パッと見、シャッチョサンはギリギリ最速先行者利益の残り滓をゲットできるか否かの瀬戸際あたりで超頑張ってる臭いんで、折角だから超頑張ってほしい。
往年の舞の膿(関脇)が土俵際まで目一杯詰め寄られてイナバウアー級に絶体絶命のピンチからどうなるか!? みたいな。
超うっちゃり出るか? みたいな。
そんな面持ち。アスリートは最後の最後まで諦めてはいけない。
投稿: 私 | 2006/04/23 02:19
アスリートより詐欺師の面構えで行け!!
イナバウワーは・・・・R30さんだと腰がやられるか転けてしまいそう。
カッパいだ後は延焼を避けるため貰うモン貰って全力離脱がよいかと。
実際白熱しすぎ感強いよ、関連株ババ抜き大会。
投稿: トリル | 2006/04/23 02:58
基本的に発展の可能性が無い(余地が極端に限られる)今後の日本経済(笑)の現場で超頑張るとするなら、イナバウアーはごくたまにやる程度で宜しいんでしょうね。毎度毎度は身が保たないッ中華。
一都でイット(一兎)とか一途に追いまくってると自分が背後から狙われちゃうゼ~みたいな言葉遊び。
投稿: 私 | 2006/04/23 03:02
個人的には情報関連職って駅前のビラ配りティッシュ配りから本質何一つ進歩しちゃいねえって感覚なんで、技術が進歩しようがハードが進化しようが出し物手が込んでようが庶民生活に密着しようが何だろうが、なーんも変わんねえだろって面持ちで拝見中。
「変革」と言うなら、まずは中の連中が全力で豪腕ティッシュ配りやっちゃい勝ちな体質が変わったのか否か、そこ見ないことには。食指どころか目も眉もビタイチ動かんよね。
投稿: 私 | 2006/04/23 03:11
私も、この本については、「ウェブ進化論」とあわせて読むというのが、比較しやすいと思いました。
映画マイノリティ・リポートのような世界が現実となりつつあるのが、空恐ろしいと思いました。
投稿: honyomi-world | 2006/05/04 14:11