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2005/11/19

【書評】スティーブ・ジョブズ-偶像復活

スティーブ・ジョブズ-偶像復活 既にあちこちで告知され始めてますが、どういう経緯でだかよく分からないうちに今月のET研「アップルコンピュータ」にパネリストとして出席することになりました。なんつーかものすごいミスキャスティングな悪寒。だって確かにエントリは何本も書いたけど、自身は未だにiPodを持っておらず、それどころかアップルを取材したことさえこれまで1度もない僕がアップルについていったい何を語れるのだろうか。はなはだ心配。

 このままだと渡辺さんが呼んだもう1人の相方パネリストの方に木っ端微塵に撃破されるのではないかと思い、不安の余り11月5日に発売されたばかりの「スティーブ・ジョブズ-偶像復活」(ジェフリー・ヤング、ウィリアム・サイモン共著、井口 耕二訳、東洋経済新報社)を取り寄せて死にものぐるいで読んでみました。ET研の参考になったかどうかは自分でも分からないが、とりあえず感想をまとめてみる。

 こういうイベントの事前準備というプレッシャーがなければ、この本は本当に面白いものだったに違いない。いや、実際のところ激しく面白い。当たり前だ。スティーブ・ジョブズについて書いた本は、 何だって面白いに決まっているのである。スティーブ・ジョブズ自体が面白いんだから、当然なのだ。

 付け加えて言うと、僕の大好きなピクサーについても、その成立初期からIPO、「Mr.インクレディブル」の公開に至るまでに社内でどんなことがあったか、事細かに書かれている。これを読むと、「Mr.インクレディブル」のDVDの特典映像の中に、さんざんピクサー社内の風景やジョン・ラセターを初めとするスタッフの紹介がされているにもかかわらず、CEOのジョブズについてだけまったく姿が見えず、その存在がヒラのスタッフの「CEOは僕らに何でも任せてくれて、自由にやらせてくれているよ」という一言でスルーされているのがなぜなのかも、とてもよく分かる(笑)。スタッフ全員が、彼について極力触れたくないのだということが。

 元マイクロソフトの古川享氏もブログで3回ほどこの本について言及しているが、そこでもさらに披露されている、日本でのジョブズの恐ろしいエピソードの数々。古川さんに限らない。彼について語った本、ブログ、雑誌、その他あらゆるものはジョブズのイカレたエピソードでてんこ盛りになるのである。誰が見ても彼はキチガイなのだ。そして、そのキチガイがビル・ゲイツに次ぐ大金持ちであり、しかもビル・ゲイツにも成し遂げられなかった数々の成功と名声を得ているというその事実自体が、世界最大の不思議の1つなのである。

コンピューター帝国の興亡 ちなみに、僕が最初にジョブズについて書かれた本を読んだのは、いにしえのアスキーから出版された名著、「コンピュータ帝国の興亡―覇者たちの神話と内幕〈上〉」「同(下)」(いずれもロバート・X. クリンジリー著)という2冊の本だった。1993年に発売されたこの本は、1975年に世界初のパーソナル・コンピュータ「Altair(アルテア)」が作られて以来、コンピューター産業というものがどのような人たちによって作られ、どう発展してきたのかを、ユーモアたっぷりの筆致で余すところなく描いた傑作である。この中でもスティーブ・ジョブズはとにかくボロクソに書かれている。最近、「上司は思いつきでものを言う」といったタイトルの本が確かヒットしていたようだが、ジョブズは「常に思いつきでクビを言い渡す」タイプの経営者である。よくこんなむちゃくちゃな人格破綻者が経営をやれるものだと呆れるが、常軌を逸した人格破綻者でもカネさえ握ればあらゆる権力が握れるのが資本主義国米国の良いところ(恐ろしいところ?)である。

 そんなことはどうでもいい。で、僕がこの本を読んだ理由は、そういうスティーブ・ジョブズという人間のキチガイぶりを堪能するためではない。そんなことは10年以上前から知っていたし、どうでもいいことだから。大事なのは、iPodとiTunesという大ヒット商品を出したAppleがいったいどこに向かおうとしているのかという、11/27のET研のテーマに対するヒントを知るためである。

 これまたApple Fellowsの1人であったアラン・ケイの有名な言葉「未来を予測する最も優れた手段は、それを創り出すことである」という言葉に、今も昔ももっとも忠実な企業とはやはりAppleだろう。この本でも述べられているように、「歴代CEOの中で、暴れ馬のようなAppleという企業を御し得たのは後にも先にもスティーブ・ジョブズその人しかいなかった」。それは常軌を逸したマイクロ・マネジメントと、それが誰のものだろうと未来を創るのに必要な成果は必ず奪い取ってくるのが、ジョブズという経営者の、そしてAppleのやり方だからである。Appleという会社は何があってもジョブズの持つキャパシティよりは大きくならないだろうが、当のジョブズがどこまで大きくなるかはたぶん世界中の誰にも想像がつかない。きっと彼を止められるのは、寿命という名の自然法則だけだろう。

 この本の著者であるヤングとサイモンは、2005年時点のジョブズが目指しているのは「コンピュータ業界の覇権をビル・ゲイツから奪い返すこと」だと指摘している。現実問題としてそんなことが可能かどうかは分からないが、70年代からジョブズの回りを取り巻いている「現実歪曲フィールド」からすれば、それはあながちあり得ない話ではなさそうだ。そして恐ろしいことに彼の回りの現実歪曲フィールドは、時々その歪曲を世界全体に敷衍してしまうことがある。これからも、もしかすると神のいたずらによってそういうことがまた起こるかも知れない。

 現実歪曲フィールドの行き着く先のことは分からないが、少なくとも80年代よりも今の時代のほうが、ジョブズの持つ「マイクロ・マネジメント」の魔法の力が威力を発揮する場が増えているということは事実のような気がする。そしてそのことをジョブズ自身が割とよく分かっているのではないかと思う。

 Appleを、Microsoftのようにロジカルな事業戦略に基づいて動く会社として理解しようとすると、大きく予測を誤ると思う。だが、彼らがたどり着くところは、やはり常にその強みが生きるロジックが存在する場所であることは間違いなく、そしてスティーブ・ジョブズという経営者は、そういう場所を嗅ぎ当てる能力、そこに漂着する運の強さという意味では世界に並ぶ者のない人物でもあると思う。来週のET研では、そうしたことを念頭に置きながら議論に参加してみたい。ご興味のある方はぜひご参加ください。

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コメント

人の名前は正確に。
亨→享

投稿: &y | 2005/11/19 03:58

Appleなんて必死で世界にすがっている「メーカー」などどうでもいい。
ええい、Googleを映せGoogleを。
相変わらずIT屋は馬鹿だから経済や資本でしか解釈できないで居る。
なぜMSが今更広告の取れるサービスとか馬鹿げたお題目を唱え
出したのか考えろ。広告を無価値にしようとするサービスで広告費が
魅力とはとんだ茶番じゃないか。
外国の政府にはらわたを引きずり出されたのは彼らの敗北だったのだ。
プレゼンスとは強力な武器による独占でも支配でもなく身体依存だ。
脳みそで劣る我々にできることは戦わない、負けない方法ではなく
寄せ手を無効にする方法を考えることだ。レバーを握るなら相手より遠くを。

Appleに話を戻せば今更リビングPCをおざなりに意識してるあたりで
終わってる。可能なら米だけにリソースを集中させたいと思っているはずだ。
iPodの同様に戦線を縮小させ捲土重来を期したいところだろう。
売上を比較すればローカライズのコストの高い日本から消極的に撤退して
いるのが分かる。
しかしいまさら「良い製品」が売れるステージに無い事ぐらい分かって
いるはずだ。Mac同様ミュージックストアを握り締めて墓場に往くのだろう。

投稿: a | 2005/11/19 04:57

> Appleなんて必死で世界にすがっている「メーカー」などどうでもいい。
> ええい、Googleを映せGoogleを。

Googleやりますよ。12月に。
http://sw.cocolog-nifty.com/et/2005/11/12google_dcbd.html
メディア企業としての分析は今回主眼に置いていませんが、近いところまでは行くはずです。一回で語りつくせる企業じゃないので、広告・メディア企業(あるいなもう少し文化的な側面も?)としてのGoogleはまた後日ですね。

投稿: SW | 2005/11/19 08:59

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