南の島についてのブンガク
ずっと前にURLを上書きしてしまい、吹っ飛ばしてしまったエントリを再度必死で思い出して書いてみる。
もう10日近く前になるけど、isologueの磯崎さんのブログを読んでいて、「将来は南の島で暮らしたい」って書いてあるのを発見。いいですよね、南の島って。僕もあこがれます、南の島暮らし。とか言うと、ご自身はナイチャーなはずなのにウチナー暮らしについて滔々と語るfinalvent氏に「ふーん」とか鼻で笑われそうですが。ま、笑われてもいいので、少し南の島ネタでエントリを書いてみようかな。
磯崎氏がどうなのかは知らないのだけれど、僕が南の島にあこがれるのは、分刻みのスケジュールに追い立てられて神経をすり減らす生活から逃れられたら、といった理由ではない。今の会社の仕事は、それなりにマイペースが可能だし、しゃかりき出したければ出せるという自由度の高い仕事なので、逃避系願望は特にない。
高校時代から南の方に関わりがあったし、社会人になっても八重山諸島をフィールドワークする機会などもあった僕の興味は、たいていの南の島に存在する「アニミズム」的な不思議な雰囲気にある。島を実際に訪れて、島の人たちと話しながらそういう雰囲気を感じたり、歴史を見聞きしたりするのも好きだし、実際に南の島に移り住んだ人たちの直面した現実、体験した精神世界の話を本で読むのも好きだ。というか、南の島に行った人たちって、深く考える人であればあるほどそういう部分にすごく影響されるというのが、また不思議で面白い。
バリバリの資本主義ど真ん中からアーリーリタイアして精霊飛び交う南の島に移り住んだ人の代表例として面白いのは、この人の本かな。崎山克彦氏の「カオハガンからの贈りもの」。著者は元講談社インターナショナルの役員か何かだったと思う。
「何もなくて豊かな島」という、彼が91年にカオハガン島に移住してから書いた最初の本は、今新潮文庫で読むことができるが、こちらはまさにバリバリの資本主義に生きる現代人が異次元にタイムスリップしてどんなことを見聞きしたか、という驚きを綴った記録だった。それに対して、処女作から10年近く経って書かれたこの本には、島の生活に息づくスピリチュアルな何かと、それを守るためにはどうすればいいかを考える著者の姿とが書かれていて、より思索的な内容になっている。
たぶん、南の島の話を読んで癒されたいという人には、「何もなくて~」の方がお勧めなのだろうと思うけれど、僕らがあこがれる南の島の本質とは何なのか、それは社会的にどのようなものなのかということを考えたいと思っている人には、「カオハガンからの贈りもの」はお勧めだ。
移住者本人が書いたものではないが、彼らにインタビューを重ねて南の島の精神世界をかいま見ようとしたのが、フリーライターの吉江真理子氏による「ヤマト嫁―沖縄に恋した女たち」。南の島に嫁いだ女性たちの目から見た沖縄社会、その精神世界を描こうとした力作だが、ほとんど沖縄でしか売ってないのが残念だ。でもこの本は、男性の目から見ても非常に面白い。
特に印象的だったのは最初の来間島のマンゴー農家に嫁いだ女性の話だった。村のウタキにあるガジュマルの樹(沖縄ではガジュマルは神の宿る神聖な樹)の元で不思議な体験をしたのが、嫁ぐ決心をしたきっかけだったという話は、沖縄のウタキのあの雰囲気を知っている人なら誰も事実と疑わないだろう。そういう話を事実と思わせてしまう何かが、南の島にはあると思う。超自然的な話はそれぐらいだが、それ以外の5人のエピソードも、南の島が抱える社会問題と女性、精神世界といったものがどう関わるのか、関わらないかをルポしていった力作である。
そして、沖縄ではなく日本国外の南の島に暮らす日本人を書いた力作ということであれば、井形慶子氏の「南の島に暮らす日本人たち」は外せないだろう。ちくま文庫で出ているので手に入れやすい。こちらもお勧め。
ちなみに、新しい家は白を基調とした空間に、カーテンではなく木製のブラインドをはめたり、壁にハワイの木の皮を延ばして作った工芸品を飾ったりと、カミサンがお気に入りのハワイアン風に着々と飾っている。今年の夏はハワイに住んでいる気分で夏を越せるといいな、なんて思っているところ。さっそくCREAの「秘密のハワイ」特集とかも買ってみた(笑)。皆さんも夏を過ごすのにいい本があったら、ぜひ教えてください。
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コメント
少なくとも沖縄ではもはや、その手の精神文化も廃れつつあり、あと10年もすれば滅び去るのではないでしょうか。
八重山の集落が死んでいく姿を見ていると、テレビって恐ろしいなと心から思います。
投稿: くれふ | 2005/06/30 19:10
甘いな。スピリチュアルがあるのは南の島だけじゃないよ? 嘗ては本土にもいっぱいあった。私んちの周辺地域にも、かろうじて残ってたりするし。
つーか、日本だってほんの60年前まではそういう世界観と被る面はいっぱいあった。
延々それやってたら貧乏すぎてどうしょうもないから、だからみんな頑張って今の日本があるんじゃないの?
だいたいリタイアして南の島云々とか贅沢言うな。本気で好きなら2,300万円程度のはした金持ってでも飛び出しゃいいだろ。現地で働いて暮らして貧乏して生き抜いて、そこで初めてその土地のよさが分かるんだよ。金持って安全圏確保してスピリチュアルなり何なり自分に関心のあるトコだけちゃちゃっと取っていこう見ていこうって発想してるようだと、その島や国の文化のほんの上澄みしか得られんぞ?
土地で生きるってことは、そこの地べたにきちんと足つけて生きるってことだ。足と地べたの間に金や読書知識を嵌め込むような甘い考えしてたら、現地逝って半年もしないうちに「日本の良かったところを思い出した」みたいなホームシックエントリー立ち上げるようになるぞ。
そもそも夜な夜な梅干し漬けて喜ぶような真性貧乏っタレが軽々しく海外見るな。お前心のズンドコから日本人じゃねえか。隣の芝見て青い青いってガタガタ抜かすくらいなら手前ェの芝を真っ青に刈り込めよ。
そ れ が お 前 さ ん に と っ て 最 良 の 人 生 じ ゃ ね え の か い ?
投稿: うんこ | 2005/06/30 21:32
↑
あなたは「けなす芸」をしてるつもりですか。それにしては面白くないし、R30さんのエントリを楽しんでる人から見ると、無意味にけんか腰で不愉快。毎日人のブログにからんでないで、自分でブログ作るかTBすれば?
投稿: 通りすがりではありますが | 2005/06/30 23:03
私はうんこさんの言う通りだと思いましたよ。
喧嘩腰なのはいただけないが、正論でしょ。
投稿: 私も通りすがりですが | 2005/06/30 23:23
喧嘩腰というより激励に見えたのですが。
わざと皮肉ってる所はあるけど、愛情の裏返しっぽいですし。
個人的には悪くないなぁと思って読みました。
で、本題
個人的に機械に囲まれて無いと生きて行けないような人間なので、
「たまには別世界の雰囲気を~」よりも「ユビキタス万歳」でした
(最近聞きませんねこの言葉)
それと…
こんな長いエントリフォームからかいてりゃそりゃあ…
投稿: 終始 | 2005/06/30 23:47
いや、うんこ君は基本的に分かってないでしょ。
現物の生きたシャーマニズム文化なんかを見ちゃうと、それは明らかにうんこ君の身の回りにあるそれと質が違う。
良い悪い、どっちが上かとかそういうことじゃなくて、牛肉と鶏肉みたいな。
で私は鶏肉が好きですよ、みたいな。
そこで「身の回りにも牛肉がある」とか言っても、それは「牛肉の質はどうですか」という話は出来ても、「だからどうした、俺は鶏肉が好き。質のいいやつも揃ってるし」と言われてそれまで。
そもそも贅沢な人生を求めて経済活動を豊かにしたら、いつの間にか精神世界文化が貧相になってました、そのせいで経済的利益を享受しても、思ったほど贅沢な人生には思えませんという中で、だったらまた精神世界的満足感を求める事は、経済活動を求めた行動原理と何一つとして矛盾してないし。
「贅沢言うな」って。
それじゃあ生命活動の全否定でんがな。
うんこ君が軽々しくトリレンマを語るように、俺が軽々しくうんこ君を分かってない人と断じるように、人は所詮軽々しく判断し生きる生き物。
精神論で語る終着点は、所詮はそんなくだらないものでしかなくなる以上、うんこ君の指摘は生命活動の全否定以外の何物でもない。
そしてそれは多分、この世で一番くだらない言説。
投稿: くれふ | 2005/07/01 00:00
うんこ氏はこれが芸風であり持ち味であると思うので、パッと見は不愉快なのは確かだが継続してヲチしてると何となく心持はわかる。って感じ?
って、通りすがりを名乗る者が継続してヲチ云々とか言うのも矛盾ですねすいません。
町山ブログの一件からfinalvent氏の日記の件とか、ちょっとコメント欄にナーバスになってる人が多いですな。いや私か。どうぞお話をお続け下さい。
投稿: ついでに私も通りすがりですけど | 2005/07/01 09:01
くだらないというかよくわかりませんでした。
頭悪くてすまんす。
投稿: 終始 | 2005/07/02 01:44