« ソフトバンク孫正義社長 会見質疑応答 | トップページ | 劇評『ベケットライブvol.7 見ちがい言いちがい』 »

2006/03/18

日本史上最大のディールについての簡単な感想

sb_son いやー、今日は絶妙のタイミングだった。

 17時から始まったソフトバンクのボーダフォン買収の記者会見のストリーミングを聞きながらメモに起こしてブログにアップ。同時にそれをプリントアウトして見ながら、渡辺さんと夜19時から3/31の緊急イベントについての打ち合わせをした。ちょっと前までは、こんな世紀の記者会見など、一般の人間にはマスコミの報道を通じて以外、全貌を決してうかがい知ることのできないイベントだった。今では誰でも会見を同時に見られるし、マスコミより先に感想記事を書いてしまうことができるし、すぐに作戦会議(笑)に使うこともできる。感慨もひとしおだ。

 僕はというと、打ち合わせを終えて帰宅してから、もう一度オンデマンド放送の記者会見を見直していた。それでちょっと思ったことをいくつか、書き残しておこうかと思う。

 今日の発表を聞いて、まず一番びっくりしたこと。それは、「この話、資金調達が最初の難関だろう」という僕の予測が見事に外れていたことだ。

 報道陣の撮影後、ボーダフォンのモロー氏が去ってから最後の質疑応答で、孫氏は「今回の件が知られて以来、国内外の金融機関から、予定額の何倍ものオファーをいただいた。非常に積極的で、金利も十分に魅力的だった」とコメントしていた。

 ソフトバンクに金融機関が、“魅力的で積極的なオファー”?!最初に融資してくれた興銀をメーンバンクから蹴落として金融機関を天秤にかけ、銀行業界から総スカンを食らって野村證券出身の北尾吉孝氏とともに株式市場からのエクイティ・ファイナンスに社運を賭けた90年代のソフトバンクを知っている人間からすれば、この10年の金融業界の様変わりは、まさに「隔世の感」とも言うべきものだ。

 あるいは、景気加熱×金融量的緩和解除直前で空前のじゃぶじゃぶカネ余りという絶好のタイミングで、成熟産業の巨大企業に売却を持ちかけて首を縦に振らせた孫社長の天才的戦略家ぶりのなせる技だったのかもしれない。おそらく彼はVFのサリーン氏に囁いたことだろう。「今このタイミングを逃せば、我々が1兆円をはるかに超える資金をご用意することは、もう永遠にできないかもしれませんよ」と。

 それにしても、ファイナンスに溺れ、あるいは振り回されるベンチャー経営者があまりにも多い中で、ファイナンスをあくまで「自分のビジョンを達成するための戦略ツールの1つ」としか見なさず、徹底して「市場を振り回す」側に回る孫氏の豪胆さには、心底恐れ入るばかりだ。

 あと、12日から14日にかけて、「サーベラスやKKRがカウンターオファーを出した」という投資銀行筋経由の情報が出たのは、VFがSBのオファーを受け入れることをほぼ固めていたからだったんだろうね。つまり、VFに門前払いを食ったので、VF株主向けにカウンターオファーの金額をアナウンスすることで、「これ以上安い価格でSBに売るようなら訴訟を覚悟しろよ」という脅しのつもりだったのだろう。残念ながら、その程度でぐらつくほど孫社長の信念と準備はヤワではなかったということのようだ。

 それから、VF買収の戦略面からみた分析については、詳しくは3/31のイベント席上に譲るとして、ここでは簡単に会見の感想だけ書いておこうと思う。

 記者会見の発言をテキストに起こしてみて、孫社長は一見さらっと説明しているかに見えて、実はその言葉の1つ1つに周到な意味を持たせているということが改めてよく分かった。さすがだと思う。このテキストを読み抜くことから、今後のSBの方向を予想する作業が始まるといっても過言ではないだろう。

 分析で分かることはたくさんあるが、ここではその中の1つだけ書いておく。孫社長が記者会見で言っていたSBのVF買収に関する戦略面の説明(ファイナンスのスキームやそれぞれの持つ顧客基盤の規模の話を除く)は、要約すると結局3つに絞られる。1つは「VFはSBグループと一緒になることで、基幹網の共有化によるコスト削減が可能」、2つめは「ヤフーが総力を挙げてモバイル向けのコンテンツ供給に取り組む」、そして最後に「SBは2000億円以上のカネは出さないし、それ以上のリスクもかぶらないから株主は安心してくれ」という3つだけだ。これ以上、何も言ってない。

 「コスト削減可能」ということについて、その節約できたキャッシュを新たなネットワーク設備への投資につぎ込むのか、それとも価格戦略に使うのか、それ以外の用途なのかには一切触れていないし、「ヤフーが総力を挙げてモバイルコンテンツの開発に取り組む」というのも、それを「VFのために開発する」とは一言も言ってない。言っているのは「開発する」ということ、そして「4200万のヤフーユーザー、1500万のVFユーザーの両方に相互のシナジーが起きる」ということだけ。ヤフーユーザーの携帯電話保有者を、すぐに全員ボーダフォンに買い換えさせてみせるとは言ってないところが、ミソである。

 おそらく、この「会見で言及しなかったポイント」にこそ、孫社長の意図がひそんでいると見て良いのではないかと思う。おおかたの出方は当初の想定内だったと思うが、あの会見を聞いて孫氏の隠れた意図に気が付いた人はあまりいないのではないか、と感じた。

 ここから先の分析は、3/31のイベントでさらに突っ込んで考えてみたいと思っているので、お楽しみに。ちなみに、渡辺さんのところではイベントの申し込みは既に締め切りましたが、グロービスの一般向け申し込みの枠がまだ少々空いているそうなので、参加ご希望の方はなるべくお早めにお申し込みください。

 なお、ネットメディアの記事リンク集を作ってくださったブログと、資金調達や資金の流れのポンチ絵を作って掲載していたブログがあったので、最後にご紹介しておきます。ご参考にどうぞ。

|

« ソフトバンク孫正義社長 会見質疑応答 | トップページ | 劇評『ベケットライブvol.7 見ちがい言いちがい』 »

コメント

質問者がぼそぼそ、的を射ない質問をする中で、孫社長が明確にわかりやすく答えてたのが印象的でした。
3月31日のイベント、楽しみにしています。まだ申し込んでいないので、グロービスさんの方から急いで申し込みます。

投稿: mikami | 2006/03/18 04:34

台湾・中国に滞在していて日本に帰国した時に最初に感じたのは,携帯電話の料金が異常に高かったこと。女子高校生たちが小遣いを一斉に携帯電話代金の支払いに向けそしてメールのやり取りに集中したため,音楽CDの売上げが極端に低下したなどと話題になっていました。
最近かなり改善したとはいえいまだに割り高。
Yahooのこの買収で一気に世界水準の料金体系が実現することを望みます。
もちろんあっというサービスも..... rtf

投稿: Return To Forever | 2006/03/18 06:44

> もう一度オンデマンド放送の記者会見を見直していた。

今もみれますか?
ならURLを教えてください

投稿: マルセル | 2006/03/18 12:01

http://www.softbank.co.jp/explanation/other/060317/ja/index.html
こちらから入ってみてください>マルセルさん

投稿: R30@管理人 | 2006/03/18 13:34

ドモ<(__)>、1時間50分もあるんですね
ちなみにUSENの記者会見は↓からみれるようです
http://www.gyao.jp/news/
GYAOのニュースサイトです
昨日の22時までと書いてありますので、既に消えている鴨葱...

投稿: マルセル | 2006/03/18 15:30

この写真、自分で撮ったの?

投稿: 野猫 | 2006/03/18 15:36

シャッチョサン、えー仕事しとるやないの。
ま、頑張ってな。

投稿: 私 | 2006/03/18 17:07

う~ん。今回の一件、インパクトはありますが、ファイナンス的には大騒ぎしなくてもよいのではないでしょうか?
孫さんは冷静になって、とるべき手段を淡々と取っただけかと。
そこがすごいところではあるんですけど(^^;

投稿: ひろ | 2006/03/19 01:59

で、ボーダフォンって凄いの?
なんか、前のエントリーのコメント欄とか見てると、ボロっちい電話売ってるみたいなんだけど?

陣取り合戦(マーケティング)、ファイナンスについては、嬉しそうに語るけど、肝心の技術には触れないのね。

なんか非現実的だね。速記録だけは現実的だけどさ。

投稿: 月夜の晩 | 2006/03/19 19:50

>Return To Forever氏
>台湾・中国に滞在していて日本に帰国した時に最初に感じたのは,携帯電話の料金が異常に高かったこと。

携帯電話の料金の話題で抜けてる部分があるんだけど、無線基地局を設置する維持費(ビルの屋上の賃料)が日本の場合べらぼうに高い。
海外だと、ビルオーナーの副収入的な意味で「基地局を設置するだけで賃料が取れます」っていう理屈がとおるけど、日本の場合は定期点検や緊急の場合に作業員が出入りすることに不満があるために、その分が賃料に上乗せされる(無線基地局の施工会社の人から聞いたはなしなので、ちょっと曖昧ですが)。
つまり物価とか地価ではなく文化的な価値の違いのような部分でコストがかかっているわけだから、その分が利用者が支払う料金が高くなるのはあるいみ当たり前といえば当たり前なんだけどな。

まあ、文化や感覚の部分までもが世界水準になるってのは一種のファンタージーで、仮に日本の無線通信事業の常識が変わったとしても、ビルのオーナーとかの世間一般の意識は孫氏が生きてる間には変化するとは思わない。

投稿: 児玉遼太郎 | 2006/03/19 20:52

>まあ、文化や感覚の部分までもが世界水準になる(中略)とは思わない。

 それ言ったら夢が無いのでシャッチョサンがっくしかもしれんね。私の場合、それ込みで「孫=上杉謙信」呼ばわりなんだが。

 天下取りへの道は遠い。道半ばにして便所で卒倒する可能性高し。

投稿: 私 | 2006/03/20 01:34

「会見で言及しなかったポイント」=ブランド戦略ですか。。

投稿: katshi | 2006/03/20 05:10

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本史上最大のディールについての簡単な感想:

» 携帯電話市場の垂直統合型と水平分業型 [Sotto un cielo blu]
ボーダフォンがソフトバンクに買収されました。 思っていたより早めに買収が決まりましたね。 ソフトバンク、ボーダフォンを1兆7500億円で買収 http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0603/17/news075.html 記者会見の模様も全編ここ↓で見られます。こういう風に記者会見を誰でも全部見られるのは良いですね。 記者発表会 | ソフトバンク株式会社 http://www.softbank.co.j... [続きを読む]

受信: 2006/03/18 04:52

» ソフトバンクグループによるボーダフォンジャパン買収合意 [fareaster]
【... <a rel=[続きを読む]

受信: 2006/03/18 08:17

» [mass-comm] それにしても心配 [another aspects from txk]
今回の一件に関し、マスコミ各社は当然トップニュースで取り上げているし、新聞社のwebサイトでもあれこれ記事が掲載されている。しかし、テレビや新聞を含め、どこも一様に「日本最大のディールであること」にばかり焦点があたっている。 確かにそれは報ずべき内容の一つだが、公になってから1週間程度の時間はあったのだから、もう少し検証・分析的な記事があってもいいと思う。通信業界のこみ入った話は難しいと避けられているのかもしれないが、それを咀嚼するのがマスコミの役割だろう。 それができないのは、単に記者の能力に... [続きを読む]

受信: 2006/03/18 08:25

» ソフトバンクのボーダフォンJ買収が正式決定 [時事を考える]
ソフトバンク:ボーダフォン日本法人の買収で合意とソフトバンク買収:携帯業界は2強 [続きを読む]

受信: 2006/03/18 12:19

» ソフトバンクがボーダフォン日本法人買収! [EBISU]
今日の昼過ぎからネット上でソフトバンクがVFKKの買収交渉の最終合意に至ったという記事が発行され、夕方6時頃正式にリリース、その後に合同記者会見が行われた。 最終的な買収金額は1兆7500億。国内ではこの規模の買収は初めてだと言われている。 この規模の買収をどのようなスキームでまとめるかに個人的には興味を持っていたので、整理してみた。 今回のスキームはLeveraged Buy Out (LBO) と言う事は憶測されていたが、100%新規子会社を作り、ソフトバンクはそこに2000億円を出資... [続きを読む]

受信: 2006/03/18 13:29

» 凡庸な新ブランド名がキャリアの戦略を覆す? [WMR -web2.0ミステリー調査班-]
ソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収しましたが、買収後はボーダフォンブランドではなく、新ブランドで展開していくそうです。で、疑問に思ったのですが、新ブランドになったら、またメールアドレスのドメイン名は強制的に変更させられるのでしょうか? もしそうなると、潜在的にボーダフォンに不満を持っていたけどMNPではメールアドレスが変更できないのでキャリアは変更していなかった、というユーザーが「いい機会だから」と他キャリアに移るきっかけになってしまいます。これを防ぐためには 将来のサービス展開への期待感をユ... [続きを読む]

受信: 2006/03/18 19:32

» [バイアウト投資]ソフトバンクの勝算、ファンド的視点 [漂流する身体。]
SOFTBANKが、Vodafone, k.k.(以下ボーダフォンジャパン)を買収する模様である。 ボーダフォン日本法人をソフトバンク買収 1.75兆円  国内で固定通信3位のソフトバンクは17日、携帯電話3位のボーダフォン日本法人を買収することで親会社の英ボーダフォングループと合意した、と正式に発表した。買収額は1兆7500億円と日本企業による買収では初めて1兆円を超え、過去最大となる。今後、国内の通信業界は、固定電話、携帯電話のいずれものサービスを提供するNTT、KDDI、ソフトバ... [続きを読む]

受信: 2006/03/19 22:31

» ソフトバンクによるボーダフォン買収成立! [【Lock,stock and Weblog...】]
    孫ジャスティス率いるソフトバンクによる日本史上最大の買収劇・ボーダフォン日本法人買収がついに成立。 資金調達の内訳は以下の通り。 銀行借入(LBO調達)       1.1〜1.2兆円 劣後借入(ボーダフォンB.V.)   1,000億円 優先株式(ボーダフォンB.V.)   3,000億円 優先株式(ヤフー)         1,200億円 普通株式(ソフトバンク)     2,000億円 LBOはソフトバンクの信用力に依存しないノンリコースローンによる調達。孫さん... [続きを読む]

受信: 2006/03/20 00:43

» マスメディアの終わりの始まり-R30氏 [湯川鶴章のIT潮流 powered by ココログ]
 人気ブロガーのR30さんが今回のゲスト。今回はマスメディアの今後についてお話を [続きを読む]

受信: 2006/03/20 14:05

» ポッドキャスティング~マスメディアの終わりの始まり~を聞いて [ハコフグマン]
 最近、たまに時事通信の湯川鶴章さんのポッドキャスティングを聞きながら、自転車 [続きを読む]

受信: 2006/03/21 01:37

» 何故日本のケータイ料金は高いのか? [時事を考える]
ブログ界の論調ではソフトバンクの参入でもケータイの料金は下がらないのではないとい [続きを読む]

受信: 2006/03/23 02:31

» ソフトバンクのボーダフォン買収の先にある世界-yahooがネットの免許証となる世界 [WMR -web2.0ミステリー調査班-]
[http://d.hatena.ne.jp/dodolaby/20060318/1142677932:title=前回、ソフトバンク携帯のアカウントをyahooにするのではないか?と述べましたが、]仮にそれが実行された場合に、ソフトバンクが目指すであろう世界(戦略)について述べたいと思います。 前回述べましたように、携帯のアカウントをyahooにしたユーザーは、PCと携帯の世界をyahooで一括管理できるようになります。そうしてソフトバンク携帯のユーザーが増えるに連れ、yahooのプレゼンスはより... [続きを読む]

受信: 2006/03/23 15:30

» 孫VS宇野 [ひろのきまぐれ日記]
 孫・ソフトバンクのボーダフォン買収、宇野・USENのライブドア買収が  期せずして同時に起こりました。  なんか比較してみると面白いなぁなんて、ざっくりと思っています。  ライブドアの建て直しのケースを考えていると、USENによる買収というのは  実にすばらしいディールだと感じます。  こう言ってはなんですが、千載一遇のチャンスだったと思います。  まさに棚ぼたなんですけど、火中の栗を拾いに行った宇野氏の勇気は  なかなかだと思います。  孫氏の買収については、まさ... [続きを読む]

受信: 2006/03/24 23:28

» ソフトバンク、ボーダフォンを買収 [歌は世につれ世は歌につれ・・・みたいな。]
ちょっと出遅れましたが(汗)、替えてみましょう。 *** ♪1兆7,500億の買収♪ (Ooooh L.B.O. L.B.O.) 紡ぎ出す情報のブロードバンドで ネットに描く色とりどりのコンテンツ この星の片隅2兆の資金が 素敵な案件(こと)を成し遂げるのさ 携帯業界震わせる シェアは移ろいやすくても 孫はITの夢を見ずにいられない・・・・・・宇野も 買収はLBOのから騒ぎ まばゆいくらいにボーダフォン・ジャパン 買収はLBOのから騒ぎ 孫のときめきボー... [続きを読む]

受信: 2006/03/29 21:26

« ソフトバンク孫正義社長 会見質疑応答 | トップページ | 劇評『ベケットライブvol.7 見ちがい言いちがい』 »