ブログと情報強度(その2.5)ネットという“思考の枠組み”
前回のエントリから少し間が空いたのは、単にこの週明けに大きな仕事の締切があってそっちに没頭していたからで、ブログを止めようとか悩んでいたわけじゃない。
ただ、昨年11月以来どっぷりネットにはまっていたのを少し変えてみようかなという気分はあって、あえて更新をサボってみた。その間にも書きかけの文章はどんどん増えていっているので収拾がつかないというか、結局書き続けてなければ気が収まらない人間なんだなあということだけはよく分かったが。
さて、連載しますと宣言したまま放置していた「ブログと情報強度」のテーマ(ちなみにその2はこちら)だけど、既に前回のエントリにすごい量のコメントがついて、楽しいことになっている。
最初のほうのコメントは割と「がんがれ」とか「すざけるな」とかの肌感覚なものが多かったのだけど、週末に近づいてからだんだん分析的なコメントも増えてきた。nomadさん、makiさん、ねなしさんのコメントが、僕的にはインパクトを感じたかな。
特に、意味を説明もせずに放り出したままにしてあった「情報強度」というタームを勝手に分析してくれたねなしさんのコメントは面白い。そのあたりから話してみよう。
ねなしさんは、情報強度という言葉を「論点に対してかけられた時間」に比例するもの、と捉えている。たぶん、「突っ込まれるリスクの少なさ」というような意味で解釈されたんだろう。他人から突っ込まれそうな点をどれだけカバーできる論拠を並べたか、あるいはレトリックを磨いたか、みたいなことを「情報強度」と考えたわけだ。
ねなしさん的な情報強度の捉え方をする場合、もっとも情報強度が高いのは、情報発信者が当事者あるいはリアルで直接見た情報をそのまま書いた「1次情報」だろう。1次情報から離れて解釈の部分が増えれば増えるほど、情報としての強度(突っ込まれやすさ)が落ちるという説明は、確かに直感的に分かりやすい。
だが、それでは「最も強い情報を求めるあなたには、1次情報だけを提供します」と言われた瞬間に、たぶん世の中の誰も仕事ができなくなるに違いない。ある事柄についての1次情報は、マスメディアやコミュニケーションメディアの発達によって身の回りにものすごくたくさんあふれている。普通の人間がそんなものを全部受け取っていたら処理しきれずに身動きがとれなくなってしまう。
かくして、人は1次情報ではなく、「自分の価値判断の役に立つ程度に仕分け・要約・解釈を加えられた情報」を求める。すべての1次情報に当たるのではなく、解釈し絞り込まれた情報を受け取れば、時間の節約になるからだ。多くの人は時間を節約したいから、1次情報を適度に解釈してくれた人にお金を払ってでもそれを買う。これこそが、マスコミの収益の源泉だった。
ガ島通信で20日にあったGLOCOMの若手研究会の話がちょこっと書いてあったが、面白かったのはその中での、「既存メディアの確からしさ」に関するガ島氏の以下のような発言だ。
すでに既存メディアは確かではない。確かなものがほしいという、願望のようなものを担保しているだけで、新しいシステムになれば誰か(ブロガーかブロガー集団、もしくは会社のようなもの)がそれを代行することになるだろうさすがである。逆に言えば、メディア人としてこの発見を率直に吐露してしまうほどビジネスライクに頭が良かったゆえに、彼は新聞社を辞めなければならなくなってしまったとも言える。
ブログ界隈では既に多くの人がこの「願望」というか「幻想」の存在に気がついている(願望から完全に自由な人というのはまだそうたくさんはいないが、少なくとも自覚している人はかなり多い)と思う。いつの日か、この幻想が完全に消滅する時がくれば、その時は恐らくマスコミの収益も大部分が雲散霧消するだろう。
実際のところ、日本のマスコミはこの「願望」こそが収益の源泉だと見定めて、これまで過剰なまでの経営資源をここに集中投下してきた。具体的に何をやったかと言えば、「偉そうな物腰でものが言える偉そうな人材を育てる」、つまり読者という信者の願望に答え、その願望を再生産して社会にばらまく人間の養成である。だから、そういう人材つまり「記者」に対してもものすごい人件費を支払い、彼ら自身にも「自分は社会を教導する役目を負う特権階級なのだ」という暗示をかけまくった。
柄谷行人風に言えば、ここである超越論的転倒が生まれる(笑)。つまり当初は「1次情報をいちいち自分で解釈し、絞り込んで取り入れるのが面倒だから、うまく解釈してくれ」とお金を払って頼んだはずの相手(マスコミ)が、いつの間にか1次情報をよく見ずに考えついた勝手な妄想を、お金を払っている人(読者)に押しつけて来るようになってしまったのだ。つまり、今の多くの人は1次情報とはあまり直接的に関係のない「解釈の流儀」だけに、年間何万円ものお金を払っているわけである。
とはいえ、その解釈には一応あてはまりそうな1次情報も多少くっつけられて送られてくるので、役に立たないわけではない。情報を伝えるための手段という意味では、新聞や雑誌やテレビ(NHK)は確かに便利といえば今も便利だしね。ウンウン。
でも、インターネットという媒体が入ってくると、こうしたマスコミの存立を支える前提が全部ひっくり返る。
まず、ネットの中には1次情報も解釈情報も含めて、あらゆる情報が無限に存在する。求めれば、既に公になっているものについては誰かが投げてよこしてくれる。少なくとも、本来は公になっているはずの情報を、ちまちまと時間差をつけてしかも膨大な妄想的(つまり一般人にとって役に立たない、あるいは事象を誤解させるため有害な)解釈をくっつけて配布するようなマスコミは、お呼びでなくなる。
むしろものすごく必要になってくるのは、膨大な1次情報を「どうやって効率的に解釈して振り分け、受け取ればいいのか」という、これまでマスコミが独占的に資本投下して囲い込んでいたはずの、あの作法である。それさえあれば、一般の人間も1次情報を自分なりに解釈して結論が出せるようになり、日常生活や仕事に役立てられる。
僕は、ネット時代の情報強度とは、一般人にとってあるテーマ、事象に関して「膨大に存在する1次情報を、どのような思考の枠組みで解釈し、振り分けたか」が分かり、他の解釈の方法も示され、その中で自分が「最も確からしい」と思ったものを選択できることを意味すると思う。
例えば、人権擁護法案について考えてみよう。この法案に対して、マスコミはほとんど言及していないか、あるいは報道による人権侵害の規制に反対という文脈でしか言及していない。これでは、法案そのものに反対なの?賛成なの?と言われても、さすがに今どき、「新聞では反対って書いてあるから俺も反対」などと間抜けなことを言う人もいないだろうし、「判断のしようがない」としか言いようがない。
それでネットを検索してみると、いろいろな情報が出てくる。「賛成か反対か」という結論はさておき、出てくる意見がよって立つ「思考の枠組み」を整理してみると、次のようなものがあることに気がつく。
- 人権擁護委員の資格に、国籍条項がない点(在日朝鮮人などでも委員になれる!とか拉致問題解決の障害になる!とか)
- 組織体制に関するコントローラビリティとカバレッジという点(全国に2万人の人権擁護委員を、法務省にいる数人の人権委員でコントロール・監督できるのか?とか)
- 人権擁護委員に与えられている調査権などが、警察の持つ捜査権を超えるほど強権であるように見える点(捜査令状もないのに自宅捜査されちゃう!とか)
- 人権擁護委員による逆人権侵害が発生した場合にどうなるか?という点
- そもそも誰のための法案なのか?という点(人種差別撤廃条約に批准したいというのがそもそものきっかけ?とか、入管業務の話とか)
- 報道被害に対する法的措置の是非という点(憲法の表現の自由、報道の自由とのかねあい?とか)
個人的に「このポイントはどうでもいいや」と思うところはすっ飛ばし、「ここは重要だな」と思うところはリンク先を読み進めたりしてさらに深く考えればいい。一生懸命反対を煽っている2ちゃんねるのようなところもあれば、冷静にそれぞれの切り口の意味を斟酌しているブログもある。そういう「視点の多様性」や「枠組みを俯瞰できるところ」というのが、一方的な解釈を押しつけるマスコミと違う、ブログやインターネットのいいところである。
湯川氏のブログなどでも既に書かれているが、ブログというのは、1つ1つのエントリには間違いもあるし、思いつきだけに過ぎないものも多いし、どこから突っ込まれても叩き返せるマスコミの鉄壁解釈とは違う柔さがあるのだけれど、それがたくさん集まって、検索やコメントやトラックバックというかたちでネットワークを形成することで、マスコミを上回る「解釈の枠組み」の有用性が生まれるのだと思う。
既に公になっている1次情報を、いくら記者クラブで囲い込んでも意味がない。そしてこれまで投資してきた解釈の鉄壁性の部分でも、ネットの登場とその本質的変化についていけない古い頭の人たちがのさばっていることで、想像以上に社会への影響力(つまり収益力)の劣化が進んでいる。今のマスコミの状況を簡単に言い表すと、こういうことだろうね。
これを、共同通信の小池氏のように「年上の俺たちの言う通りに雑巾掛け仕事をしない若いやつはダメだ。文句ばかり垂れるような頭でっかちは来るんじゃねえ」とか言い放っちゃうと、ただでさえ凋落するマスコミがますます既得権益にしがみつくジジババの姥捨山化するわけですな。
ま、別に妄想誤報を連発する共同通信に優秀な新卒学生が全然入らなくても、今どきインターネットがあるので誰も困らない。どんなビジネスであれ、世の中のニーズをつかみ損ねたビジネスは、資本主義社会の中では存続を許されないわけですし。さようなら共同通信。さようなら産経抄(笑)。
コメントしてくださったねなしさんをはじめ、世の中の人はまだ「1次情報が最も強度があり、それに近い人が発言する解釈情報に次に強度がある」と考えていると思うが、実はそうではない。1次情報を持たない、強度の低いブログでも、個々のブログが提示する「思考の枠組み」のネットワーク的総体が、1次情報に近い人の情報強度を追い抜く可能性がある。つまり「柔よく剛を制す」のがネット時代の情報強度ですよと、こういうことが言いたかったんである。
ちなみに、この話まだまだ続きます。では次回。
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ホームページ制作
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金魚のうんこBlog開始(ブログと情報強度 違法コピー版) トラックバック ねなし@sage @2005/03/24 16:24:42
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ちょっと前、ネットは新聞を殺すのかblogのエントリーでこんなコメントを書いた。---「確実な1次ソース」としての役割は万民が認める一方で、社説や記事に付随して... 続きを読む
マスコミを勧めない理由??? トラックバック テサラックのあいだ @2005/03/24 19:05:45
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メンデルの法則を覆す研究?(科学ジャーナリズムの不在) トラックバック 5号館のつぶやき @2005/03/24 21:31:33
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これでは、マスコミは勧められない トラックバック 踊る新聞屋-。 @2005/03/26 0:36:44
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3/27フジTVの番組「報道2001」で、ブログはジャーナリズムを変えるかという テーマで討議し、口汚くブロガー全てを罵倒して、マスメディアを自画自賛してい... 続きを読む
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「ネット優位」堀江氏のメディア論どうみる
3月25日産經新聞朝刊4面の記事である。
「インタビューに応じた有識者からは、さまざまな表現で堀江氏... 続きを読む


01:16 午後





Comments
>つまり「柔よく剛を制す」のがネット時代の情報強度ですよと、こういうことが言いたかったんである。
なんだ、切込隊長やfinalventさんのことを説明したのだね。
「ペンは剣を制する」がどっかいってしまったのは感じてはいたけど。
ペンで庶民を教育するには、正直、不快だよ。
で、R30さんの、ドタバタ走り倒すコメディジャーナルに期待!
いっそのこと、一日5コラムエントリーしちゃっうのは、どうよ?
野猫さん、いつもたくさんコメントどうもです。
かつては「ペンは剣を制す」でしたが、最近は「キーボードはペンを制す」になりつつあるのかも。でも自分の仕事も忙しいですし、個人的には1日5エントリは、相当なうんこまみれ(by finalvent氏)を覚悟しない限り無理かと…。そのうち誰かがカネをくれるとか言ってくれれば、考えないこともありませんが(笑)。
高田と申します。トラックバックをありがとうございました。R30さんのブログは時々、読ませてもらっていました。これからもどうぞよろしくお願いします。
ども。取り上げて頂き申し訳ないッス。
勝手に私が定義した「情報強度」は違った意味だったし、
一番曖昧な定義で使った「一次情報」がキータームになっている。すいませんすいませんすいません。
「ただ、ネットワーク的総体が、一次情報を追い抜く可能性がある。」というのは、
やっぱりR30さんはそこを狙ってたのだな、と確認できて嬉しいです。
以前からこのような機能はインターネットに期待されていましたが、
現実味を帯びてきたのはここ最近ブログがやっと「Web日記」から違うメディアとして進化してからですね。
私はジャーナリズム(って大げさだからちょっと苦手な言葉)としてのインターネットは3世代目に入っていると思っていて、
1世代目:インターネット草創期
2世代目:グーグル登場
3世代目:ブログ普及
だと思います。
1世代目はフラットで自由だが、拡散しすぎて有効な情報にたどりつけなかった
2世代目は散らばる情報を一気にハンドリングすることが可能になった
3世代目はグーグルによる情報収集速度の高速化に加えて、
エントリの切り分けとトラックバック機能によって情報発達速度の高速化を促した
と思っています。グーグルは情報を仕分けてくれるけど考えてはくれませんからね。
いわゆるアルファブロガーと呼ばれる人々は毀誉褒貶もありますが、
情報発達速度の高速化を促すHUBとなっているのは間違いないかと。
で、また長くなってしまったので自分のブログに書けよ俺という気がしたデブ記念日。
またまた本文中にリンクしていただき、ありがとうございます。
ブログと情報強度(その3)を執筆しようと思ったのですが、議論が高度になりすぎて、私の頭では追いつけませんので、その3はR30氏にお譲りいたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
情報強度のお話は面白いのですが「専門家」の話ですね。だとすると
やはり一次情報にアクセスできるのは重要でしょう。
学会誌を眺めて新たな仮説を着想するのは頭の良い人ならだれでも
起こり得ることですがそこまでです。
コンピューティングは門外漢でも余暇でできる程度に研究コストを下げている、
そう思えば可、そこまででないと思えば否です。
今の権威が戸惑っているかもしれないのですが「専門家」にとっても
コンピューティングの恩恵はあるので。
マスコミの役割は人間の認知をしばしば超える規模の社会を組織たらしめる
クロックの提供なのだと思います。情報はその手段の一部です。
今まではルーズすぎてハックし放題(幼稚なプロモーションで商品を売る)だった
のですが、ここに来てセキュリティ(社会を構成する個人の素養)が上がってきて
ハッカーたちが悲鳴を上げているわけですがそれはマスコミの存在意義とは
関係ないでしょう。
マスコミは行政のトップダウンとは異なる緩やかな刺激で自律動作する
セル(個人)をトリガする代替政府なのだと思います。
問題はこれを民間企業として特に管理していないところです。政府なので
国家がこれを規制しても意味がありません。国民が政府に持つような
拘束条件と監視と参画が出来なければ過剰な利害の齟齬は免れない
のだと思います。
では掲示板やブログを使って国家というくくりでない組織化はできないのか。
2chを見る限りはクラスタ化が進むだけで近代国家の規模のパワーを
持ち得ない、維持できないと思います。
我々がテレビで見ているのは今日の出来事(情報)ではなくクラスメイトの
顔色をニュースキャスターの語気に見出すというわけです。
いいな、R30さんのうんこまみれ!
ギャグには一発を多発させるというのがあるから。
finalventの日記スタイルはどうじゃ。
ついでに、はてなユーザーになって。
ブロッグって、読み切りスタイルって、よっぽどしっかりして書かないともたないけど、
逆に新聞の連載小説のように、
つづく>つづく>つづく
という構成の方が面白い。
そういう意味では、fanalventの日記は、続きっぱなし。
それに切込隊長も、引きずるように書いているね。
で、どこかのブログ辞表のように、
過去に逆戻りさせて読ませるのは、最悪。
R30さんは、街頭や神社の裏で紙芝居屋をみたことがないかもしれないだろうけど、
次はなんだろなんだろと思わせておいて、
水あめやらソースせんべいを買わせるようなテクニックがいいな。
そもそも理由なんて、読者が自分で考えるし、考えられるはずなんだけど、
理由満載なジャーナリズムというのは、教育しようとしているとしか思えないし。
なので、うんこが並んでいても、真理はみえる。
かもねぎ
こんばんは。
〝一方的な解釈を押しつけるマスコミ〟、最近、内側にいてよく感じることです。例えば世論調査の結果報道なんて、まさにおっしゃる通りですね。自社調査になると質問文まで作為的だったり…。
私は、既得権益にしがみつくジジババの姥捨山の3合目辺りにいるのですが、小池さんのエントリなんか読んでいると、情けなくてついつい下山してしまいたくなります。ご報告が遅くなりましたが、TBさせていただきました。