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政治家ホリエモンをなめてはいけない

2005/08/18

書評:「中村邦夫 『幸之助神話』を壊した男」

中村邦夫 『幸之助神話』を壊した男 7月末から8月のお盆にかけて、夏休みの読書と思って4冊ぐらい本を読んだ。その中の1冊を、ご紹介しておこう。「中村邦夫 『幸之助神話』を壊した男」(森一夫著・日本経済新聞社)である。内容についてはここではとやかく紹介しない。リンク先のアマゾンのエディターズ・レビューでも読んで下さい。全然エディターズ・レビューになっていないというか、単に内容を要約しているだけの記事なので。

 実は僕自身、かつての記者時代に松下電器の「創生21」改革やその前史については相当深く取材したことがあり、中村社長を始めこの本の中に登場する過去・現在の松下電器グループの経営トップの方々の多くとも1度どころか何度も実際にお会いしてお話しさせていただいていたので、正直なところこの本に書いてあることの半分以上は既知の話だった。

 しかし、その僕にとってもこの本はものすごくためになったと思う。それは、おそらく著者の森一夫氏が、この本を通じて「企業にとって戦略とは何か」ということを問い続けているからだ。実はこのこと自体が、いかにこの本に書かれている事実のほとんどを知っていたとしても、この本を一度は読む価値があると言い切れる最大の理由である。

 そして、著者が「経営戦略とは何なのか」ということを考え続けたということこそが、まさにこの本の主題である「中村邦夫とはいかなる経営者なのか」というテーマに対する答えでもある。それほど、中村邦夫という経営者は、周囲にいる者に「戦略とは何か」を考えさせる経営者なのだ。

 なぜだろうか。僕らは普通、明快な経営戦略とは、社員や取引先、顧客の誰にでも分かる明快なビジョン(理念)を打ち立てるところから出発する、と思っているからだ。その典型が、まさに松下幸之助であった、と森氏は言う。

 よく知られているとおり、幸之助は、家が没落したために小学校を中退し、火鉢店と自転車店の丁稚から身を興した苦労人である。だが、たたき上げの経営者には珍しく、原理原則を非常に重視した。
 (中略)著書『実戦経営哲学』(PHP研究所)の冒頭に「まず経営理念を確立すること」と書いている。「『この会社は何のために存在しているのか。この経営をどういう目的で、またどのようなやり方で行っていくのか』という点について、しっかりとした基本の考え方を持つ」ことから始めなければ、経営の健全な発展はないと言っている。
 (中略)創業から11年目の1929年(昭和四年)に「綱領」と「信条」を作る。(中略)どちらも、いかにもクラシックな社是社訓という趣で、読み方によっては単なるきれいごとに聞こえる。しかし、当時三四歳の中小企業の経営者が日々の仕事に追われながら、「社会正義」や「社会生活の改善」などを考えていたとは驚きである。
 そして、経営思想家たる松下幸之助が唱えたこの経営哲学は、日本中どんな中小企業に行っても「社是」「経営理念」といったものが額に入って社長室の壁に飾られているという、今の日本の姿を生んだ。

 しかし、中村邦夫という経営者が真にイノベーティブだった、もう少しひねて言えば「イノベーティブたらざるを得なかった」のは、まさにこの「スーパー常識」を、根本から覆したところにある。

 2000年6月に社長に就任した中村が、その経営改革「創生21」の最初に発したメッセージとは「創業者の経営理念以外には聖域を設けず、破壊と創造を徹底的に進める」だった。しかし、実際に中村が「21世紀に引き継ぐべき創業者の理念」として示した言葉は、わずか3つである。その3つとは「日に新た(常に革新的であれ)」、「企業は公器なり(すべての経営資源を効率的に使え)」、そして「企業は顧客のためにある(顧客中心主義)」だ。

 しかしよく考えてみれば、この3つは株式を上場している企業であればどんな企業にも言える原則だ。資本主義市場における株式会社の生存法則といってもいい。ぶっちゃけ「企業なんだから当たり前だろ、んなこと」のレベルの話であって、企業理念でもビジョンでも何でもない。これ以外全部変えていいというのは、つまりは文字通り「すべてまっさら」と言っているのと同じである。「まずしっかりとした経営理念を確立すること」と説いた幸之助の経営哲学に、根本から逆らっている。

 中村がなぜこのようなことをしたのか。森氏は、その原点が中村の87年から97年まで約10年間の海外勤務経験、なかんずくその時に目の当たりにしたIBMのドラスティックな変革にあるのではないかとしている。以下、再び引用。

巨象も踊る 93年、コンピューター業界の巨人として長いあいだ高収益を謳歌してきたIBMは、経営再建のためRJRナビスコのCEO(最高経営責任者)だったルイス・ガースナーを、会長兼CEOに迎えた。期せずして、松下の社長が谷井から森下に代わったのとほぼ同時である。日米両国を代表する企業のビジネスモデルがそろって時代遅れであることを告げる、象徴的な出来事だった。
 ガースナーは、最初の記者会見で興味深い発言をしている。著書の『巨象も踊る』(山岡洋一・高遠裕子訳、日本経済新聞社)によると、「皆さんに申し上げたいのは、今のIBMにもっとも必要ないもの、それがビジョンだということだ」と言って記者たちを戸惑わせた。
 「今最優先すべきは収益性の回復だ。会社のビジョンを掲げるのであれば、その最初の項目は、利益を出して、収益を回復することにすべきだ」。御託を並べているときではない。「ほんとうの問題は、市場に出ていき、市場で日々行動を起こすことだ」
 これらの言葉は、松下にもそっくりそのまま当てはまる。
 7年遅れて、中村はガースナーと同じことを松下に対して言ったのではないか。「ビジョンなど要らない。御託を並べる暇があったら、収益を回復すべし」と。

 「まず経営理念あるべし」という、松下幸之助によって打ち立てられた20世紀企業経営の「鉄の常識」は、ガースナーによって疑われ、中村邦夫という経営者によって完全に覆された。これは実はかなりショッキングな事実だと僕は思う。もし、企業の戦略が経営理念やビジョンから演繹されて出てこない(少なくとも、そんなものから演繹されるような戦略はクソなのだ)とすれば、我々は次に「いったい経営戦略とはどのように構造的に構築されるのか?戦略とは何か?」という、経営学の難問にゼロから答えなければならなくなるからだ。

 では、この本の中で「戦略とは何なのか」という疑問に対する答えは、どのように出されているのだろうか。これまた非常に意味深な中村語録が紹介されている。三度、引用。

 中村は2005年の社内での年頭の挨拶で、厳しい生存競争を予想して、「高いシェアを獲得して生き残りを賭ける競争と、それまでの局面を一手でひっくり返すオセロゲーム型競争が同時に起こっている」という認識を語っている。オセロゲームでは、たくさん石を並べても、打ち方を誤ると敵の石に両端を挟まれ、大量の石が一気にひっくり返され敵方の石になってしまう。最近の競争は、たしかにそれに似ている。
 石全体のつながりを読みながらどこに石を置くのかが、きわめて重要なのだ。中村を見ていると、非常に戦略的に判断して手を打っていることがわかる。「エンパワーメント」を鼓吹し、組織戦略に重点を置いているようでいて、ここぞというときは自ら果断に動く。
 そしてこの後、社長就任後数ヶ月経った頃に敗退寸前のデジタルスチルカメラ市場への再挑戦を指示したエピソードが続く。

 事業部制の時代には、個々の事業には「売上高を伸ばし、収益を上げること」という意味しかなかった。松下のデジタルカメラ再参入の背景には、SDメモリーカードのネットワークでデジタル家電分野をどれだけ包囲するかという、一段上の戦略的意義が与えられている。

 こうしたネットワーク外部性を前提とした製品戦略、あるいは技術経営戦略を考えれば、「オセロゲーム型競争」の意味はある程度分かりやすく見えてくる。だが僕自身には、まだ中村邦夫という経営者の示す「戦略」の本質が何なのかはよく分からない。森氏が書いているように、単なる「管理」を主軸とした組織戦略というわけでもない。

ソニーと松下 中村就任以前の松下電器を分析して評した経営書の代表といえば、立石泰則の『ソニーと松下』(講談社)であるとされてきた。2001年1月に発売されたこの本は、会長の森下洋一を「松下家の言うなりになって周囲にイエスマンばかりを集めている」と痛罵し、松下の「戦略の欠如」をあげつらっている。「12年もの間、松下を取材してきた」という立石氏の言い分も分からないでもないが、彼にとっての「戦略」とは、「他人が賞賛するもの」という以上の意味はない。

 『中村邦夫』と読み比べると、個々の経営者の性格描写も多分に極端に走りすぎの嫌いがある。個々の経営決定に黒白をはっきりつけようとするあまり、その決定を下した経営者の人格まで批判したり褒めちぎったりしているのだ。MCA売却など負の遺産処理に追われて業績が低下した森下洋一率いる松下には「戦略がなく」、出井伸之CEOの絶妙なイメージ戦略で社員の意気が揚がっていたソニーを「戦略的である」とする評価方法は、ぶっちゃけて言えば「後出しジャンケン」に過ぎない。

 今のソニーと松下がどうなったかを見れば、こうした経営者の人格とその意思決定をごっちゃまぜにして論じる立石氏の批評方法に対して歴史がどういう審判を下したかが自ずと分かる。だからここではこれ以上立石氏に対する批判はしない。むしろ、これまでのどんな経済ジャーナリストも立石氏と似たような判断基準しか持たずに企業取材をしていたと思うからだ。

 僕個人の考えで言えば、森氏が言うように松下創業家の世襲阻止に長い時間をかけて周到な準備と根回しを重ねて「中村改革の基礎」を築き、中村社長を生んだ後も会長におさまって創業家の経営介入に対する無言の重石役となった森下会長には、「戦略的経営者」の呼称はつけられないかも知れないが、経営者として決して無能というわけではなかったと思う。

ハーバード・ビジネス・レビュー9月号 ただ、中村社長以前の歴代の松下電器トップにはない何かが中村社長にはある。そういえば中村社長は今年9月号の「ハーバード・ビジネス・レビュー」にも、『「ものづくり日本」の一翼を担って 「メイド・イン・ジャパン」を鍛える』と題する論文を寄稿している。これまた僕にとってはほぼ既知の内容で、特に驚きなどはなかったが、多くの浅薄な「出羽の守」系マクロ経済評論家には耳の痛い、素晴らしい内容と論理構成の論文であった。それにしてもたしか中村社長自身の論文がHBRに掲載されるのは、これが3回目ではなかったか。日本人の大企業経営者でこの雑誌に論文を寄稿できるということ自体が、彼が従来型の経営者ではないことの証でもあろう。

 裏返して言えば、中村邦夫以降の経済ジャーナリズムには、単に周囲の評判や人格的イメージの良し悪しのみで経営戦略の巧拙を論じる従来型の評価軸から抜け出して、新たな「戦略とは何なのか」という論理武装を図らねばならなくなったとも言えるだろう。21世紀とは、もはや素人がジャーナリストたり得ない時代なのかもしれない。

08:58 午前 書籍・雑誌

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R30さんがまた面白い記事を書かれています、「書評:「中村邦夫 『幸之助神話』を 続きを読む

松下電器、破壊と創造。―「中村邦夫 幸之助神話を壊した男」書評 トラックバック ............................................................お金のプロで起業するぞ! @2005/08/23 4:50:08
中村邦夫「幸之助神話」を壊した男posted with 簡単リンクくん at 2005. 8.22森/一夫??著日本経済新聞社 (2005.4)通常24時間以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る 現在、完全に勢いを取り戻したかに見える松下電器。このところ株価も上昇傾向で プラズマテレビ分野では他を寄せ付けない圧倒的シェアで独創体制を築きつつある。 そんな松下電器も、数年前は、松下幹部いわく「本当につぶれるかと思った」という のだから大変な状態だったようである。現... 続きを読む

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Comments

企業って基本その3つが出来ないから市場から退却していくのでは、あとはその時代の文脈と企業が置かれた立場をいかに読み取れるかでしょ、ボクは幸之助さんも中村さんもやっていることに寸分の違いもないと思う、ただ時代の文脈と企業が置かれた立場が違うから180度違ってみえる、これからの松下、IBMは逆説的に言えば経営理念が求められるのでは、既に経営理念がないため今IBMに再度没落の兆しがみられます

POSTED_BY:マルセル @2005/08/18 11:40:46

つまりビジョンがなくてもいいわけではなく、必要とされる順番が逆であるに過ぎない、ということですかね。なるほど>マルセルさん

POSTED_BY:R30@管理人 @2005/08/18 11:45:04

エントリーの中で言及されている「火鉢店」って、いったい何のお店かなぁと思い、ググッってたら、松下サイトに創業者幸之助氏の生涯についての記述が出てきて、このエントリーと読み比べてみて、一寸面白かったです。

幸之助氏の提唱した、傍目には殆ど宗教に近い、企業道徳の理念は、収益が第一義であるとの企業の本質の前には、単なる従属物に過ぎなかったのか、それともそれは、ほぼ一世紀にわたって一企業を存続させてきた、要の精神だったのか。その判定には、もう少し時間がかかりそうな気がします…。

POSTED_BY:ういうい♪。 @2005/08/18 12:24:08

おっしゃるとおり、その時の優先順位でしょう、今にも潰れそうな企業に必要なのはカネ、考えてみればゴーンさんの手法もそうでした、でもまぁこのことは頭でわかっていてもなかなか実践できない、「時代の文脈と企業が置かれた立場を読み取り、戦略を立て戦術に落とし込み、且つ実践する」、当たり前のことが出来ない今日この頃です_| ̄|○

POSTED_BY:マルセル @2005/08/18 13:03:58

>時代の文脈と企業が置かれた立場を読み取り、
>戦略を立て戦術に落とし込み、且つ実践する
 10年か15年未来に自分がいることを想像して、そこから現在すべきことを淡々とやっていけばいいと思うのですが。。
 あわてず騒がず、自分の道を見据えるのが一番かなぁって思っています。

POSTED_BY:ひろ @2005/08/18 21:53:50

 松下やIBMが利益優先の経営をしても、会社がおかしくならなかったのは、前経営者が長い時間とお金を掛けて人材を育成してきた結果なのでは。
 新興企業が同じようなことをやったら、年寄り相手にインチキリホームを繰り返すクソ会社しかできないような気がします。
 すごく、横道にそれましたが、プログいつも勉強になります。

POSTED_BY:hiro @2005/08/19 9:02:09

>新興企業が同じようなことをやったら
なるほど、
ホリエモンが嫌われやすいってのも、
そういうことなんですかね?

POSTED_BY:kojiro @2005/08/19 11:37:02

 彫り衛門の3代後まで無事会社が続けば、そりゃそれなりに認知されるでしょうな。

 まったく何の認知も知名も無い状態でいきなり無茶やったら嫌われるのは、誰が何処逝ってもいっしょ。ネット書き込みでも、それまで見たことも聞いたことも無い人がいきなり出てきて大ハッスル大連投したら誰もが「なんだコイツ?」って思うのでは? それに近い感覚かもね。

 偉大な先人の轍を敢えて踏み外すことが出来るのは、後人の特権ですな。

POSTED_BY:うんこ @2005/08/19 19:54:28

http://nikkeibp.jp/wcs/show/leaf/CID/onair/jp/biz/390180
ソニーのテレビ大不振:3つの誤算
(8月9日付け日経BPの記事)は、反面教師として、参考になります。

POSTED_BY:snowbees @2005/08/22 18:21:27

>「今最優先すべきは収益性の回復だ。会社のビジョンを掲げるのであれば、
>その最初の項目は、利益を出して、収益を回復することにすべきだ」。
>御託を並べているときではない。「ほんとうの問題は、市場に出ていき、
>市場で日々行動を起こすことだ」


ここの部分、小泉さんが今やろうとしていることのようですね。
やはり時代にかなったことなのだと、改めて感じました。

POSTED_BY:さと @2005/08/25 18:14:35

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