なんで年末になると少子化対策の話になるんだろう
Main
新年のごあいさつとメディア業界についての予感

2005/12/31

変化の波に洗われる巨船と波乗り木の葉

 今年は大掃除もせず、おせちも作らず、正月飾りもなく、これで正月が迎えられるのかと思うほどだらけた年越しだった。まあ、ものがあまりない家だから掃除するのも片づけるのも、ものすごく簡単になったということなんだけど。家具がまったくない家というのはいいものだ。

 我が家にとっては転職あり、引っ越しありと、大騒ぎの1年だった。この歳になって人生の光景ががらっと大きく変わるというのも感慨深い。転職してからというもの、「10年後にどんなことをしていると思いますか?」と、よくいろいろな人に聞かれるけど、自分でもまったく想像がつかない。昨年までのように記者をやっていたとしたら、「10年後も同じように記者をしている」ことが期待されていたと思うし、自分もそうとしか答えられなかっただろう。

 今年、社会人になって以来9年近くお世話になった会社を飛び出してみて、最も強く感じたことは「変革の波に最も激しく洗われているのは、どんどん変化する組織よりも変わろうとしない組織の方だ」ということだ。今の僕には、10年後の自分がどんな仕事をしているか想像が付かないにもかかわらず、不思議と「変化の波に襲われている」という気がしない。むしろ今、これまで右肩上がりでずっと安定を享受してきた組織の方が、変化の波に呑み込まれそうになって右往左往しているという印象を受ける。僕の方が、それよりもずっと小さい木の葉のような舟に乗っているはずなのに。

 ここで言う「変わろうとしない組織」というのは、もちろんマスコミもそうだけど、それ以外の大企業も含んでいる。最近、たまたま2件ほど売上高が1000億円単位の大企業の相談に乗る機会があったのだけれど、どちらも方向としては完全に行き詰まっていて、あとはぬくぬくしてきた人事制度に手をつけて社内に嵐を起こすか、それとも事業を細切れにばらして心機一転独立採算でやり直すか、どちらかしか打つ手がないだろうというような状況でアドバイスに困り、頭を抱えた。

 自分自身、そういう企業の中に身を置いていた経験からすれば、経営陣によほどの覚悟がない限り、状況を打開する有効な手を講じられないままじりじりと縮小均衡のスパイラルに入りたくなるのも仕方がないだろうなあと思うわけだ。格好良く言えば「イノベーションのジレンマ」ということなのかもしれないが、なんというか実際にはそのレベルでさえない。単に「成長できる余地がなくなった」というだけであり、目先のキャッシュは潤沢、社内の無駄遣いさえきちんと切りつめていけばまだまだ全然利益は増やせる。問題は右肩上がりに慣れきったじゃぶじゃぶのコスト体質の方なのだ。

 そういう企業が本当に取るべき手というのはだから、おそらく事業戦略の転換でさえない。変化の波を起こしているインターネットに正面から突っ込むのは、彼らにとってはむしろ事業戦略的にどう見てもマイナスでしかなく、一番賢明なのはじりじり続く事業の縮小均衡に耐えられるHRシステムを作ることの方だったりする。だが、まさにそれこそが彼ら自身のもっとも取りたくない方策だったりもするので、にっちもさっちもいかなくなってしまう。

 結局、個人も会社も「どうにでも変化できる」「変化に対応するのが楽しい」という体質になっておかないと、ステイブルであろうとする限りじり貧に追い込まれてしまうような気がする。陳腐な喩えだが、鏡の国のアリスの赤の女王の言葉、「同じ場所に止まるために全力で走らなくてはならない」を今さらながら実感した年だった。

 今年もう1つ思ったのは、ブログの登場で文字通り「誰でもメディア」の時代がやってきたなあということだ。

 昨年の年末のエントリを見ると、ブログ界の今後は昨年末に思い描いていたものにはまだ全然たどり着いていないようだ。むしろもっと裾野が広がったというか、良くも悪くも世の中のいろいろなものが「ブログ」化したというか、まあそんな感じ。一方でブログから何か新しいものが生まれたのかというと、あまりそういう気もしない。北新の高田さんのまとめエントリなどで鋭く指摘されているが、ブラックジャーナリズム的なものもブログ界に押し寄せてきたし。

 個人向けのブログホスティングサービスそのものがいつまで続くのかとか、今の状態の持続可能性についてはいろいろな意見も出ているが、インターネットの発展が情報発信・流通・受信のコストをこれからもどんどん下げていくであろうことは事実だ。その意味で、今年起こった様々な変化は不思議なことでも何でもない。

 テキストどころか音楽や映像でさえも、今やパソコンとカメラが1台あれば何でもできてしまう時代になった。あれだけ大がかりな制作・配信システムの必要なテレビの世界がインターネットの浸食にさらされるなんて、数年前には思いもつかないことだった。人間の脳からコンテンツが生成されるまでの手間やコストもどんどん低くなるだろうし、それが他人に伝達されるまでのコストもどんどん低くなる。

 というわけで、今後の競争のカギは情報流通のプロセスではなくその前か後ろ、つまり人間の脳から有意義なコンテンツを生成するだけの仕組み作りと、コンテンツを受け手の脳に的確に叩き込む仕掛け作りとなる。つまりネットの「外側」にどういう仕組みを作るかに注力すべきであり、今からインターネットに突っ込んでいって一生懸命ビジネスしようなどと、絶対に考えてはいけない。そんなことすれば、せっかくの虎の子のコンテンツやビジネスモデルを無料開放するだけであり、経営陣の「俺だってインターネットぐらい知ってるぜ」というプライドを満足させるのと引き替えに未来のキャッシュをどぶに捨てるのと同じだと思うのだが、どうも皆さんそういうふうには考えないらしい。

 つくづく残念なのは、少なくともこの「前と後ろの仕掛け作り」の何たるかについて、既存の大企業はそのコツを知っていたはずなのに、それをうまく自分のビジネスの中で再構成できてないということ。それどころか、今や彼らはその暗黙知を生かすよりも、社員に経済的ダメージを与えるのを回避することばかりに気を取られて自らそれを放棄したり、壊して回るようなことをしているということだ。

 例えば26日に朝日新聞が発表した編集改革委員会の報告と来年からの改革案を読んで、僕は正直あっけにとられた。読者からの記事評価とか、編集局の組織改正とかは正直どうでもいいと思ったが、最後の「朝日ジャーナリスト学校を将来は社外にも開かれたものにする」って、どういうことなんだろ。

 どこの企業が自社社員の養成システムを社外の一般人に開放するわけ?そんな教育研修システム、企業の競争力につながらないんだから作るだけ意味ないじゃん。ていうか、一般人に公開できるような研修制度なら、どうせ大したことは教えられないでしょ。そんなのに2ヶ月も張り付けられる新入社員カワイソス。それとも、何かの情報公開のつもりなのか。お人好しにもほどがある。

 あるいは、彼らは朝日というメディアの競争力が、自社の社員じゃなくて記事や写真といったコンテンツや新聞個配網といった流通プロセスにあるとでも思っているのだろうか。つくづくおめでたい方々だ。でもこういう美しい誤解が、今や朝日などのメディア企業に限らず既存の大企業に蔓延しているところが、何ともはやという感じだ。

 まあいいや。いずれにせよ、2005年は新聞からテレビまで、オールド・メディアの右往左往ぶりが際立った年だった。それは言うまでもなく、ニュー・メディアにとってのチャンス到来を意味する。2006年は雨後の竹の子のように、次世代の日本を代表するメディアがいくつも出現する年になるだろう。そこにオールド・メディアがどのように絡んでいけるのかいけないのか、僕の関心はまさにそこにある。

 2005年は大変お世話になりました。僕に新しい出会い、チャンスを与えてくれたすべての方々、そしてこのブログの読者の方々にお礼を申し上げます。皆さんも良いお年をお迎えください。では。

10:54 午後 メディアとネット

 TrackBack URL:: http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16309/7930426

TrackBackList::変化の波に洗われる巨船と波乗り木の葉

これからの日本ってどうなるんだろう トラックバック 時事を考える @2006/01/01 17:55:57
年末に「これからの日本ってどうなるんだろう」と考えていました、ハイ明るくするハズ 続きを読む

電通バズサーチ トラックバック 時事を考える @2006/01/02 13:39:41
finalventの日記のコメで電通バズサーチなるものを教えて貰った、誰かがメデ 続きを読む

次のターゲットは? トラックバック インターネット放送徒然草 @2006/01/02 18:27:37
2005年は日本のインターネット放送にとって大きな節目になったと思う。ホリエモン... 続きを読む

人生とは変化することである トラックバック ブラジリアン・ガールと不器用な俺の物語 @2006/01/06 4:41:12
俺たちは普段意識していない。でもなんだかんだと変化に対応しているのである。そしてその、一見節操のないようなところに俺は人間の強さを見る。 R30::マーケティング社会批評「変化の波に洗われる巨船と波乗り木の葉」  結局、個人も会社も「どうにでも変化できる」「変化に対応するのが楽しい」という体質になっておかないと、ステイブルであろうとする限りじり貧に追い込まれてしまうような気がする。陳腐な喩えだが、鏡の国のアリスの赤の女王の言葉、「同じ場所に止まるために全力で走らなくてはならない」を今... 続きを読む

ここまで言っちゃっていいのか トラックバック ブログは踊る、されど進まず @2006/01/30 19:40:23
大橋巨泉が凄い話をしてる。少しモノを考える人ならみんな薄々感じてはいたことだろうけど、大橋巨泉みたいないわば「テレビの権化」が、ここまでぶっちゃけちゃっていいのだろうか。 続きを読む

Comments

ご苦労様でした。2005年は4緑乙酉で 4緑の列車、風、事象は悪い方に出ましたねー、良かったのは縁談、の事象で紀宮の婚礼、そして乙で芽生えた酉の西(金融・株0は持ち直した、さて来年は3碧、で電気・急激、雷・音楽・スポーツ・青年男子、丙で南の争う、裁判、熱い、戌で西北の収蔵で景気は心配ないが何事も急激な変化が激しい、ネットの世界も驚愕する出来事が続出するし、大雨・水害は局地的なのがあるだろうねー、しかし外交方針は舵を切りかえる時代になったようです。中東やアフリカ・南米など国内紛争が頻発しそうですね、中国の露骨な石油資源争奪競争を米国とぶつからないように避けて貪欲に薦めるでしょう。首脳会談延期をカードにしてしつこく靖国に固執してる中国から申し込むまで無視・放置するのが国益です。幾ら経済界のソニーが泣きついてもです。
ソニーは先祖帰りしてるのだから自業自得です。企業も自己責任で中国とは対処するべきで国民にも高いつけを払わせるのは間違いです。裁きは受けるしか無いと思います。

POSTED_BY:ようちゃん @2005/12/31 23:22:09

あけましておめでとうございます。
2005年は公私共々に色々あられたようですが、このblogでも煽り煽られ、色々とありましたね。
2006年も読み応えのあるエントリーを楽しみにしております。
今年も一つ、よろしくお願い致します。

POSTED_BY:くれふ @2006/01/01 0:32:45

明けましておめでとうございます。
コンテンツ流通の真ん中の役割どころは分かりやすいです。
ほいで、「前」と「後ろ」なんすけど、ブログ等の登場で
前後の立ち位置がアヤフヤになっている印象があって、「後ろ」に
向かって「前」がつんのめり過ぎると、はたして受けが良くても
対価を得られないようになりそうな悪寒。すでにそうなっている肝。
「前」と「後ろ」はつかずはなれず居てもらえれば何よりだねと、
モチ焼きながら考えました。

POSTED_BY:R29 @2006/01/01 2:13:06

明けましておめでとうございます。根っから「変化に対応するのが楽しい」のか、そうせざるをえない状況に身をおいていたからそうなのかはわかりませんが、我が身は別にしても、仕事に関係する身の回りでは、大変な事態が進行しています。
また、今年もなるほどとうならせてくれるR30さんのブログを楽しみにしています。
本年もよろしくお願いいたします。

POSTED_BY:大西宏 @2006/01/01 2:32:28

あけましておめでとうございます☆
昨年度は、万人の目に触れるところで多くの事を書くことが出来ないのですが、いろいろと申し訳ありませんでした。

しかし昨年ブロゴスフィアで発生した一連の出来事を振り返るにつれて、時代がどちらの方向に流れていくのかということや、小さな木の葉はどちらの方向を目指していくべきなのか、ということがはっきりしてきたように思います。

今年もひっそりとROMさせて頂きます。
よろしくお願いします。

POSTED_BY:キングフラダンス @2006/01/01 11:12:53

 最近よく会議で言うんです。「埼玉大学のヒトとカネで出来ることが、他大学に出来ないはずがない。成功したとたんに真似されるに決まってるだろ」
 号令一下では動かなくなった巨大組織そのものを否定しないままで生き残りを策して行くなら、小さな試みを組織のあっちこっちで、小さなチームと小さな資源でやるのがいいんだろうと思っています。有機的なものしか組織には残りませんからね。誰もが納得できる全体目標なんか、真似しやすいものの筆頭ですよね。もしあったら。
 ネットに乗せられない「指導」のノウハウや「対話的な授業」が、これからは大学のメシのタネになるんだろうと思っています。

POSTED_BY:並河 @2006/01/01 21:22:01

いつも興味深く拝見させて頂いています。今年もご活躍を楽しみにさせて頂いています。ではでは。

POSTED_BY:Dora @2006/01/04 18:33:08

遅ればせながら、、、
旧年中は大変お世話になりました。

音楽の流通と宣伝システムの一時代を作った方が
ネットで仕掛けましたがいまいちの模様です。
R30さん、ここは一つテコ入れお願いいたします。

美味しいものとか、美味しいものとか、
美味しいものをいただける集まりがあれば
是非呼んでください。
あと、美味しいものとか。ふふ。

お忙しいでしょうが、お体に気をつけて、
R30さんの今年が益々実りのあるものになるよう
お祈り申し上げます♪
本年もよろしくお願い申し上げます。


POSTED_BY: @2006/01/04 22:59:35

今更コメント。
おそらくメディア産業のキーは情報送達のモデルを静的なものから動的なものに変えて行くことにある。
知的財産が著作権によって相当長期に保全されるために、ついそのほぼ“永遠”においての収益モデルを構築しがちだが、収益というものを中心に捉えればむしろ逆でいかに短期間により多くのエンドユーザーに送達させるかが重要になる。
通信技術の発達は送達コストの低下ではなく、情報効用の低下する速度を速める抗いようのない“環境”でしかない。
つまり著作権というものは旧環境に基づく建前上のもので、生鮮食品のようにすぐに無価値になる商材を収益最大化するにはどうすればいいのかと考えればおのずと売り惜しみでなくできる限り早く売ること、売れ残れば値引きをしてでも処分することが適当だと分かるはずだ。
もうひとつの形態として文献というデータベース(インデックスの集合ではない)へのアクセス権を売るというものもあるがそれはここの文脈にはそぐわないだろう。

R30氏の考えるコンテンツ制作技術とは情報のコピーに関連する“流通革命”にほかならない。
コンテンツというものが既存情報のコンバートやアセンブリであると言うのならそうかもしれないが、人間がホモ・サピエンスであり続けるかぎりコンテンツの制作技術や能力というのは当面変わらないだろう。
モデルが確立されてしまえばあとは資本規模の問題に帰結する。ベンチャーにとってのチャンスは既存大資本がモデリングに成功する前に適切なモデルを構築し資本を集め、市場を確保することにある。
しかし幸運にもテレビ局や新聞社が虫けら並みのオツムでもなければそれはもう機会として無いだろう。

祭りは終わりに収束しつつある。
この機会にステージに浮上したアルファなんたらな皆様おめでとう。
これから浮上したい皆さん無理すんな。
今更バスに乗り遅れるなと煽る寄生虫は今すぐ氏ね。

POSTED_BY:neeeeeeeeeeet @2006/01/06 20:07:55

コンテンツという一言で全ての商材をさも同質のものかのように語るのもどうかと思うが。
んなもん、モノと状況によりけりでしょ。
モノの質じゃなく、架空の定義の枠でしか捉えられない奴ほど、今すぐ退場して欲しい所。

POSTED_BY:くれふ @2006/01/07 4:29:11

氏ねとか退場とか言ってる時点でどっちもどっち五十歩百歩異口同音百家争鳴馬耳東風

POSTED_BY: @2006/01/08 1:49:31

Post a comment