« 新年のごあいさつとメディア業界についての予感 | トップページ | ライブドア死すともデイトレは死なず »

2006/01/14

MS+AMD vs Intel+Apple という構図

 シスコで行われているMac World Expo 2006でのスティーブ・ジョブズの講演内容を日経ITProの中田記者が大胆に予測し、ものの見事に外したことで、その反省の弁の記事が出て、コメント欄が盛り上がっている。面白いのは、コメントの内容が「当てずっぽうでいい加減なこと言うな」という批判と、「年に1度のお祭りなんだから、こういう記事もありでしょ、がんばって」という激励と、見事に2つに分かれることだ。

 中田記者がジョブズの講演の前日に出した予測は、「AppleがIntelのViivプラットフォームに対応したMacを発売するだろう」というものだ。Appleとスティーブ・ジョブズの戦略をよく観察している人なら「それはあり得ない」とすぐ分かるのだが、しかしそれが分かっている人なんて非常に少ないだろう。予測記事を批判している人の中にも、それが分かっているように見受けられる人はほとんどいない。「マスコミは間違った事書くな」と繰り返すだけの、実に低レベルな批判ばかりだ。

 むしろ「予測を外した」という以外の点においては、僕は中田記者が今のPCメーカーやデバイスメーカーがどこに集中して戦略的な意思決定をしようとしているかを良く分析して、ポイントをつかんでいると思う。こういう「予測外し」とその反省をリアルタイムで発表していくことはとても有意義だと思うので、彼がどのへんで的を射ていて、どこで外したかを少し分析してみたい。

 最初の記事「Jobs氏は明日『AppleViiv』を発表するだろう」で、中田記者はAppleがIntelのメディア・パソコン規格「Viiv」に乗ると予測する理由を、デジタルテレビ放送の標準DRM(デジタル著作権管理)規格と目される「DTCP-IP」を擁するViivに対して、「iTunesのDRM」の域を超えないAppleのFairPlayが結局はぶら下がらざるを得ないだろうという読みに求めている。

 ジョブズという経営者の異常なまでの負けず嫌い、プライド、そして執念深さを知らなかった、というのが彼の予測が外れた最大の理由ではあろうが、しかしその目の付けどころ自体は悪くない。

 この記事の中で強調されている見立ては大きく2つある。1つめは、「ビデオ+テレビ」あるいは「DVDプレーヤー+テレビ」というおきまりのパターンからどう変化するかが読めない次世代ホームメディアの主導権を巡る争いというのは、つまるところ「DRMのデファクト」を巡る争いのことだ、という見立てである。これはすごく正しい。あらゆるハードウェアがパソコン化、つまり誰でも入手できるパーツを寄せ集めたコモディティに向かっている中、かつてのVHSやCDのように、記録媒体やハードの規格を握っただけでは市場を占有できないということは、もう誰でも分かる。

 では、ホームメディアの市場は完全にDellのような「コモディティを圧倒的な生産性で安く作りまくる企業」だけが勝つ世界になるのか?といわれると、どうもそういうふうにはなりそうもない。ユーザーが求めるのはやはりデザインの格好良さや使い勝手の絶えざる革新だ。

 ここで、使っているパーツはコモディティでも、単なる見てくれの猿真似では到底達し得ない、本当のデザイン性と使い勝手の良さを組み合わせた強みを作ることが可能であるのを証明してくれたのが、AppleのiPodとiTunesだった。Intelが「Viiv」というメディア規格プラットフォームを打ち出し、その核心にDRMを据えたのも、あらゆるものがコピー可能なデジタル技術の世界で、DRMこそが「他の誰にも真似できない自社だけの独占技術」になり得ることに気がついたからだ。

 中田記者の記事にもあるとおり、Viivの面白いところは、ただのDRM規格というだけでなく、プラグインによって他のDRMと接続できるという、「DRMのメタ規格」を目指しているところである。しかし、DRMというのは要するに暗号技術のことだから、これを他の企業が開発した暗号技術の規格に接続した時点で、その戦略的なコントロール機能を失う。

 今のAppleにとって、北米の携帯音楽プレーヤー市場で7~8割という圧倒的なシェアを握るDRMをメタDRM規格に開放するなんてことは、「今後、最新のIntelチップはAppleにしか提供しない」ぐらいの交換条件でも提示されない限りあり得ない選択肢だろう。その、将来とれるかどうかも分からないホームメディア市場がいくら欲しいからといって、現時点で持っている最大の武器をライバルに明け渡すという戦略判断をAppleが下すと考えたのは、どうみても中田記者の短絡だったと言うほかない。

 ただ、また別の角度から考えると、Appleにとってその動機が薄かったとしても、Intelから見た時にはそれだけの交換条件の提示があってもおかしくなかったのではないか、という読み方はあり得る。これが2つめの、デジタル機器の各レイヤーにおける個々のプレーヤーの製品戦略だ。

 中田記者の見立ては、ここでも非常に鋭い。自社製品の普及戦略を、あくまで法人あるいはビジネスユースから図ろうとしているのがMicrosoftとAMD、そうではなくて個人と家庭が自社製品普及のドライバー(原動力)と見ているのがApple、Google、そしてIntelではないか、というものだ。

 今後各社が打ち出してくる手によってはまた変わってくる部分もあるだろうが、この見立ては非常に興味深い。ビジネスユースの市場は、低価格化が進み製品あたりの利幅は薄くなるだろうが、将来の市場ニーズと規模とがある程度確実に読める。これに対し、パーソナルユースは(Appleのような)誰かがある日突然画期的なデザインや機能を持った製品を出すことにより、勢力図が急変したり新規市場が忽然と生まれたりといった可能性を常にはらむ。市場変化のリスクは高いが、その代わりイノベーティブな製品を出せればブランド価値や製品の利益率は一気に高まる。

 その意味で、これ以上利幅を落としたくないIntel、個人やスモールビジネスをパワーの源泉と見ているGoogleが、パーソナルユース市場での潜在力ナンバー1のAppleと、MS・AMDの「ビジネスユース」連合に対抗していつかは手を組むだろうと予想するのは、おかしなことでも何でもない。ただ、それが「今」のタイミングであるべきだったのかどうかということだけだ。そう考えていくと、中田記者の推測記事も学べるところが多いと思う。

 …と書いてみると、今のMicrosoftって、古川享氏もブログで嘆いていたけれど、PC草創期のIBMみたいな方向に向かってるように見えるよね。本当はPCやキーデバイスなどのハードメーカーとの強力なネットワークこそがMSの強みの根源だったはずなのに、いつの間にか自分自身のブランド力と技術力が強みだと錯覚してしまって、手堅いけれど面白くも何ともないビジネス市場に逃げ込もうとしているという。チップ屋さんやハード屋さんたちは、最高にイカしたイノベーションを別のところで日々起こしているというのに。MS、これから大丈夫だろうか?

 あと、付け足して言うと、あの記事に対して「責任ある媒体の記者たるものは根拠を持って予測をすべきだ、こんな与太記事飛ばしてる奴は首にしろ」とか批判してる人というのは、そもそもこれだけの企業戦略分析を積み上げたうえで立てられた憶測というのが、ジョブズの基調講演やAppleの製品リリースをそのまま「事実」として報道するより100倍も知恵と勇気が必要で、かつ学ぶところ(つまり読者にとっての価値)も大きいということを理解しない、「Web1.0」的な人なんだと思う。もっと言えば、そういう発想の人こそが、既存の企業でもやる気のある若手の才覚とイノベーションのタネを潰して回っているのだろう。

 マスコミを批判するのは自由だが、そういう勇気あるクリエイティビティを批判すること自体がマスメディアにおける言論の多様性を潰しているというか、まあ大げさに言うと「マスコミの健全さを殺す」役回りに立っていることを、あの記事に噛みついている人は少しは自覚した方が良い。念のため、あの記事のはてなブックマークからたどれるはてなダイアリーの言及エントリをざっと見て回ったが、はてなユーザーの中にはそういう批判的コメントをしている人は1人もいなかった。

 1人の記者を育てるのも潰すのも結局は読者である。その意味で、インターネットは本当に頭を使う労力を厭わない記者、勇気のある記者にとって最高の仕事環境を提供するようになってきたと、心から思う。

|

« 新年のごあいさつとメディア業界についての予感 | トップページ | ライブドア死すともデイトレは死なず »

コメント

この2つの記事について、内容はともかく姿勢についてはむしろ本当に誠実だなという印象を私も受けました。

ですから、あの批判コメントはむしろ内輪(あるいは同じ業界内)からの匿名批判が多かったりするんじゃないかと邪推すらしてしまうくらいです……。(これこそ無責任な予想ですが)

投稿: スープ | 2006/01/14 17:07

両社の本心発表はこれからのような...
この業界以前よりプレイヤーが多いですね

投稿: マルセル | 2006/01/14 17:09

>はてなユーザーの中にはそういう批判的コメントをしている人は1人もいなかった。

ブロガーは偉大なりw

投稿: 月夜の晩 | 2006/01/14 17:41

間違った時にペナルティが無いのもまずいんだけどね。
パチンコみたいに勝った時だけ威勢のいいブロガーも多いよ。
“頭の良い”人は明日の天気なんか言及しないんだろうけど。

投稿: hi | 2006/01/14 17:56

>1人の記者を育てるのも潰すのも結局は読者である。

↑これはネェ…言いたくなる気持ちも分かるけど、言っちゃダメでしょ。読者なんて所詮そんなモンっていうかそんなモンだし。

 あとまあ、言う側(配信する側)が、多少の批判にヘコ垂れちゃダメってことでもあるよ。実際のところ、どんだけ不評でも配信サイドが「いや、次も言う」って思えば言えるわけじゃん。不評だったら次は絶対ダメ即現役引退って法は無いし、断じて進めば鬼神も此れを避けるわけだし。

 そういう部分で読者に擦り寄ったり遠慮したり変な線引きしたりする必要はないわけさ。ぶっちゃけ、無視していいんだ。そんなもんは。
 言える人が言える立場にあるなら、断じて言えばそれでいいんじゃね? あとのことは、あとのことでしょ。

 っていうかそーやって読者に妙に甘える意識がある限り、伸びるものも伸びんと思うよ? 伸びたきゃ自力で伸びろってことかなぁ。

投稿: 私 | 2006/01/14 19:48

全く同感です。
apple freakではない冷静な記者の視点から見た展望という意味である意味新鮮な記事でした。
同じように感じていた人がいたということがうれしく思い、コメントしました。これからも鋭い洞察期待しています。

投稿: kaz | 2006/01/15 03:45

僕ははてブの hotentry からその“ハズレ反省記事”を読んだだけだったから、アフォな記事があるなぁ位にしか思わなかったし、そもそもニュースサイト(や新聞)を記者毎に見る習慣なんて大衆に期待できるの?インターネットに馬鹿な記事書いたら、バカって言われるのはしょうがないって。umedamochio もそう言ってる(何処かは忘れた)。

投稿:   | 2006/01/15 04:16

「AppleがIntelのメディア・パソコン規格「Viiv」に乗る」
よく分からんのだけど、タイミングを早くにハズしただけで、そういう流れが結局後から付いてくるという事は無いんかいな?
それじゃ駄目なのか、この世界は?
相場の世界では良くあるぞ。

またタイミングを完璧に部外者が当てるのは当事者じゃ無いのだから難しいし、ファンダメンタルズは言われてるように全然的外れとも思わないけどな。
「両者の協力関係が今後より進むのか?またその場合どちらがよりイニシアティブを握ったり譲歩したりするのか?」が公式確認として先送りされた事が重要なのか?
MSやAMDのカウンターアクションに注目が移った事が、既にこの予測の価値を貶めたことになるのか?
予測は、その背景を説明する上での合理的な文体形式だと考えたから使っただけで、実は趣旨の焦点では無かったんじゃないのか?

投稿: トリル | 2006/01/15 19:00

ViivにはMCE2005が必須なので、
アップルの採用はあり得ない、
そんなことは予測するまでもなく
明白だったのですが。。。

ほんとBPには甘いな、R25さん。。。
客観性を失うと痛いです

投稿: eette | 2006/01/16 08:39

北朝鮮を地上の楽園って言ってる新聞がいまだ反省もなく生き残ってるんだから、これくらいいいんでないの。

投稿: たれみみ | 2006/01/16 14:17

こういうことは、選挙やギャンブルみたいに損得に絡まない限り、いかに華麗に外すかって事が重要なのにね。数日~数時間早く事実を書いたとして何の意味があるんだか。

投稿: bywordeth | 2006/01/16 23:46

昔からのM$とIntelの協力関係、つまりこのWintel帝国はこれで終わるとは思わないが・・・

投稿: ◎ | 2006/01/17 20:59

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: MS+AMD vs Intel+Apple という構図:

» 記者を育てるのは読者 [Still Laughin']
R30::マーケティング社会時評: MS AMD vs Intel Apple ... [続きを読む]

受信: 2006/01/14 11:35

» あたたかい目 [にぶろぐ]
おはよう、と書こうと思ったらもうお昼ですね。喰いブロ(くいしんぼうブロガー)です。 R30::マーケティング社会時評さんが、「MS+AMD vs Intel+Apple という構図」という記事を書かれていました。日経IT Proの記者が予測記事を書いて、予測記事が外れたことに関して、予測自体は外れたものの予測の背景にある分析を評価したものです。 この中で、予測記事が外れたことに対する弁明記事の批判コメントに対する批判を述べています。ちょっと長くなりますが引用します。  あと、付け足して... [続きを読む]

受信: 2006/01/14 13:51

» そんなにがっかりしなくても [MuwBlog-muwmuw's BLOG-Muwmuw]
IT Proの記事が一部で話題になっています。タイトルが素敵すぎ。Jobs氏の講演終了とともに膝から崩れ落ちる:IT Proこの記事に先立って書かれた「Jobs氏は明日「AppleViiv」を発表するだろう:IT Pro」の予想が外れたとの記事ですが、自身が「Microsoftウォッチャー」だったのでAppleの動向を読み損ねたと反省しています。が、もともとが希望的観測だったみたいですし、今後のApple製品の予測としてはそれほど外していないのかも。引用: MacWorldに集まる「Macウォッチャ... [続きを読む]

受信: 2006/01/15 06:55

» ITとは? [課長ほど素敵なショーバイはない!?]
英語、information technology の頭文字をとったもので、情報技術のこと。 との位置付けが一般化しましたが、確か以前、“i”を意味する英語は下記のような変遷をたどったと聞いた記憶があります。 第1弾:intelligent technology 知能を持った技術を描いていた? 第2弾:..... [続きを読む]

受信: 2006/01/15 20:49

» 「大衆は無知であれ!」 - メディアが作り上げる知の格差とマッチ・ポンプ [デジモノに埋もれる日々]
日曜コラムです。こんばんは。   先週注目を浴びていたメディア論のことについて少しだけ、私の昔の記事 も交えながらお話をいたしましょう。風邪がひどく体調が最悪ですので、 引用だらけの記事になってしまいますが、ご容赦を頂ければ幸いです。   1つはこの記事です。 日テレの総帥とも言える氏家さんへのインタビュー記事ですが、 全体の流れは ライブドア、楽天が引き起こした 一連のメディア 買収未遂に関連して、メディアのあり方について語ったものになっています。   この記事に出てくる氏家さんのインタビュー内容... [続きを読む]

受信: 2006/01/16 03:57

« 新年のごあいさつとメディア業界についての予感 | トップページ | ライブドア死すともデイトレは死なず »