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2005/02/28

2005年2月のバックナンバー

ドンキホーテの"本音チン列"
秋葉原ドンキのストア・コンパリゾン。ここでは珍しい「下ネタ」系。

ブログ書くのに疲れただと?!そんなおまいに鞭くれてやる!
アルファブロガー企画に入賞?した記念に、八つ当たり的に書いたメタブログ論。

財務省の役人は救いがたい低能である件について
海外投資家へのVC源泉課税問題にガソリンぶっかけたエントリ。bewaad氏にほぼ論破されてます。

トップ人事へのコメント3件
三井住友銀、JFEスチール、三菱自工のトップ人事についてコメント。あまり人気なかった。

専門職と丁稚奉公
就職活動している学生に送る「手に職」をつけるためのR30的はなむけ。大企業相手に商売する大企業にまず入れ。

ガンダムを月面用建設重機と偽ることについて
三菱重工の就職イベントをからかうエントリ。コメント欄が抱腹絶倒。

マーケターというお仕事
消費財マーケターの夢と理想と現実。「専門職と丁稚奉公」の続編的エントリ。

ライブドアキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!!
さあさあ皆さん、歴史的な瞬間、ライブドア祭りの始まりです(笑)。

もう1人のR30が
ライバル登場ということで紹介してみたが、3月途中で早くも更新停止(笑)。

ライブドア堀江貴文社長記者会見質疑応答
ネット中継されたホリエモンの記者会見をそのまま起こして会見終了30分後にアップした資料的記事。

またまたぁ、みーんなほりえもんに釣られてぇ~(笑)
ライブドアの狙いは産経新聞だ、とぶち上げた観測気球。後にホリエモン自身が釣られたので驚く。

フィオリーナ会長辞任に思う、HPとソニーのたどる顛末
HPのフィオリーナ会長が辞任したのをソニーと重ねて語った話題作。その後本当に出井氏が辞めた。

エキサイトブログニュース萌え萌え
「エキサイトブログニュース論争」への参加エントリ。ネット近所付き合いというか。

手帳と品質管理と私。
記者時代のスケジュール&情報管理術と、今の悩みについて。

マスコミっていうのはくだらない意地を張るのが好きな人たちである件について
NHKvs朝日新聞問題にちょっかい出してみようとした、腰の引けた脊髄反射エントリ。

2005年の衝撃トレンド・属性のコモデティ化(その1)
手の込んだバレンタインデー企画その1。ソニーとHPの戦略についてのまじめな話。

2005年の衝撃トレンド・属性のコモデティ化(その2)
実はこれが言いたかった、「美人属性のコモデティ化」。ブスはブスなりのマーケティング戦略を。

伝統と誇るものに大した伝統はない
キムチの由来と、アジア圏における唐辛子料理の歴史について。

【ヲチ中】ライブドアもろもろ
ネタがないのに書いたので、ちょっと勘違い気味のエントリ。早速コメント欄で被弾。

低コスト社会に必要な中小商店
R30おなじみのアンチ邪巣古論。社会インフラのコストは、コンビニによって下げられる。

京都議定書なんかどうでもいいよ、自然が一番
「環境対応」は広告などで連呼するより、上質感の中にさりげなく折り込む方が効果が高いという話。

【ヲチ終了】ライブドア、信託利回りを確定中
ホリエモンをいったん見切る宣言。今これを読むと、むしろフジ側の対応の醜悪さの方が目立つなあ。

環境とか議定書とかでちょっと追記
環境問題の泥沼に入りかけて必死に足を抜く(笑)エントリ。

ネット右翼だって現実社会に戻ればリベラルでしょうが
むなぐるま氏の提起した「リベラルvsネット右翼」論争に対するカウンター。

日本の出版社には市場価値がない件について
徳間書店のリストラとスタジオジブリのスピンオフについて述べつつ、出版業界の斜陽を分析。

またぞろ外資規制だってさ…メディア株全部投げ売りだよバカだな
片山元総務相のメディア外資規制強化発言に噛みついた罵倒エントリ。

ソニーはCLIEでなぜ失敗したか
ソニーのPDA撤退の発表に寄せて、同タイトルの昔の記事(削除済み)と昨年の関連エントリへのサルベージリンク。

【ヲチ復活】LFの新株予約権発行は違法じゃねーのか
フジテレビの買収対抗策に対して、発表後すぐに脊髄反射で立てたTBセンター的エントリ。

産経新聞記者乃皆々様江
木走日記と吉田望氏のホリエモン=ロビンソン・クルーソー仮説の紹介と、アルファブロガー飲み会のご報告。

【ヲチ山場】陰の当事者、ついに立ち上がる?
なりきりネコプロトコルでライブドア問題に言及。この時「経産vs総務」の構図に気が付きかけていた。惜しい。

マスコミって一昔前の銀行業界みたいだよね
かつて見た銀行員の悲哀が、時代を超えてマスコミで甦る(笑)というお話。経済学用語を誤用しまくり。

今日の一言ツッコミ
スポーツ紙のブログ盗用疑惑(笑)を指摘したが、どうも自意識過剰だったらしい。のか?

最低映画単位[kDm]の創造者、世を去る
映画「デビルマン」が遺作となった那須博之監督の追悼文…から、話がそれて権力者の引退論に。

11:59 午後 バックナンバー一覧 コメント (0) トラックバック (0)

最低映画単位[kDm]の創造者、世を去る

 今の日本にラジー賞が存在していれば、間違いなくこれから10年以上は連続で「ワースト・オブ・ワースト作品賞」を毎年受賞し続けると絶賛罵倒され、実際に先月ラズベリーを翻訳しただけのベタな(というかこの映画を表彰するためだけにわざわざ作られた)「きいちご賞」をお約束通り受賞した、邦画史上最高のクソ映画「デビルマン」の那須博之監督が、何と亡くなったらしい。おそらく、というか明らかに、これもデビルマンの呪いであろう。

 これで那須監督の名前は、映画のつまらなさの単位である「キロ・デビルマン(kDm)」の創始者として永久に歴史に刻まれることになるのだろう。亡くなった直後に歴史に名を遺すことが確定する人というのは、本当にうらやましいものだ。僕もかくありたいものである。

 彼の次のターゲットとして既に昨年中に撮影も終了していた次作「真説・タイガーマスク」は、いったい公開されるのだろうか。個人的にはまったくどうでもいいことだが、古くからのタイガーファンを恐怖のどん底に陥れていたことでもあるし、今後の東映の動きがなかなか興味深い。(棒読み)

 それにしても享年53歳ですよ。業績云々はともかくとして、最近若死にする人が多いね。回りにも40代とかで亡くなる人があっちこっちにいるのでどうするよという感じ。

 個人的には子供が成人するのを見届けたら、あとはあまり長生きしたくないなあ。僕らの世代って生まれたときから化学調味料たっぷりなジャンクフードばっかり食ってきて、どうせ体の中にダイオキシンとかいろんな有害物質がたくさん蓄積されまくってるんだろうし、まず気持ちの問題以前に生理的にろくな老後過ごせないと思う。あと、雀の涙みたいな年金もらうはるか前に、サラリーマンなら50歳ぐらいでクビ切られてる気もするし。だったら何もかも子供の世代に譲り渡して、自分はさっさと世の中から消えるのが一番いい気がするなあ。

 そう言えば今塩野七生の「ローマ人の物語」の最新巻(13巻『最後の努力』)をチビチビ読んでるんだけど、ディオクレティアヌス帝の老後っつーのが、これがまた泣けるわけですよ。権力の頂点にあった人ほど、潔い引退とともに悲惨な仕打ちが待ち受けているんだよね。だから人間ていうのは、権力の座に座った瞬間に死ぬまでそこにしがみつこうと考えるわけで。

 だから潔い引退なんて、あり得ないわけですよ。あるのは老醜晒してしがみつく奴と、権力なんかと何の縁もなくそーっと世の中に現れては消えるだけの奴と。願わくば後者でありたいものです。

 最低映画単位からずいぶんと遠くまで話が来てしまいました。今回のネタのつまらなさは120[kR30]ぐらいでしたかね。単位の中に数字が入ってるのは、あまり見映えよくないですな。ブログのつまらなさを測る単位もそのうち考えなければ。ではこれで。

02:08 午前 映画・テレビ コメント (2) トラックバック (3)

2005/02/27

今日の一言ツッコミ

 …肉感スポーツって、もしかしてこことisologueのサイト見て記事のネタ探ししてるんじゃないか。これってさすがに自意識過剰とは言えないと思う。たぶんそうだなきっと。

 ライブドア買収成功で広告出稿激減か(日刊スポーツ on Livedoorニュース) この記事の元ネタはこちら。→非常に重い奥田碩日本経団連会長のライブドア批判(nozomu.net) 文中の一節をほぼそのまま引用している。

Open Your Mind ~小さな羽根ひろげて あと、id:kanryoさんのすすめてくれたこのアルバムの曲が、この1週間ほぼ徹夜漬けだった自分の精神安定にかなり役に立った。いや、別に「ああっ女神さまっ」の方は全然どうでもいいんですが(笑)。

 CDを買に行くヒマさえもなかったので、公式HPにアップされていた1分足らずの試聴曲をダウンして無限ループ。きつすぎる仕事で参りそうになっていた神経をかなり癒してくれました。ちなみに、今も(在宅労働中ですが)ヘヴィロテしつづけてます。kanryoさん、ありがとう(笑)。てか、麻薬みたい。しかもこんなところではてなのアフィリエイト収入に貢献してどうする>俺。まあいいや。

03:50 午後 メディアとネット コメント (0) トラックバック (2)

2005/02/26

マスコミって一昔前の銀行業界みたいだよね

 NHKが、職員の給与削減を発表。でも28億8000万円って、職員1万2000人でならしても1人24万円ですよ。年俸300万円で24万円カットなら大騒ぎも分かるけど、年俸総額(1378億7000万円)÷職員数で計算したら平均年俸1148万円じゃないですか。24万円なんか耳くそ以下の額じゃん。そんな程度のことで経営陣の総退陣なんか求めるなよ日放労は。バカかてめえら。じゃああれか、社員の年俸1割カットしてCEOに昇格した経営者は公開斬首刑(以下自粛)。

 最近はTBSもリストラ敢行したみたいだし、表に出ないところでもマスコミ業界のあちこちでざくざくとリストラが始まってるわけだが、正直言って全然生ぬるい。しかし、辞めた人間がどうこう言うのも反則気味だな。じゃあ昔話でもするか。

 今のマスコミを見てると、一昔前の銀行業界を思い出すよな。不良債権が噴出して国会で大乱闘までして税金投入決めたのが山一、拓銀破綻のあった97年あたりだっけか。それから5年ぐらい、同期の銀行員の連中のボーナスや給料がみるみる減っていった。

 だいたい銀行ってのは30歳になって役付きになってから給料が跳ね上がるんで、それまでの収入は、実は大したことない。なのに、リストラのしわ寄せを受けるのはだいたい30代以下の連中ばっかり。取材の時に「僕も最近マンション買っちゃいましてね」と話していた広報担当のお兄さんのいた銀行、その後ボーナス90%カットとかになったんだよなあ。どうしてるかな、あの人。

 それでも若いうちは給料が多少減っても食っていけるものである。生活の給与弾力性(経済学用語で、○○の増減によって××がどのくらい大きな影響を受けるかというのを、「××の○○弾力性」という)は、学齢期の子供のいる中高年の方がずっとシリアスで、若者の生活なんて大した問題じゃない。だから若い連中の給料から削るというのは、ある意味経済合理性にかなったリストラ策だと、僕は思う。

 だが、数年前の銀行業界の若手社員を襲ったのは、そういうレベルの問題だけじゃなかった。給与カットとともに、人事制度も大きく変わったのだ。むしろあれの方がずっと悲惨だったと思う。

 僕の先輩で、大学を超優秀な成績で卒業して今はなき日本興業銀行に入った人がいた。当時、興銀といえば東大を除く国私立大学からは各数名しか入れないと言われていた、銀行界のスーパーエリート集団だった。ただ、ちょうど先輩が入った2年後ぐらいかに、不良債権処理などとともに「投資銀行として生き残る」みたいな新戦略が打ち出され、新卒社員の人事体系も大きく変わったといったことが伝わってくるようになった。

 僕が記者になって数年後、たまたまその先輩が赴任したという地方支店のあるところに取材に行く機会があったので、取材ついでに先輩と久しぶりに飲もうと思い、連絡を取った。そうしたら「忙しいけど、つき合ってやるよ」と返事をもらえたので、喜んで行ってみた。

 夜になって先輩に地元の居酒屋に連れて行ってもらい、「最近どうですか」と水を向けると、彼はおもむろに「本当にさ、忙しいんだよ。毎日、毎週。大変だぞ銀行員は」と言う。「どんなことしてるんですか?」と目を輝かせて聞く僕に、先輩は強い酒をあおってから口を開いた。「そりゃもう、夜は毎日寝ずに週末の仮装大会の着ぐるみ作りやんなきゃいけないとか、よその支店対抗のスポーツ大会の企画とか、本当に忙しいんだよ。日中は窓口にボーッと座ってジジババ相手にワリコー売ってるだけだけどな。先週なんか、課長が絶対にウルトラマンやれっていうからその衣装作ってて、寝る間もなくて本当に大変だったんだぜ…」

 それまで興銀は、新卒入社して2~3年は窓口業務、その後支店の営業や融資、審査などを経て、6~7年目から本店や大都市の支店に戻り、シンジケートやプロジェクト融資を手がける、というキャリアだったと思う。ところが先輩が入って2~3年後に人事体系が変わり、新卒入社後すぐに支店の融資担当や本店の債券運用などあちこちの職場を半年ぐらいのローテで回し、その中から本人の適性に合った業務を選んで3年目以降すぐにエキスパート職に就くというキャリアパスに切り替わった。

 一番悲惨だったのは、その人事体系変更の直前に入社した先輩のような人たちである。待てど暮らせど窓口業務を引き継ぐ新人社員は配属されず、4年も5年も延々と窓口業務と支店のイベント雑用ばかりやらされるはめになったわけだ。大学を出た時の彼の知的能力の高さは数年下の入社組と何にも変わらないはずだったのに、まさに不幸としか言いようがない。

 同じような憂き目にあった僕の同期の都銀マンは、ほとんど都銀を辞めた。でも興銀の先輩にはその後連絡が取れていない。今頃あの先輩はどうしているだろうか。

 がちがちの年功序列、新卒プロパー至上主義でやってきた会社がその人事体系を突如中途、引き抜き等何でもありの実績主義に切り替える時、一番悲惨な被害を蒙るのは旧人事体系の最下層か、そのちょっと上(管理職一歩手前)ぐらいにいた人たちである。人事体系が変わると、彼らの後ろから入ってくる新しい人たちは2種類しかいない。最初から幹部候補コースに乗って数年間でマネジメント予備軍としてのエリート教育を受けてどんどん出世していくごく少数の人たちと、従来の半分ぐらいの給料で黙々と単調な仕事をこなすアルバイターのようなその他大勢の人たちである。

 興銀は既にみずほに吸収されてなくなってしまった。今の都銀マンを見てみるといい。千人単位で採用しているが、幹部候補と言えるのはその中のほんの数十人であろう(人事もそんなことは言わないに違いないが)。残りは全部、従来とは比較にならないぐらいの安い給料でこき使われる永久支店営業マンだ。だから僕は、幹部候補待遇でならまだしも、今どき営業職待遇で都銀に入りたいと思う一流大学の大学生の気が知れない。

 今のマスコミを見ていると、まさに97年あたりから銀行業界で一斉に起こったこうした変化の波が5年ほど遅れて押し寄せているように見えてしかたがない。

 インターネットが「人と会い、話を聞き、そこから何かしらのアイデアを生み出し、それを他人に向けて発信し、再び出会いに結びつける」という、メディア人だけに許されていた特権を一般人に解放してしまった。ネットがメディアに求めることは究極的に言えば、1次情報を地道に集め、淡々と記事にして流し続けるという、面倒くさくて誰もやりたがらないような単調な作業だけだ。体系だった日本語の訓練を少し受けさせれば、バイト君をかき集めて半分以下の人件費でもできるような仕事である。

 実際、テレビ局や出版社の仕事はどんどん社外の格安の番組制作会社や編集プロダクションに流出し、社内には外注管理のスタッフと、仕事のために仕事する官僚しか残らなくなりつつある。新聞業界だけが取材執筆のチームを社内に抱えて生き残っているが、地方紙は既に経営が立ちゆかなくなりつつあるし、そこにニュースを配信している通信社は既に緩やかな縮小均衡に陥っている。大手全国紙クラスでも、紙面を外注に切り替え大リストラに踏み切る動きが出てくるのは、もはや時間の問題だろう。ライブドアvsフジテレビのドタバタなど、業界崩壊のほんの前兆にすぎない。

 この問題についてはいずれ続編を書きたいと思っているが、既にその兆候は新卒就職市場の動向に現れている。早い話が、人事制度の抜本的な変化の予兆が表れた業界には、実際に制度変更が行われるまで迂闊に入ってはいけないという「教訓」を、人材市場のプレーヤーたちは不思議にもちゃんと知っているということだ。ちなみに成果主義、実績主義の人事体系に移行した業界で勝ち組になる企業というのは、どこから人材を連れてきても自社のカラーに染められるシステマティックな社内教育のノウハウを持つ。外資系企業を見ればそれがよく分かる。
 
 どの業界でも言えることだが、人間というのは今年より来年の、来年より再来年の収入が下がると分かっていて元気が出る人などいない。たとえ今年の収入が半分になっても、これから10年間は右肩上がりでやっていけると思えた方が、どんなにか幸せなのだ。だが残念ながら左前になってしまった企業ほど、自分では抜本的な改革策を打ち出せず、小手先の給与カットでじわじわと従業員を不幸にしていくものである。頭では思い切ってばっさりやった方が良いことが分かっていても、いざ自分がばっさりやられる段になると拒否してしまう。経済学で言う「合成の誤謬(ごびゅう)」というやつですな。

 「合成の誤謬」から抜け出すためには、自家中毒に陥ってしまったそのシステムに思い切って経済外部性を持ち込むしかない。企業であれば、経営者のクビをまったくの外部からの人間にすげ替えるか、それとも個々の従業員(自分)が(物理的、あるいは精神的に)システムの外部に出て新しい血を取り込むか、どちらかしかないわけだ。

 ライブドアがニッポン放送を本当に手に入れたら、ニッポン放送の社員は一人残らず辞めてしまうだろうと言った人がいたらしいが、そんなことあり得ない。というか、それってフジテレビ株だけ手に入れて後はゴミ箱に捨ててもいいやって思ってるほりえもんの一番望むところだし、だいたい一流大学出の年俸1000万円もらってるマスコミ人が「1人残らず」辞めて皆さんどこに行くんですか。隅田川の川岸にでも?んなわけねえ。

 何の話だっけ?あ、そうそう。要するに銀行の方々もメディアの方々もがんばってくださいってことで(笑)。それでは。

12:28 午後 日記・コラム・つぶやき コメント (11) トラックバック (9)

2005/02/25

【ヲチ山場】陰の当事者、ついに立ち上がる?

 この時期、連日のお祭り騒ぎしているみなさんにヒトコト言っておきたいのだけれど、きっとみなさんもふとっちょとクリス先生率いるフジテレビの、素人にはぜんぜん理解できないこむずかしい争いごとにいい加減飽き飽きしてるに決まってる。とゆうか本当は一番飽き飽きしてるのはこのおれだったりするとゆう。でも、これからの日本にとってとても大事な話だから、たぶん最後までヲチしなくちゃいけないとゆうものだ。

 ところで、この祭りの陰の当事者、村上ファンドがついに口を開いた。「日本の株式市場に重大な悪影響を与えかねない」んだそうだ。さあどうするどうするフジテレビ。どうするどうするクリステル姉様。(ここまでネコプロトコル風)

 なんかもう、M&Aコンサルティングのウェブサイト、重すぎで全然つながらん。やっと声明文のURLだけは参照できたが、今の時間ダウンロードは保証できません。あしからず。

 僕はダウンロードして何とか読めたけど、まあ内容は上にリンク張ったライブドアニュースの内容がそっくりそのままって感じだ。大したことを言っているわけじゃない。これまでisologueなどでさんざん語られてきたことをずばっと言っているにすぎなくて、まったくの正論そのものだ。だけど、これはフジには痛いだろうね。村上ファンドがこういう声明出しちゃうと、これまで国内というコップの中の嵐だったものが、突然海外メディアとか飛びついて報道するようになるからねえ。彼らの海外(特に米国向け)アナウンス効果と、そのリフレクションが政府筋に与える影響ってのはバカにできない。しかも政府筋(たぶん経産省筋)からはライブドア援護射撃ととれそうな動きまで出始めちゃったしな。

 しかし、先日毎日だったかが証券アナリストの読み筋として「村上ファンドは既にライブドアに株式を売り抜けた」っていう飛ばし記事を書いていたが、今回のリリースにもそのあたり全く書かれてないからねえ。自分のポジションを最後の最後まで伏せ続けながら何食わぬ顔でこういうリリースを出すところが、本当に食えねえ人たちだよな。

 そうゆうわけで、今回の台本のないドタバタ喜劇でもう1人脚光を浴び始めたのがこのお方。虹色に輝くネクタイと全身ベルサーチのスーツで固めた、自称合法的総会屋の久保利大センセイである。このおっさん抜きで日本のコーポレートガバナンスの歴史を語ることなどできないというお偉い方なんだが、今回ばっかりは村上ファンドにはめられてニッポン放送の役員を引き受けさせられてしまい、自ら訴えてきた日本のコーポレートガバナンス確立の最大の転機に、図らずも自ら大きな汚点を残しかねない立場に追い込まれてしまったわけだ。

 考えてみれば昨年、CSK対ベルシステム24の戦争でCSK側について孫&園山連合軍と戦い、一敗地にまみれた時には、あれ?と思うような感じだったのだが、まさかここまで追い込まれちゃうとは、法曹界の誰も予想だにしなかったろうなあ。久保利センセイに問われているのは、まさに「男としての筋を曲げてカネを取るか、それとも筋を通して顧客を刺すか」という、どんな人間も人生で絶対に直面したくない正念場なわけである。

 しかも、ここまで来るとかげにひなたに久保利センセイにお世話になっている日経も、おいそれと記事が書けなくなってしまう。うわ、なんだかもしかしてこれって言いたい放題書けるブログ万歳ってこと?すげー風桶だ(笑)

 株式市場を玩具にするいかさま投資信託と危機感の全然ない経営者をいただくメディア企業、そしてかの久保利大センセイまでまとめて地獄の闇鍋に追い込んでしまった我らが欽ちゃんの命懸けた勝負師ぶりに、我々何の関係もない庶民はヤンヤヤンヤの喝采を送って見物させていただくわけでございます。村上世彰さん、あんたらマジですごいよ。がんがれ。超がんがれ。

11:34 午後 経済・政治・国際 コメント (7) トラックバック (11)

2005/02/24

産経新聞記者乃皆々様江

 メディアはもっと勉強しろ、だそうです。今後の取材にお役立て下さい。(15:10コラムを以下に追記)

 ところで、GLOCOMフェローの吉田望氏が「ほりえもんはマックス・ウェーバーの言うところのバーリア・キャピタリズム(賎民資本主義)の人である。彼がこの無謀な航海の顛末(買収失敗)によって心を入れ替え、無人島(元々の本業)で倹約・勤勉に励むというのがこの物語のオチではないか」という、ホリエモン=ロビンソン・クルーソー仮説を提唱している。

 なかなか面白い仮説だなあと思うが、どうなんだろね。昨日のアルファブロガー飲み会でも思ったんだが、ほりえもんが、というよりはIT産業そのものが本質的に、20世紀に高度に組織化された産業資本主義を少しバーリア・キャピタリズムに引っ張り戻そうとするものであるってことを、そしてそれが僕らの元気の元かもしれないってことを、ブロガーな人たちははっきりと感じているのだよな。

 それに対して、「ロビンソン・クルーソーたれ」って呼びかけるのは、なんつーか単にこの閉塞感漂う日本社会の中でようやくやりたいことをやりたいようにできる西部のフロンティアを見つけた人たちに、「お前らゴールドラッシュなんて追わずにまじめにプランテーションで奴隷労働にいそしめ」って言うようなもので、まあ言うだけ無意味なんとちゃうんかと。

 どんな世の中にも、踏み外さないまでも常に時代のエッジの部分で「まだ行けるか、もうちょっと行けるか」とすり足で冒険を繰り返す連中というのは存在するし、世の中全体の活気のためにはそれも必要なのであって、ほりえもんみたいに「俺は不死身だ~」とか叫びながら思いっきり跳躍して崖の向こうに転落してしまう人の末路はともかくとしても、そういう営為自体を否定するのはいかがなものかと思いますよ、僕は。

 とか何とか言いつつ、昨日ベルギービールで酔い潰れて隊長に寝顔激写されちゃったらしいし、今日も頭が痛いし幸薄いR30なのでありますが。

12:44 午後 経済・政治・国際 コメント (3) トラックバック (9)

2005/02/23

【ヲチ復活】LFの新株予約権発行は違法じゃねーのか

 CXという「法人」に新株予約権(ストックオプション)を158億円分割り当てるという、超意表を突いた方法で反撃開始。

 ニッポン放、フジテレビに新株予約権・ライブドアに対抗(NIKKEI.NET)

(18:35追記)こちらのブログでSOの詳しい発行条件が書かれていた。要するに「株主以外の者に対して有利発行する場合は(特別決議)」という条文だから、株主であるCXには無条件OKという解釈なのか。すげえ。

 でもストックオプションって、普通に株主総会の特別決議(3分の2以上の賛成が必要な)案件だと思うんですがどうなんですかね。あと、税制に従うと付与する相手は子会社を含む取締役及び従業員という「個人」が条件で、しかも付与から転換までに2年以上かけなきゃダメらしいですよ。

 158億円というカネが実際にはまったく動かない(完全傘下に入れた瞬間に2800億円振り込むみたいですが)という意味で、前回僕が言ったように「キャッシュを一銭も動かさない」というCXの防衛戦略方針が見えたわけだが、これは明らかに商法違反くさいので、ライブドアの反撃が見てみたいところ。

 ただ、あれだけエスタブリッシュメントに嫌われまくっちゃったほりえもんのことだから、裁判所に仮処分命令出してもらおうとして泣きついても、シカトこかれたり牛歩使われたりする可能性はなきにしもあらず。当然、CXの日枝会長もそのあたりをにらんでのことだろうな。えげつない。

 ま、外野としてはヤンヤヤンヤの声とともに観戦を楽しむだけでございます。

06:04 午後 経済・政治・国際 コメント (6) トラックバック (23)

2005/02/22

ソニーはCLIEでなぜ失敗したか

 とりあえず過去記事をはっとく。サルベージはまた今度。
ソニーはCLIEでなぜ失敗したか(June 03, 2004)
あいまいでスマートなニッポンの携帯(December 08, 2004)

08:38 午後 携帯・デジカメ コメント (4) トラックバック (2)

またぞろ外資規制だってさ…メディア株全部投げ売りだよバカだな

 単に投資信託の損益を確定しようとしただけのふとっちょネタなぞ放置しておけばいいものを、よりによって大の政治家たる片山虎之助殿が思いっきり釣られており、もはや嘲笑を隠しきれない。

 ま、これでメディア株全部、明日から底の見えない投げ売りに突入だろうな。投資家の皆さんご愁傷様。実態と乖離した外資規制を規制緩和の御旗の元ようやく実態に合わせようかという流れになっていた矢先にこれだ。放送各社の密やかな経営努力もこれで全部水の泡。しかも株価が下がって、ふとっちょには予想だにしていなかったLF株買い増しの絶好のチャンス到来だ。面白すぎる。

 てめーのネズミ並みの脳みそを棚に上げて「カネで何でも買えるとは教育のせいだ」などと文教族として精一杯の空威張りをしてみせるシンキロウ元首相の知能もシンキロウ並みだが、ついこの前まで自分が大臣だった役所の所轄業界に「俺はまだ影響力があんだぞ」とマーキングよろしくションベンひっかけてみせる片山もそれ以上だよ。

 自民党の政治家ってみんな底抜けのド阿呆ばかりですね本当に。自分でやったことがどういう影響及ぼすか、分かってるのかしら。シンキロウ君は教育であれだけカネのことを教えているって言っているが、カネのこと全然分かってないアホがここにおるやんけ。片山君、チミ学校でいったい何習ったの(爆)。

 ほりえもんが記者会見で言い放ったように、ソニーがテレビ放送を全部インターネットに放流できるレコーダーを発売して、テレビ視聴率が何の意味もなさない数字になるチキンレースの号砲が既に鳴っているのだ。ただでさえ株価が爆下がりしてもおかしくない状況だっていうのに、自民党参議院の大幹部ともあろう御仁が突然テレビ局の後ろから水平射撃みたいなことして、日本の放送局を全部討ち死にさせたいとでも言うんだろうか。

 …はっ!?そうか、片山君は放送局の株価を爆下げして、フジテレビはふとっちょに、日テレは禿か髭に、TBSはふとっちょにLF株を売ってキャッシュ握ってる欽ちゃんあたりに早く買われちゃってくださいって言いたくって、それでこんな素敵お花畑発言をしたのですねっ!さすが元大臣、脳内の花びら回転の速さは尋常じゃないっ。鉄火場マンセー、禿鷹マンセーーー。(クダラネ)

07:43 午後 メディアとネット コメント (2) トラックバック (2)

2005/02/21

日本の出版社には市場価値がない件について

 すでにあちこちのブログが詳細に語っているやや古いネタですが、徳間書店の清算について。

 1週間ほど前からスタジオジブリの独立というのが話題になってましたが、それって結局徳間本体を清算するつもりで、そこからジブリと雑誌だけを救うスキームだったわけね。

 でも徳間書店のサイト見てみたけど、雑誌もめぼしいのはアサヒ芸能しかないのか。あとはアニメージュ関連の本とかそんなのばっかり。よくこんなボロ会社で600億円も借金できたな。マスコミって不思議だ。むしろ、コンテンツ産業のマジックなのか?

 徳間書店の債務超過がどのくらいのものなのかよく分からないが、日経の記事によれば600億円の債務をジブリと出版の営業譲渡で400億ぐらいまで減らして、その後1~2年で会社を清算するらしい。まともな事業価値の部分は200億だけでした、ってか。貸し込んだ三井住友は、いったい何やってたんだ。

 とかびびっていたら、ブログを検索していたらもっとすごい記事が。19日日経の朝刊に載っていた記事がここのブログに引用されているので、それを見たら、ピークの2001年には1300億円もの借金があったらしい。壮絶だな。

 徳間の出版部門はほとんどアニメの収益回収部隊みたいなもんだからどうでもいいとして、焦点はジブリの営業譲渡が150億円ぐらいになっちゃうのがどうかってことだろうね。この記事は徳間側からのリリースだろうから、少なめに見積もっているような気もするんだけどどうだろうか。

 ジブリは昨年までの4年間の営業利益が200億円というから、普通にならしてアバウトにNPVを計算すれば時価総額500億。コンテンツ産業ということで、収益のボラティリティは当然大きいと思われるので、少し少な目にみても350億円ぐらいじゃないのかなあ。VCの小林雅ブログでも「GDHのM.Capが300億」って言ってるし、株式上場すればファンが多くて知名度がある分、もっといくんじゃないかしら。過去のコンテンツのIP(知的財産)収入でも、まだまだ稼げそうだしねえ。

 とか思っていたら、社長になる鈴木プロデューサーは、ジブリの経営権を少数の関係者以外の人に渡したくないんじゃないか、というこちらのブログでの考察が。つまり株式上場さえもしたくないってことなのかもね。宮崎駿、鈴木敏夫の2人は作品解釈でもよく指摘されているように、アンチ資本主義の気持ちがすごく強い人たちだから、実際そうである可能性はかなり高いと思う。

 ま、残りの借金を放棄させられるメーン行がそれでもOKと言っているなら、外野の我々が2人の気持ちを尊重したスキームに異論を挟む余地はまったくないわけだ。考えようによっては三井住友偉すぎ(笑)。ジブリにはこれからもがんばって資本主義に抵抗しながら楽しい作品を作ってほしいです。

 しかし一方でスピンオフするもう1つの出版事業の評価額が50億にもならないというのはどういうことなのか。悲しくなるがアサヒ芸能しかないんじゃこれもしょうがないわな。思うに以前ジャーナリズム論争の時にfinalvent氏も日記で書いていたが、出版っていうのは完全に鬼っ子というか、石にかじりついてでもやりたい人だけがやればいいというか、横にジブリみたいな豊富なコンテンツでもない限り、今後は絶対儲からない世界になりそうな気がする。

 前にある外人投資家としゃべっていた時に、彼が「日本の出版会社を買収しようと思っていろいろとサーベイしたのだが、これまでに発行した書籍やコミックの権利をきちんと社内で管理していない(つまりすべては社員編集者と作家さんとの間の口約束のレベル)ので、資産評価のしようがなかった」と言って頭を抱えていたのを覚えている。

 出版社なんて典型的なIPで食っていく類いの業態なのに、日本の出版ビジネスのIP管理って、音楽や映像の業界よりもさらに遅れてるんだよね。

 まあ、石をかじってカスミを食ってもオレは生きられるという方々はともかくとしてですね、出版業界におられる方々はこれからIPの管理をきちんとしないと、斜陽業界がますます斜陽になっちゃうよ、と警告じみたつぶやきでもって今日は終わり。

(10:30追記)そう言えば先日できたばかりのライブドア・パブリッシングから「今度3月末に出す書籍の中でおたくのブログを紹介してやるから自分で紹介文書いていただけませんでしょうかこの野郎」って連絡があったので、「紹介するのは勝手だけど俺に書かせる紹介文ぐらいは原稿料出せ、ていうかお駄賃くださいお願いします」ってお返事申し上げたところ、満面の営業スマイルとともに「それなら紹介文は結構です」ってあっさりスルーされた。さすが公開企業幻冬舎、マジで偉いよ偉すぎる。

(17:00追記)隊長のとこにも来た模様。小心者なR30と違い、レバレッジを最大限にきかせて暴れていらっしゃる(爆笑)

09:59 午前 経済・政治・国際 コメント (6) トラックバック (9)

2005/02/19

ネット右翼だって現実社会に戻ればリベラルでしょうが

 リベラルブログうんたらという話がむなぐるま氏の「日本ではリベラルブロガーのハブはないのだろうか」っていうエントリあたりから広がってるみたいで、既にまとめも終わった議論みたいだけど(笑)、ブログのサブタイトルも変えたことだし、亀レスだけどちょいコメント。

 僕自身の考えはstandpoint1989氏のこちらのエントリに割と近いんだけど、こと「ネット右翼」については別に大した問題じゃないと思う。切込隊長がこちらのエントリで何かえらく難しげにまとめているが、分かりやすく言っちゃうと「頭のいい若い奴がどんどん生活不安を増大させていて、そいつらがネットで自分の生活を脅かしそうな欺瞞に食いつくとネット右翼って呼ばれるだけなんだよ」ってこと。ま、そういうことである。

 ネット右翼、あるいはサイバーカスケードという現象が発生する原因は、もう1つあると思う。これまたあちこちのブログで指摘されていることではあるが、要するに既存のマスメディアが(僕も含めて)こういう若い連中の不満を十分に回収できてないってこと。それは何でかというと、要するにマスメディアが考える物事の優先順位が、身近な一般常識から考えて矛盾していると思えることが増えてきたことだ。

 例えば、ある公共企業が単純作業の業務をITで効率化して、その作業に従事していた従業員を他の業務や部門に転換、あるいは早期退職させようとしたとする。既にかなり以前から自動化が予定されていた業務であり、作業員のほとんどは定年退職間近の50代の中高年である。しかもそれによって消費者は直接そのサービスの値下げの恩恵にあずかれる。

 僕ら30代の感覚なら、「事前にそういう合理化を行うことが世の中にも知られており、しかも従業員の他の業務への転換の可能性も残してあるのであれば、公共サービスの値下げのために退職勧奨や業務転換はしょうがないのではないか」と考えるだろう。ところが、某●日新聞には、「公益を掲げる大企業の従業員への許し難い仕打ち」と書かれる。なんで??どうしてそうなるの??

 長年マスコミにいたくせに最近になってその理由を知ったのだが、どうもその大手新聞には「労働組合>消費者」という、価値判断のための鉄の社内ルールが確立されているらしいのだ。具体的な価値体系を僕は詳しく知らないし、ここでそういう差別表現を列挙するのも憚られるのでしないが、要するに戦後50年以上「社会的な弱者・可哀想な人たち」とされるレッテルがコード体系として完成しており、記事掲載の優先順位や記者の評価みたいなものも、そのコード体系にいかに沿った主張をするかということで判断されるらしい。

 もちろん、アフリカの難民は今でも相変わらず悲惨だし、高齢者や障害者がその身体において一般人に比べて絶対的な弱者であることは疑いようもないのだが、しかし現実の社会というのはそんなに単純なものでもなくて、弱者の名前をうまく語って金儲けや裏の権力を身につけている人だっているし、大企業だってそこで働く人々が時に金銭以上の社会的正義を原動力にしてビジネスを動かすことだって起こりうるわけだ。

 僕が駆け出しの記者の頃、ある九州の冷凍食品メーカーの創業社長に取材した。その時、彼から「私は経営者として、従業員には何とかして充実した人生を送ってもらいたいと思い、いろいろな福利厚生の制度を取り入れてきました。本社工場の敷地内に、工場より大きな土地を使って従業員用の運動場も作りました。それでも地元の大新聞の記者さんには"企業のやることは金儲けが目的だから信用できない"と言われる。私はこれ以上、どんなことをすれば世のため、人のためになっていると思ってもらえるんでしょうか」と相談されたことがある。無一文からたたき上げてド田舎で全国ブランドの企業を築いた彼の一途で素朴な問いかけに、その時の若い僕は返すべき言葉を見つけられなかった。

 そういう、吉田あみ氏@日日ノ日キ言うところの「世界はほんとうはもっと色鮮やかで豊かだし、残酷で不気味」なんだという認識が、日本のリベラルなマスコミの方々の価値判断基準にはどうも欠けているような気がする。なぜ欠けているかというと、このブログでも前に書いたように、「個々の記事の価値基準をいちいち是々非々で判断していたら、効率が悪くて仕方ないから」だ。少なくとも、ネットがここまで普及する以前は、それはマスコミに限らず、多数の人々の意見を集約するのが仕事の人々(行政、政治など)にとって「効率が悪い」ことだった。

 そして、マスコミの価値コード体系の中には「(ほぼすべての)取材先>購読者」というのも含まれているから、購読者がどんなに必死で「事実が違う」とか「偏ってる」とかクレーム電話をかけても「担当記者に伝えておきます」の一言でシカトされるという事態が多発するわけである。

 ネット右翼と呼ばれるムーブメントは、だから僕はある意味「マスコミが自らの価値基準の決定プロセスにネットの効率性を積極的に利用しようとしない」ということへの、社会からの異議申し立てなのだと感じている。

 一般に、マスコミ人がインターネットで直接意見を集めるのにものすごい抵抗を示すのは、彼らが業務上の効率を考えて前提に置いている各社独自の「価値基準」に対し、ネットのありとあらゆる人たちがいっせいに異論を唱えてきたらどうするのか、というのを想像して身の毛がよだってしまうからだ。

 でもそういうことは、実際には起こり得ないと僕は思っている。なぜか。それは「ネット右翼」と呼ばれる人々の行動をつぶさに見ているとよく分かる。

 彼らが食いつくのは、自分の身近な出来事や現実と比べても、明らかに筋違いと思えるような前提を置いて書かれた記事や意見に対してである。自分が直接知らないことについて飛びついて来たりはしないし、身近な経験があることに対しても書き手がそう述べる根拠や経験(いわゆるソース)を開示した場合には割とあっさり引き下がる。

 つまり、誰もが決定的な事実を知っているわけではない状況において、平等に意見を言えるという前提のあるネット上での議論にはものすごく熱心だが、「意見を裏付ける決定的な事実」や「論争の相手が誰が見ても社会的弱者であることの証明」などが示されると、とたんに「あまり一般化するなよ」とか何とか捨て台詞を残して消え失せたりするのである(笑)。

 だからマスコミはネット右翼にあまりびくびくしないで、自分たちがそういう価値判断に至ったプロセスというか、ソースをちゃんと(出来る範囲で)開示して、もっと出せとか言う人が出てきたら「取材源の秘匿とか個人情報とかいろいろあって出せないんです、ゴメンナサイ」とそこで折れておけばいい。それでたぶん収まる。

 左巻き批判が大好きなネットワーカーでも、弱者に対する情が深いという点ではリベラルと変わらないということを、僕は切込隊長のニートに対するいくつかのエントリで見せられたような気がする。自分たちだけの独自の価値コードを盾に決めつけ・開き直りをする左巻きマスコミのブロガーに対して彼が仕掛ける攻撃は苛烈なものがあるが、では徹底的に「強者の論理」の人なのかと思いきや、自分のエントリに突っかかってきたニートに対して延々と人生相談に乗ってみせる。あれはどう見てもリベラリストの姿だ。彼が自称するようなRepublicanではあり得ない。

 ネット右翼を装って過激なことを書いている人の中にも、恐らくリアルでは常識的にリベラルな人というのがたくさんいるんだと僕は思う。もちろん、こういうふうにネット右翼でかつ本当に右翼な人というのも、それはそれでいるんだろうけど。(ちなみにこの人が何で昨年6月の民主党の憲法改正案に今ごろになって火を噴くような罵倒を述べているのか、誰か教えてくださいw)

 あと、これまで論じた「何をもって弱者と定義するか」という価値コード体系の硬直性の問題以前の問題として、「マスコミはそもそも弱者をかばうべきなのか」という、民主主義バランス装置としてのメディアの存在意味というテーマが存在する。

 このテーマは、最近で言うと江川紹子のほりえもんインタビュー「『新聞・テレビを殺します』 ~ライブドアのメディア戦略」でもはっきり表れていた。江川氏が「価値基準に照らしてとか難しいこと言わないで、読まれる記事、売れる記事だけ並べればいい」というほりえもんのコメントに対して、

 メディアがあえて報じていくことで、曲がりなりにも(現実にそれが十分にできているかは疑問だが)政治を監視する機会は保たれる。それがなければ、一般の人たちがなんだか分からないうちに、大事なことが次々に決められていく、ということになりはしないか。
 あるいは、イラク、アフガニスタン、アフリカ諸国といった外国の情報は、普段は気にもとめずに生活しているけれど、そういうことは知らなくてもいい、のだろうか。
 普段、気がつかなかった事柄を、新聞で読んで知るという機会もなくなる。それで、生活するには困らないかもしれないが、人間性や心を豊かにする機会を減らしてしまうことになりはしないか。
 また、"志"や"矜持"といったものを、すべて否定してしまうのには、私は抵抗を感じる。確かにそれは、「思い上がり」や「自意識過剰」に結びつく危険性がある。けれど、様々な圧力、障害、誘惑などに直面することの多いこの仕事の中で、報道する者の"良心"が、そういう困難中でも真実を明らかにする原動力になることだって、少なくないのだ。
 と述べているところがそれに当たるだろう。このような問題意識は、彼女だけでなくほとんどのマスコミ人(純然たる経済メディアである日経でさえも!)が多かれ少なかれ持っているところのものだ。

 これは、ネット右翼あるいはリベラル言説の是非の問題よりさらに深い哲学的な問題を含んでいるので、あまり軽はずみなことを言いたくないし、ちょっと次回に回したいと思う。

02:34 午前 経済・政治・国際 コメント (17) トラックバック (21)

2005/02/18

環境とか議定書とかでちょっと追記

 環境経済の話でいろいろトラックバック&コメントくださった皆さん、ありがとうございます。ネタは振ってみるものですねえ。間違い指摘されて頭も良くなるし、みんなそれなりに関心があるんですね。とゆーかこのブログ読んでいる人がそういう好奇心旺盛な人たちばかりなのかな。R30のまわりくどいレトリックとネタにいつも辛抱強くついてきてくださる方々ばかりで。皮肉じゃなく、マジで感謝してます。

 で、TB先とか紹介されたサイトとかいろいろ見て回ったんですが、炭酸ガス=温暖化という構図は嘘だよ、しかもオゾン層破壊と温暖化もかんけーねーぞ、と。ふむふむ。じゃいったい何のために京都議定書が存在するんですか。トータルとしてはますます「どうでもいい」方向に行ってしまう気がするんですが(笑)。

 ま、結局は僕の勉強不足っていうオチなんだけれども、環境を経済ベースに…ねえ。そのへんはfinalvent氏が「ブルガリア」エントリで軽妙に語っておられるので特に突っ込んでコメントするつもりないですが、要は東欧やアフリカの途上国に国際収支を移転させたいってだけじゃないの。新手の援助理論とか、そういうことですかね。

 antiECO氏からのご指摘「環境経済よりもこれからは森林保護だ」ってのも、うーむまあよく分かりませぬ。日本でも世界遺産とかブームになってるみたいだし、トレンドはトレンドでいいと思うんですが、だから何?ってところですねえ。

 むしろいただいた突っ込みの中でちょっと気になったのは、antiECO氏の「一番の温暖化対策は無駄なものをつくらないということが最も効果があることだ」という話。そりゃそうなんだけど、それでみんなLCAがどーたらって言ってるんだけど、だったら京都議定書の話って全然意味ないじゃん。

 百歩譲って「無駄なものを作ったり廃棄する時に出るCO2を締めればええんでしょ」ということだったとしても、だったらそれを排出権取引とかいって、日本からもっと生産や廃棄物処理効率とかの悪い海外に移転したら逆効果でっせ。なんかもう、考えれば考えるほどむちゃくちゃでんがな。

 というわけで環境に生真面目な方々は、あまりそういうのを気にせずに、安井至先生おっしゃるところの「農系社会」への移行を目指していくということでよろしいんじゃないでしょうか、つまり今の日本人は間違ってないぜ、あまり恐縮したり不安になったりせずにこの調子でガンバローというのが、僕の今のところの結論。少なくとも、日本は今の調子でがんばってれば米国や中国に「あいつがやってないんだからよー」って責任転嫁の悪者扱いもされないし、EU市場から閉め出されることもないしね。

08:07 午後 経済・政治・国際 コメント (4) トラックバック (2)

【ヲチ終了】ライブドア、信託利回りを確定中

 ほりえもん、よりによってテレ東の番組でついにしゃべっちゃったみたいですね、「産経を日経のライバルにする」って。しかもビジネスアイのこと知らないみたいだし。僕的にはこの時点で「ほりえもんEND」かも。少しは期待もしてたのになあ。

 事業面で何らかの見通しがあるのなら、それに伴う戦略的な働きかけのジェスチャーがこの段階から出てくるのが普通だと思うんだが、それが全然見えないばかりか、むしろケンカを売る相手を間違えているような発言ばかりが出てくる。こうなると、買収が成功するかどうかにかかわらず「戦略的に失敗」の烙印を押さざるを得ないわな。

 実際、既にライブドアを「2000年頃までのSBがやっていたような上場投資信託の劣化コピー」とみなす見方は昨年後半ごろから既に出ているわけで、ここに来ていよいよそれが明白になっただけという気も強くする。

 しかも、その切り口から分析したこちらのブログの記事などは興味深い。今後の動きをいくつかシミュレートした結論として、「これはほりえもんの"2度目の創業者利益獲得"作戦である」と言い切っている。

 まあ、それも確かに当たってるわな。実際、フジテレビがTOB価格をつり上げる、ニッポン放送の持つ自社株を買い取る、裏に回ってライブドアの株を買い占める等、どの手を使ってきても、ほりえもんにとっては「これまで実態を上回って膨らませてきたライブドアの信用を大企業のキャッシュに換える」という目標(ゴール)を達成することになるわけだ。つまり、投資信託の利回りを確定するってことね。

 でもその確定で、2004年以降に株を買った既存のライブドア株主は大損して、2003年12月の100株分割以前の、1株10万円台の頃から株を持っていたほりえもん+経営陣と、ライブドアの大株主になりあがるリーマンブラザースだけが大儲けして終わりと。ライブドアそれ自体が、個人投資家相手の実質1年あまりにわたる壮大な証券詐欺だったと、こう総括してもよろしいんではないでしょうか。

 ま、もしそうだとすれば、フジテレビ様におかれましては、この件に関して今後一切リアルキャッシュを使わず、制度の壁だけを利用した防衛戦を戦っていただくよう、期待する所存でございます。といっても、他人にアドバイスする前にてめーの会社がSMBCなんかに買収されそうになっている大間抜けな証券会社がアドバイザリーでは、はなはだ心許ないというのが実感ではございますが。

 孫正義の偉いところは、「お前証券詐欺師だろう」って経済界から非難されまくった時に「いや、それは違う」と果敢に実業の世界に切り込んで、その結果儲かったかどうかはともかくとして日本の消費者に多大なメリットを還元したということだろうね。だから、それまで「あいつは詐欺師だ」って孫のことを堂々とけなしていた人も、少なくとも今ではそういうことは言わなくなった。

 ほりえもんも、本当に実業家として尊敬されたいっていう思いがあるのなら、孫や三木谷のこと、もうちょっと見習わなきゃ。このまま行くと「無数の個人投資家にクビをくくらせた稀代の詐欺師」として、後世にまで悪名を残すことになっちゃうぞ。彼の価値観からすると、あまりそういった「名声」とか「社会貢献」回りの欲望は期待していないんじゃないかという気もするけどね。

12:49 午後 経済・政治・国際 コメント (1) トラックバック (10)

2005/02/17

京都議定書なんかどうでもいいよ、自然が一番

 気がつかないうちに累積PVが50万を突破。そういえば、ライブドア騒動以来、PVが週末除いて毎日1万以上来るようになった。磯崎さんのisologueも1日のPVが6万超えたって言ってるし。年末年始でしばらくアクセスが低迷してたけど、ほりえもんの燃料投下のおかげで盛り返してきてるみたいですねえ、ブログ界も。もしかしてそのためのネタだったのかしら?(笑)

 それはそうと、「極東ブログ」で3日間にわたって京都議定書関連の話題を取り上げられたfinalvent氏が「アルファブログはなぜ環境問題を取り上げないのか」というメモを日記の方に書いていた。耳が痛いですねえ。ではちょっとその話でも書いてみますか。まとまらなさそうだけど。

 これまでこのブログを読んできた人ならだいたい想像がつくだろうが、僕自身は環境問題に関心がないわけじゃなくて、むしろ前の職場でも数年前まではその話を積極的に問題提起して記事にしようとしてきたし、小さな会社から大きな会社まで環境絡みでいろいろ取材もしたし、今回も何か書けないかいろいろと考えたりしていた。

 でも結局書けなかったのは、まずマクロや経団連の欺瞞みたいなところではfinalvent氏がさらっとうまくまとめていたので、もう補足することがないなあと思ったのと、ミクロレベルに落として考えると、日本人にとって「環境」というキーワードって、あまりにも「とっかかりがなさすぎ」だってことなんだな。

 例えば、「地球温暖化」っていうのに対して日本人がまず連想するのはほら、あの「南の島が沈んじゃう」ぐらいの話でしょ?そりゃ確かに東京は昔よりずっと夏暑くなったし、日本のあちこちで「冬の雪の量が減った~」とか言ってたりするけど、だからってスキーができなくなるわけでもないし、自分が熱射病で死ぬわけでもない。南の島沈んだらちょっと悲しいけど、まあそれも自分に直接関係ないしね。

 でも、このあたりの身の危険に対する切迫感というのは海外は全然違ってるわけだ。有名な話だけど、ヨーロッパは日本の北海道よりもずっと緯度が高いところにあるわけで、そこで北極にオゾンホールが開いたら白人の皮膚ガンの発生率がガクンとアップするわけですよ。つまり、ダイレクトに命にかかわる。南の島の人たちも、観光産業がダメージを受けて国の面積が減る。

 CO2排出→温暖化ガス増大→オゾンホール、海面上昇→皮膚ガン、国土喪失てなわけで、もう自分たちの目の前に迫り来る危機だから、環境環境と叫ぶわけだ。

 しかし、世界で一番大量に化石エネルギーを消費している2つの国(米国と日本)が、とりわけこの問題に対して関心が低い国でもあるってのは、地球って本当に皮肉ですよねまったく。

 なんて、こんなところでせせら笑っていてもしょうがないので、さあどうしましょうかって話になるんですが、そこから先は極東ブログのこちらこちらこちらのエントリを読んでもらうとして、つまり「ヨーロッパの連中の言うとおりになんか、今からできっこないじゃん」というのが既に見えてるわけだ。

 となると、上の方で「いや、もう目標達成は不可能ってことは分かってるんですから」とか言ってるそばで「CO2排出削減しよーオー」なんて誰が気勢を上げると思いますか?誰もやりませんよそんなバカなこと。気勢上げるどころか、既に既得権握ってる人たちの殴り合いになってるじゃないですか。不毛すぎだよホントに。

 というわけで、例えばビジネス誌大手3誌を見ても「勝ち抜く環境経営」というタイトルで特集を組んだ日経ビジネス以外の2誌(ダイヤモンド、東洋経済)は、ニュースコラムでさえも環境のかの字にも触れてない。これが企業社会の意識の実態だろうし、僕はそれはとても賢明な判断だと思う。一銭の利益にもならない環境省と経産省の代理戦争に突っ込んでいく必要がどこにありますか。

 マーケッター的に言うと、「環境!環境!」と叫んでも客が食いついてくれないなら、目指すべき「温暖化ガス排出量削減」にもっと別の切り口で切り込んでいくまでの話である。そこでここ数年出てきたのが、ライフスタイル系で言うと「スローライフ」だったり「菜の花」だったりするし、ビジネス系では「リユース」だったり「CSR(企業の社会的責任)」だったりしたわけだ。

 つまり、なんか環境に良さげな商品を売り出したい時に、「スローライフに何とかかんとか」ってキャッチフレーズをまずつけておいて、客がいろいろ聞いてきた時に「いやぁ、実はこれって"環境"にも良かったりするんですよ(ダサイでしょ)アハハ」とか、恥ずかしそうにネタばらししたりっていうのが辛うじて許される程度なんじゃないかと。

 そういう意味では、日本の「環境マーケティング」というのは、それはそれで独自の進展を遂げつつあるとは思いますよ。欧米みたいな「切迫・恐怖感」ではなく、「上質ライフスタイル」みたいなところを原動力にしてきたのが、独特だと思います。個人的には、結構国際的競争力もあるレベルだと思うんだが。

 で、個々の商品やサービスのマーケティングのレベルでの「環境」というのは、これからも進化は続けると思うけど、しょせん数百円のランチョンマット1枚買うのにエコロジーでもそうでなくても排出されるCO2の量は大して変わらないわけで、もっとライフスタイルそのものをCO2セービングなものに変えていけないかというのが、これから数年先活発化する取り組みだと思う。

 実は昨日の「低コスト社会に必要な中小商店」というエントリは、そういう切り口を意識して書いた。誰も気づかないだろうと思ったし、気づいてもらいたいとも思わなかったけどさ(笑)。

 巨大なショッピングモールというのは、平日ほとんど非稼働だし、あれだけの空間を冷暖房し続けるというだけでものすごいエネルギー多消費施設だし、そこに買い物に行くのにマイカーで出かけなければならないというのも反環境的だと思う。表向きの利便性だけにとらわれると、ああいう資源多消費型の流通がまかり通る。

 だけど、本当にライフスタイルを資源少消費型に転換していきたいのであれば、1軒の店に食品の冷蔵庫、雑貨、実用衣料、かかりつけ薬局、交番、銀行、郵便局、役場、コミュニティーセンターみたいな機能を全部持たせて、徒歩や自転車で行ける距離のところにたくさんばらまいた方がいいに決まってる。だって、究極のエコロジー社会と言われた江戸時代っていうのが、そういう仕組みで成り立っていたんだから。つまり「庄屋」「名主」の復活ですよ(笑)。

 僕自身は、リユースビジネスの普及とか小商圏型店舗への傾斜とかは、それが「環境保護だ」とかっていう指摘をするのは言うだけ野暮だろうと思うようになったので、数年前から口にしなくなった。だけど日本の消費社会がそちらに向いていけば、結果的に大ヒット環境商品を生むよりも省資源化に役立つと思うし、実際そういう方向に向いていくだろうという確信みたいなものがある。

 京都議定書の話は、そんな中のごくごく表面的な、しかもどうしようもなく茶番な部分に過ぎない。ヨーロッパの人たちが顔を真っ赤にして叫ぶ気持ちも分からないでもないが、東洋の人間は「自然な流れ」を作ること自体が一番自然(環境)に良いと思ってるんですよ。だからあまりご心配なく。

03:11 午後 経済・政治・国際 コメント (9) トラックバック (4)

2005/02/16

低コスト社会に必要な中小商店

 久しぶりに並河助教授@埼玉大から伝統食のエントリにTBをいただいた。日本のコンビニ前史みたいな話で、非常に興味深い。

 1970年にセブン・イレブンが東京の芝(だったかな?)に1号店を出して以来、日本のパン屋・米屋・酒屋などの中小零細商店をことごとくコンビニ化してきた話は某オレ様のNHKの人気番組、「プロジェクトX」でも放映されて有名なお話ですが、その前段階にこんなエピソードがあるとは知らんかったとです。

 そのコメント欄で交わされている議論もちょっと面白いし、何より僕の専門だったところなので少し割り込んでみようかな。

 並河氏のエントリには、確か「食の伝統というのが都市設計によって作られることもある」という前置きがあったような気がするんだけど、消されたのかな?それとも僕が寝ぼけてたかしら。

 そう言えば「こち亀」の初期の頃とかを読むと、角のたばこ屋兼駄菓子屋のお婆ちゃんというのがちょこちょこ出てきたりするよね。そっか、駄菓子屋というのは江戸の町内の木戸番が発祥なのか。

 実は僕はタイに留学している時に家でたばこを売っていたことがあって、駄菓子とかたばこっていうのはちょっとまとめ買いしても大した金額じゃないし、買う人もそれを小分けして買いたいものだから意外に利益率は高いしと、何らかの理由でそこにじーっと留守番をして座っていなければいけない人にとっては割といい商売だということを知った。

 でも今の日本は、家の造り自体が通行人に開かれたものじゃないから、たばこ屋も駄菓子屋もなりたたないわね。住宅の構造問題だな。

 ただ、並河氏のエントリのコメント欄に、地方(あるいは東京の下町以外の地域)の商店街について語っている人がいるけれども、僕自身は実は中小商店の先行きにそれほど悲観的でもない。

 店の大きさというのは、その店に必要な品揃えのボリュームと、そこから上がる利益で支払える地代とのバランスで決まるというのが流通業界の定石であった。圧倒的な量の商品を並べまくっても、その店がそれほどの集客力(商圏ともいう)を持たなければ当然儲からないわけで、そんな巨大な店の地代は払えないので縮小せざるを得ない。

 ところが、最近田舎では過疎化による人口減少で、地代が(特に借地料ではなく地価そのものが)タダみたいに安くなってきた。しかも90年代に吹き荒れた大店法規制は骨抜きにされ、形骸化してしまっている。

 となると、際限なく巨大な店がガッコンガッコン林立しそうな気がするのだが、これがそうならない。なぜか?イオンみたいなところが米国並みのでっかい店を作ってみて初めて、店の広さを決めるもう1つの要素があるということに気がついたからだ。それは、「買い回りやすさ」である。

 米国人と違って日本人はちびでしかも時間にうるさい人種なので、巨大なバスケットのついたショッピングカートを押して、広大な店を数百メートルも歩き回って買い物するのに慣れていない。特に、地方に行けば行くほど歩くのさえ億劫な老人が増える。

 地代がタダみたいな田舎では、商圏人口を増やさなければ成り立たないということもあって、売り場面積数万平方メートルとかいうような巨大店がたくさんできはじめたが、これらの店に客が集まるのは週末がほとんどで、平日昼間は開店休業状態である。広大な店内を歩き回る体力のあるファミリーや若者層ばかりがお客で、体力のない老人や、時間のない勤め人が会社帰りに買い物に行きたくなるような店ではないからだ。

 数は少ないけれども、こうした傾向をつかんでわざと店舗を小規模にし、地元のパート主婦や老人の絶大な人気を集めているチェーンは、全国に現れ始めている。

 こうした動きを察知し、何とか取り込もうとしている大手流通チェーンなどもいくつか出てきているが、たとえば最近のニュースだとヤマダ電機あたりの例が思い浮かぶが、これなんか見るとなんつーか「中途半端だなあ」という印象だ。

 実はヤマダは一昨年末頃から、和歌山県や鹿児島県で1000平方メートルクラスの小型店(ヤマダの通常業態は売り場面積5000平方メートルが標準)を出店して試していたが、おそらく自社物件での出店はペイしないと判断したのだろう。それで、商品供給だけに絞ったフランチャイズ化を考えているのだろうと思う。

 だが、これは家電販売店に対する顧客ニーズを本当に把握した結果だろうかと疑問に思う。平日の会社帰りの主婦やサラリーマンが家電店に頻繁によることは考えにくいから、やはりこのクラスの店舗の主要顧客は老人だ。しかし、老人にとっては1000平方メートルの店でも広すぎる。電球1個、電池1つを買うためだけに、30メートル四方の売り場は要らない。

 顧客を老人向けに絞って成功している店は、家電にしろ化粧品にしろせいぜい100~300平方メートルの「コンビニサイズ」が基本である。食品、衣料品はもう少し規模が大きくなるが、それでも500~800平方メートルがいいところか。

 巨大店舗は、従業員のうち数人がちょっと仕事をさぼっていても店は何とか回るが、コンビニ業態の店舗は常駐する従業員が2~3人だから、仕事をかたときもさぼらせない高度なオペレーション管理が必要になる。その意味で、小型店チェーンを展開するのは大型店を展開するよりある意味でずっと難しい。

 でもそれがうまくできた企業は、団塊世代が死に絶える2030年までの25年間は隆々としていけるだろうと僕は思う。それが、少子高齢化という日本の現代の「中小小売店」の行き着く姿なんだろう。

 で、僕自身はこういう店が増えてくるのは、ある意味でとてもいいことだと思う。

 なぜかというと、1つには年寄りや忙しい人にとってより利便で優しい。ま、これは当然。あと、「地域リスク」が低くなる。

 どういうことかというと、米国でウォルマートが叩かれる理由の1つが、「出店してきて地元の中小商店を根こそぎなぎ倒しておきながら、採算がとれないとなるとあっという間に店を畳む」からだ。根こそぎなぎ倒された中小商店街が復活しない以上、その地域は生活インフラのすべてをウォルマートに依存することになる。彼らが撤退すれば、町1つ丸ごと消滅にもつながりかねない。

 その点、小規模な店がいくつもあった方が、1つ1つの店舗の撤退が地域に及ぼすリスクと影響を分散できる。

 あと、並河氏が述べた江戸時代の「町内の木戸番役でもあった駄菓子屋」のように、小規模な店舗が結果的に地域内の犯罪防止や緊急避難の拠点となり、「地域のゲートキーパー」の役割を果たすようになるというのも、理由としてはある。

 コンビニ業界は、既に昨年からこうした「セーフティステーション」化の取り組みを始めているが、こういうどこにでもある小規模店舗に商業以外の部分での生活インフラを任せるというのは、生活コストを下げるために非常に大切なことだ。コンビニと同じ数だけ、警察官を常駐させた交番を作るのとどっちが安上がりか、考えればすぐに分かる。

 というわけで、かつての中小商店は消えるかもしれないけれど、イオンみたいな巨大店で中小商店の機能は代替もできないし、ちゃんとその代わりとなるものも現れてきてますよ、という話でした。おしまい。

11:05 午前 経済・政治・国際 コメント (8) トラックバック (6)

【ヲチ中】ライブドアもろもろ

週刊プレイボーイ中吊り 昨日の電車の中に、週刊プレイボーイの吊り広告があったんだけど、この見出しが笑えた。「買っちゃえ!ホリエモン 本誌・週プレも買ってくれ~!」って何だよ!儲かりまくってるくせに心にもないこと言うなよ、集英社は。マジで他の出版社、みんな洒落になんねえぜ。雑誌の目次ウェブサイトには一言も載ってないところを見ると、中吊りだけのネタ見出しってことですかね。

 にしてもライブドアの件、このブログにもあちこちから刻々とTBが寄せられていますので、TBの先を読んでいるだけで状況変化がつかめて面白いですな。

 ライブドア絡みではTBしてくださったブログに対してもいろいろと言いたい、書きたいことはあるんだけれど、少し様子見を決め込みたい。僕自身の基本的な読みはあまり変わってないが、それって有意味な情報がないからというだけの消極的な理由なので。もう少し追加の動きが見えてきてからかな。

 ただ、こんな発表をするところを見ると、ほりえもんは当初思っていたより相当危ない橋を渡ったという印象。「フジが25%超の株式を取得しても、対抗して増資すれば比率を下げられる」なんて、商法をちょっとでも知ってる人間が見たら「アホか」としか言いようがないぞ。第三者割当増資っていうのは、既存株主に保有比率分の優先引き受け権があるんだから、増資したところで25%は25%に変わりないし。この点、誰も突っ込まないのが不思議。

 ていうか商法の基本のキも知らずにほりえもんのコメントをよりによって「マネーニュース」欄でそのまま書きとばしてしまう読売新聞って、もしかするとラブリーなほどに無知ってことかしら。読売新聞万歳(笑)。

 今んところ見てる限り、持久戦に持ち込まれたらフジ有利なのは確実。乗っ取りやるなら1000億円ぐらい借りておかないとじゃなかったのかな?とにかく、磯崎さん@isologueが株式大量保有報告書を見てきてくれるまで、しばらく手控えモード。あしからず。

08:57 午前 メディアとネット コメント (2) トラックバック (3)

2005/02/15

伝統と誇るものに大した伝統はない

 これからしばらく仕事が大忙しになりそうな様子。昨年11月からほぼ毎日書き続けてきて、言いたいこともまだまだたくさんあるんだけど、ブログを書く以外のやりたいこと、やらなきゃいけないこともいろいろと出てきたので、どこまで意地になって継続するか、ちょっと悩み中。とはいえ、一度途切れると何かどうでもよくなってしまいそうだし。

 と、そんな状況ですが今日はちょっとまったりした話を。楠木坂コーヒーハウスさんのところで、東亜日報に掲載されたキムチの歴史の話が取り上げられていた。東亜日報の記事を読んで、「そんなことも知らんかったのか韓国人は」という感じだ。

 いったん過去の(日帝支配の部分の)歴史を全否定しなければいけないという負い目を背負った国のことなので、しかたないことなのかとは思うが、もし「伝統」という言葉をここ1~2世紀以内の発祥物に使わないというルールなのであれば、キムチは伝統食でも何でもないことぐらい、アジアの食の歴史に関心のある人ならたいがい知っているものだと僕は思っていた。

 東亜日報の記事は「1920年代、近代化とともにキムチが脚光を浴び始めた」以上のことに何も言及していないが、1920年代というのは日本が韓国を併合した後である。つまり日帝支配下のことだ。こちらの「辛いキムチの起源」というページが、この歴史を割と中立的に述べているのでご参考まで。

 それと、これはソースがうろ覚えなので確からしいかはちょっと自信が持てないが、もともとあった塩漬け白菜などの漬け物に唐辛子粉とにんにく、ニラ、アミの塩辛などを混ぜた「キムチ」ができたのは、当時の朝鮮総督府が敷いた食料統制の影響だという話をどこかで読んだ記憶がある。

 ま、この手の「どこが起源?」ネタにこれ以上深入りしすぎるとニダニダ叫ぶ嫌韓厨が大量に流入してきてコメント欄で収拾がつかなくなりそうなのでやめとく。言いたいのは、別にキムチなんて何世紀も続いた伝統食でも何でもないってこと。

 この手の勘違いっていうのは別に韓国に限らずあちこちにある話なんだけど、特に香辛料絡みの食べ物はそれが多い。普段あまりに食べ慣れてしまったものがつい数十年前は存在しなかったという事実は、やはりどこの国の人間にとってもにわかに信じ難いことだからだろうね。

 唐辛子に限って言うと、そもそもメキシコ原産のこの香辛料がアジア地域に入ってきたのは、クリストファー・コロンブスが東インド諸島を発見した際に手に入れた唐辛子を本国スペインに持ち帰ったのが15世紀末の1493年。その後16世紀初頭にインド・東南アジアへ伝わり、1542年にポルトガル宣教師が九州に持ち込み、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に韓半島にも伝わった。このへんの詳しいくだりはWikipediaの「唐辛子」の項を参照。

 アジア各国に唐辛子が流入したのは16世紀から17世紀にかけてだが、現在唐辛子を使った各国の代表的な料理ができたのは、もっと後になってからのことだ。唐辛子料理の歴史が一番長いのは、Wikipediaによるとインドとのことだ。僕が直接聞いたことがあるのはタイの話で、唐辛子を使った各種の料理(トムヤムクン、ゲーン(カレー)など)が主流になったのは、150年ほど前らしいということだ。

 タイ人は唐辛子を明確に「防腐剤」だと思っていたし、今でもそうだ。もちろん辛味が好きでもあるのだろうが、何しろ暑い地域なので、唐辛子を入れた食事と入れない食事では痛みかたが全然違うことを経験で知っているのだ。

 実際、今でこそ冷蔵庫が普及したのであまりそういうことはなくなったが、かつてタイではおかずというのは3日に1回ぐらい作って戸棚の中に入れておき、食事のたびに出してちびちび食べるものだった。当然ながら、唐辛子の入ってないおかずはあっという間に腐ってしまう。そこで常温で放置しても腐らないように、ペースト状に練った唐辛子をどんな料理にもたっぷり混ぜ込むのである。

 時には、この唐辛子ペーストそのものをおかずとして食べたりもするぐらいだ。日本でかつて「味噌」が家庭の味とされていたように、タイで「家庭の味」と言えば、各家ごとに作る「唐辛子ペースト」の味のことである。

 タイはベトナムや中国の四川省などとともに東南アジア大陸部文化圏に属するので、四川や福建などの料理で豆板醤(トウバンジャン)が使われるようになったのも、おそらくそのぐらいからだろう。そして、韓国のキムチは日韓併合後。唐辛子料理の歴史なんて、インドを除けばせいぜい100年かそこいらのものである。

 このほかにも、国を代表する伝統食と見られているが実は歴史の浅いものというのも少なくない。例えば寿司なんてその典型だろう。にぎり寿司が生まれたのは江戸時代末期。今から約150年前程度のことだ。うどんもそう。小麦粉を練って細く切ったものは室町時代からあったが、かつおぶしと醤油で作っただしに入れるという食べ方になったのは、元禄時代以降だそうな。

 食べ物なんて時代とともにすごい勢いで移り変わるものなので、伝統とか歴史とか、小難しいことを言っていても始まらない。ただ、何が本当においしいか、おいしくないかだけは判別できる舌を持っていたいという気持ちはある。そのためには、やっぱり(毎日でなくてもいいから)月に1回ぐらいは金と時間を惜しまないで良いものを食べに行く、あるいは自分で作るべきかなと思う。

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2005/02/14

2005年の衝撃トレンド・属性のコモデティ化(その2)

 さて、コモデティ化の話の続編である。わざわざこのネタを2回に分けてひっぱったのは、そう、まさに今日が2月14日、バレンタインデーだから(笑)。

 前回エントリのようなことを考えていてあちこち見ていたらぶち当たったのが、catfrog氏のブログの一昨日のエントリである。「美人のコモデティ化」という、強烈なタイトル(笑)。お察しの通り、切込隊長ブログの2月12日のエントリ「性格の悪い美人」へのカウンターエントリであるが、隊長のエントリがタイトルに何のひねりもなく、当たり前すぎる話で終始しているのに対し、catfrog氏のこの記事のタイトルはたったの9文字の中に近代の価値論的転倒が包含されている(柄谷行人風)。

(16:45に続きを追記しました)

 しかも、衝撃的なのはタイトルだけではない。catfrog氏ご本人はおそらくネタのつもりで書いているのだろうが、内容がただのネタ・瞬間芸に終わらず、筆者の意図を超えて時代の真実を深くえぐっている。この記事は、もしかして「2005年のアルファブログ」のノミネートエントリになるんじゃないかと予感するほどだ。

 美人という属性がどうコモデティ化しているのかはcatfrog氏のエントリを読んでもらうとして、これが意外にも的はずれと言えないのは多くの人が感じるところではないだろうか。実際、catfrog氏のエントリのコメント欄にも激しく共感した女性からのコメントがいくつか寄せられている。

 catfrog氏によって「美人のコモデティ化」の例証として挙げられているのが谷(旧姓:田村)亮子であるが、僕はここに紀宮清子様(サーヤ)も加えておきたい。catfrog氏の、「酒井順子は『負け犬の遠吠え』の中で美醜に一切触れていないが、負け犬が負け犬たる主な理由が(R30注:不釣り合いに)『美人』だったことをなぜ言わない」というのは、非常に鋭い指摘だと思う。

 このエントリのコメント欄が、また面白い。

 「『亮子が結婚できたのなら、私は10回結婚できるはず』と思っている負け犬は多いと思います。」とか、「彼氏いない歴○年の一見カワイイ、モテ(でもつき合った男はことごとくだめんず)な友達が、別の友達に紹介してもらった男を『私ってこの程度なの?!って感じの人だった』と言っているのを聞いて複雑な気持ちになった」とか、なんつーか怪気炎が立ち上っている(笑)。

 このエントリを読んで、マーケティング的にR30が思うこと。

  • 「美人属性」のコモデティ化というのは、東浩紀が「動物化するポストモダン」の中で論じた、2次元キャラのデータベース化・パラメーター化が、3次元空間(笑)に拡張された結果ではないか
  • かつて男性は金&権力、女性は美貌という、互いに入手不可能な価値物の贈与が成り立っていたが、女性が金(収入)を手に入れてしまったがゆえに「美人属性」は(常に"等価"交換される)贈与価値でなく取引上の一条件に成り下がり、その価値を細かく値踏みされざるを得なくなったのではないか(つまり、「収入がこのくらいある人ならこの程度は美人じゃなくても…」などのトレードオフ要件としてもデューデリ(資産査定)されるようになった)
  • 世間的に離婚が当たり前になり、結婚当初の一時的な交換価値よりも再販価値(Resale Value)や生涯価値(Life Time Value)が重視されるようになり、俗に言う「3日で飽きる」美人属性よりも「一生続く」他の属性に評価ウエイトが移っているのではないか
 ちなみに、catfrog氏のエントリでも触れられているように、その「契約後のサービス品質」とは、まさにコミュニケーション能力のことだと、僕は思う。

 とりあえず、ここまでアップ。コモデティ化を回避する戦略(笑)については、後ほど追記します。

(16:45追記)

 さて、それでは「美人」という属性のコモデティ化が及ぼす影響及びそれに対処する戦略について、少し考えてみよう。

 前のエントリで挙げたHPやソニーに見られるような、いわゆる「○○商品がコモデティ化した(技術的・デザイン的優位性を失った)」という事態と根本的に異なるのは、「美人」という属性それ自体は独立した商品ではなく、「声音」「収入」「コミュニケーション能力」といった他の属性・能力とともに、1人の個人に属するものであるという点である。

 つまり、「美人」属性そのものは今や安定的(メガネやプチ整形によって価値が大きく変動したりしない)かつブラックボックスな(製造プロセスを独自技術等によって完全に隠蔽できる)ものではなくなり、他の属性によってトレードオフされたり、あるいは資本の投入によって加速度的に生産量(美人度)を高めることが可能(つまりeconomies of scale:規模の経済が働く)になっている。

 したがって、極めてボラティリティの高い「美人」属性に対して、正面から資本の力でもって差別化(例:グラビアアイドル)したり、速度での差別化(例:ガングロ→色白→メガネなどへの急速展開)したりできない個人は、なるべく技術リスク(陳腐化)や信用リスク(毎週の合コンで彼氏ゲット)の高い領域から抜け出して安定化させ、その上で他の属性のバンドリング戦略による経済性(モテ)を獲得した方が良い、ということになる。

 つまり、滝川クリステル真鍋かをりクラスの人はともかく、普通の女性がメガネで美人度を上げるなどというリスクテイクをしてはいけない(男性側からも同じことが言える。結婚というsubscription方式の契約に対し、「美人である」などというvolatileな価値を対価として想定してはいけない)というのが、マーケティング戦略から導かれるセオリーと言えよう。

 ちなみに蛇足ではあるが、「美人」属性のボラティリティ・リスクをavert(回避)するためには、当然ながらより変化幅の小さい、あるいは経験曲線の働く属性を選び、強化することが重要だ。

 その代表が「コミュニケーション能力」である。その強化が必要である、ということ自体はあちこちでさんざん言われていることだが、ここでマーケティング・コミュニケーションの手法に基づいてそのプロセスをまとめると、やらなければならないのは以下の3つである。(参考:マーケティング・コミュニケーションの役割

(1)認識(cognitive)の段階
 まず、こちら側の情報を開示(disclosure)し、相手に認知を求める。一般に向けたdisclosureを「マス広告」、個別の顧客に向けた選択的なdisclosureを「販促」あるいは「ターゲット広告」と分類できる。コストを低廉に抑えるためには、早期に顧客の嗜好を把握し、マス広告からターゲット広告へステップを移すことが必要

(2)情動(affective)の段階
 ある程度こちらの情報に関心を持ったことを把握できたら、次に感情部分の結びつき(linking)を強化して「何となくいい感じ」という選好(preference)、そして「好き」という確信(conviction)へとステップを踏ませる。Linkingを維持するためにも、同一のcommuityへの所属を促す(あるいはこちらが所属する)は非常に重要

(3)訴え(conative)の段階
 相手がこちらの価値を認め、比較対照されている競合製品がない(あるいはあったとしても決して売り負けない)ことを確認し、購買決定へ向けて最終的な訴求。つまりプロポーズ

 聖なるバレンタイン・デーということで、世の中には(1)や(2)の段階にさしかかっている人がたくさんいると思いますが、50年以上昔のマーケッターが考えたこの普遍のセオリーをもう一度復習して、がんばってください(笑)。

11:13 午前 経済・政治・国際 コメント (11) トラックバック (10)

2005/02/13

2005年の衝撃トレンド・属性のコモデティ化(その1)

 前のエントリでHPの話を書いたら、コメント欄に「両社のテクノロジーライフサイクルの考察を」とか「マーケッターとしての明るいビジョンを」とかのリクエストをいただいた。

 ここはマーケッター的な人あるいは社会事象をマーケティング的にウオッチするブログであり、管理人自身がマーケッターなのではありません(笑)。したがって後者のリクエストにはたぶん応えられないが、前者についてはちょっと書いてみようかしらと思って下調べをしていた。

 ところが、ネットをあちこち徘徊していた僕の前に、チンケな経営戦略論など吹き飛ばしてしまう、超衝撃的なエントリが現れた。ここではそれをご紹介したい。

 その前にまず、僕が前エントリへのレスとして考えつつあったことを(もったいないので)簡単に述べておく。HPとソニーのテクノロジーライフサイクルについてである。

 この問題は、一言で言うと「コモデティ化」の問題である。ちなみに、「コモデティ化(commoditization)」は、昨年から今年にかけてのIT分野での大きなキーワードの1つである(詳しくはCNETの渡辺聡氏の昨年7月20日の記事「コモデティ化するソフトウエア(2)」でご覧いただきたい。ちなみに、渡辺氏はHPについても昨年10月19日に「HP、M&Aから二年過ぎて」という記事を書いている。ご参考まで)。

 さて、僕は前のエントリで「HPとソニーはどこか似ている」と書いたが、コモデティ化への対応という点から見ると、1999年以降の両社が取った戦略はむしろ微妙に対照的である。

 フィオリーナ氏がCEOに就任した2000年当時、HPの主力商品はプリンター(インクジェット及びレーザー)、PC、サーバーの3つで、同社はこのうちレーザープリンター以外のほぼすべての商品で低価格競争に直面しつつあった(レーザープリンターは、本来最大のライバルであるはずのキヤノンからエンジンのOEM供給を受けることで「握って」いたため、まだ本格的な叩き合いにはなっていなかった)。

 商品がコモデティ化し、市場がコスト競争に突入すると、たいていのマーケッターが「商品の差別化・付加価値によるコスト競争からの離脱」を画策するが、僕の知る限り(デジタル分野に限らず)この戦略で成功した企業は1つもない。経験的に言って、コモデティ化する市場で生き残る戦略は、以下の2つに1つである。

  • 同等以上の機能・利便を全く異なるアプローチで実現する画期的な技術革新を生み出して、元の市場をスプリット(分割)するか、あるいは消滅させる
  • 調達・生産から流通機構までを徹底的に効率化し、究極のローコスト・サプライチェーンを作って勝ち残る
 後者はもちろん、PC市場におけるデルである。また前者の戦略の典型例は、たとえばオーディオプレーヤー(ミニコンポやCD、MDプレーヤーも含む)の市場に対してアップルがiPodで参入したアプローチなどが挙げられるだろう。

 ちなみにこの2つの戦略は、一度に両方をとってリスクをヘッジすることはできない。なぜなら画期的な技術を開発しようとすると莫大な研究開発投資が必要だが、それをすれば既存商品の価格に開発コストを上乗せせざるを得なくなり、ローコスト=ロープライスでなくなるからである。

 その意味では、大企業がコモデティ化市場で生き残るための方策として最も正しい戦略は、キヤノンや船井電機のやり口である。いわく、サプライチェーンのオペレーション効率化に全精力を注いで莫大なキャッシュを内部に蓄積し、どこかのベンチャーが次世代の市場を作りそうな技術を生み出したのを見つけたとたんに、その企業ごと買収する、あるいは提携、出資するというものだ。

 いずれにせよ中途半端な研究開発への注力は、コモデティ化市場におけるプレーヤーにとっては即死につながりかねない。HPのフィオリーナ氏は、このことに気がつくのに1999年から2001年までの2年間かかったが、2001年にcompaqを買収して何とか会社を生きながらえさせるのには成功した。僕のような外野にとっては「つまんない、普通の会社」に成り下がり果ててしまったけれども。

 一方のソニーである。ここまで読んでいただければ分かる通り、ソニーの商品展開するデジタル機器の分野は、法人向けの多いHPよりもさらにコモデティ化の激しい個人市場である。当然ながら、最先端の技術開発戦争が起こっている分野以外は、どんどんコモデティ市場の戦略へと切り替えていかなければならない。

 2000年の当時から「最先端の技術開発戦争」がどこかは、誰の目にも明らかだった。ゲーム機である。一方「それ以外の分野」も明らかだった。テレビやビデオカメラ、PCといった分野である。

 ソニーは「技術のソニー」を標榜しているからコモデティ化市場ではうまくやれないのではないか、と思う人もいるだろう。でもそんなことはない。ソニー製品がコモデティ化して高い利益率を稼いでいる商品分野はちゃんと存在する。たとえば、「オーディオケーブル」である。

 知る人ぞ知る世界だが、ソニーは量販店などで売っているオーディオ用各種ケーブルの7~9割のシェアを握っている。完全に枯れ果てた典型的な「コモデティ」の市場で、ソニー以外のプレーヤーがいないからだ(最近、松下が目を付けて再参入してきているみたいだが)。

 でも、テレビやビデオカメラといった、ソニーの「看板」だった商品までがコモデティになったとは、ソニーの中の誰も信じたくなかった。だからその効率化を自分でやるのではなく、ソレクトロンなどのEMSに工場ごと売り払ってしまい、結果的にコストハンドリングの能力を大きく下げてしまった。これが現在のソニーとHPの根本的な差につながっていると思う。

 渡辺氏がCNETのコラムで書いているように、現在のHPの課題は個々の製品分野でのコスト競争力から、その上部でインテグレートされた価値を生み出せるかということ、言い換えれば「製品・事業間のシナジー」は何か、HPらしいソリューションとは何か、というところに移ったと言える。その意味で、フィオリーナ氏が画策していたと言われる(おそらくプリンタ、PC、サーバ+その他への)会社3分割案というのは、間違った道だと取締役会に判断されたのだろう。

 一方のソニーの喫緊の課題は、(擬似的なものでもいいから)会社を分割することだと僕は思う。昨今のソニーの社内事情を漏れ聞くに、あの会社は社内のカンパニー間の風通しは異様に悪いくせに、カンパニーをまたがっての派閥争いが存在し、どこかのカンパニーが良かれと思って新商品を出そうとすると、突然他のカンパニー(の派閥)から横やりが入るみたいな風習があるらしい。

 そのくせ、クオリアみたいな利益の出るわけがない狂気のプロジェクトでは、平気でソニーのコア技術を他社の機器でも使えるようなものを発売したりもするものだから、企業としてのフォーカスというか、判断基準が完全に狂っているとしか言いようがない。昔、アイワが売り上げを伸ばすために携帯用ウォシュレットを発売したのと似たような状況に会社全体が陥っている。

 あの状態を解決するには、「コモデティ化市場の商品」と「そうでない商品」に会社を完全分割し、いったん徹底的に独立採算を追わせるしかないと思う。実際、外部企業とのJVに切り替えた携帯電話事業(ソニー・エリクソン)は、3年で見事に復活したわけだし。

 いちいち外部企業とのJVにしなきゃいけないというのも屈辱だけど、少なくとも調達・生産(EMCS)-商品企画・マーケティング(本社)-販売(SMOJ)-アフター(EMCS)という、サプライチェーンをずたずたに切り刻んだ水平分業制は止めて、いったんカンパニーに生産から販売までの全権限を委譲したほうがいいんじゃないか。さもないと、生き残れる最低限のサプライチェーンの競争力さえ自前で作れないまま野垂れ死んでしまう。

 ちょっと難しい話が続いたので、今回はここまで。

02:22 午前 経済・政治・国際 コメント (5) トラックバック (3)

2005/02/12

マスコミっていうのはくだらない意地を張るのが好きな人たちである件について

 普通に考えればこのタイミングですごい視聴率が取れるはずのほりえもんの出演番組の放映を突然拒否したフジテレビ首脳の香ばしさ加減もたいがいなわけですが、再びここに ネ申 王見 わ る 。

 NHK、一転生中継・ラグビー日本選手権(NIKKEI.NET)

 …マジでこういうアホな理由で、ギョーカイ内輪同士の泥の投げ合いに何の関心もないラグビーファンの視聴者を困らせるの、やめてください。ホントに。あなた方は本当に「みなさまのNHK」なんですか。この嘘つきめ。みんな、こうなったら受信料支払い拒否だ~!!!(嘘

12:43 午後 メディアとネット コメント (4) トラックバック (4)

手帳と品質管理と私。

 ぼんやりあちこちのブログを見て回っていたら佐々木かをりの「ミリオネーゼの手帳術」について書かれた橋本大也氏のブログにぶちあたる。手帳術ねえ。そう言えば1月に転職してから、まだ新しい仕事の時間管理ルールをきちんと決めてないなあ。どうしたもんか、悩む。

 スケジュール管理とはその人の職業観、仕事観そのものであるという、読んでもいない佐々木氏の著書の主張に激しく同意。よく言われる話だが、時間だけはどんな大金持ちにも貧乏人にも完全に平等に与えられた資産であり、それをどう生かすかはその人の人生観そのものでもある。

 記者時代、僕はPalmですべてを管理していた。元々は高橋書店の手帳だったのを、2000年末にすべてPalmに移行した。なぜ移行したかというと、僕の入社以来書き貯めた100冊以上の取材ノートはすべて時系列で書かれていて、スケジュール帳はそのノートの「目次」になっていたからだ。Palmはスケジュール、ToDo、メモ帳など端末内のあらゆるコンテンツをキーワードで検索できる。これがめちゃくちゃ便利だった。

 例えば、ある企業で大きな事業再編があったとする。確かあの会社の再編される部門のトップに会って話を聞いたことがあったような気がするが、もう何年も前の話でしかも何を言ったか正確には覚えてない。そういう時、その企業名でPalmのスケジュールを検索する。すると、その人と会った年月日が出てくる。それを見て、その時期のノートを机の中から引っぱり出してページを繰っていくと、その人物との会話内容がそっくり出てくるという具合だ。

 僕の知っている優秀な記者は、みんな何らかの形でこうした「過去の取材記録」を即座にたどれるような仕組みを自分で構築していた。だてに年を取らないというか、そういう心がけがちゃんとある人とない人では、何をやっていてもいつの間にか大きな差がつく。

 これまで10年かけて、僕は割としっかりそういう仕組みを作って来た。でも転職してから、その"型"ががちゃがちゃに変わってしまった。

 新しい会社では、スケジュール管理のグループウエアASPが導入されていて、誰もがすべてその上で自分のスケジュールを公開している。透明なのはいいのだが、ウェブベースの管理が前提になっていて、個人の端末に落として書き加えたりToDoと一緒に眺めてひねったり、つまり「自分の時間」の部分を機動的に管理できない。

 じゃあ会社とは分けて個人スケジュールを手帳とかで管理すればいいじゃない、と言われそうだけど、会社のスケジュールは他人がどんどん追加したり時間を動かしたりしてくるので、シンクロさせるのが面倒だ。しかも持ち歩き用に手帳を持つというのならまだ意味があるが、そのグループウエアASPは携帯電話からも閲覧・操作できるので、手帳を持ち歩く意味がますます薄れる。なのにPalmとはシンクロできない。ぐああああ。

 あと、新しい会社の仕事は記者時代よりもっとタクトが長いし、急な仕事というのがあまり入ってこない。だからギチギチとスケジュール管理をする必要があまりないのだが、一方でアウトプットは記者よりはるかにレベルの高いものが求められるので、相当きちんと脳内で工程管理をして取り組まないと、品質面で要求されたレベルを満たせないリスクが高まる。

 見回してみると、そういう意味でのコンテンツの品質管理をやっている人というのが、周囲にあまり見あたらない。つまり参考になりそうな事例があまりない。困ったものだ。脳内品質管理を高める方法というのは、佐々木かをり氏の言うような「時間を分解して管理する」ことよりも、細切れの時間をなるべく減らして統合する方向に解があるような気もするんだけど、いややっぱり1つのタスクを個人の中で段階的にバラバラに分解して細切れに時間に割り当てていかなければいかんのかな。そのへんもまだよくわからん。うーむ。

 というわけで、しばらくは試行錯誤が続きそうな予感。だれか高度にコンセントレートされたコンテンツ制作を脳内で品質管理するための良い方法があったら教えてください。

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エキサイトブログニュース萌え萌え

 ニュースにくだらないエントリ入れるなとかいいんじゃないのとか、ご近所同士馴れ合って盛り上がりまくってるわけですが

 僕の理解だとこれは栗先生仕掛けたところの「エキサイトブログニュースのブロガーたちがタイトルでリレーコラム書く企画」と理解してたんですが違うんですか?(ぉ

 前にも書いたように(というか、このエントリがそもそもの火種だったようにも思うのだけどそれは自意識過剰かも)、僕は別に「どうでもいい」とか思っているので今さらどうこう言いませんが。「英国~」とか「雅楽多~」とかの見出しをヘッドラインの中に入れてるのも、それはそれでエキサイトの運営者側の判断だと思うし。

 ていうか、「あのブログだからタイトルは引っかけだ」とか、「あのブログはタイトルがつまんなくても読みでがある」とか判断してもらえればいいなと思ったからこそ、ブログのタイトルの前に短縮表記つけようぜ!っていう話になったんだと思ってたんだけどなあ。

 だって、前者の場合はタイトルをクリックする前に後ろの小さな薄い文字で書かれたブログ名を見れば分かるけど、後者の場合はタイトルの後ろの見えづらいブログ名を、目を細めて見ていかないと見えないでしょう?え?そんなことしてる奴いないですかそうですかサルマタ失敬。

 でも、少なくともR30が嫌いな奴は、ブログニュースでタイトルの前に「[R30]:」って付いてるのを見て「あ、またあの他人の悪口ばかり書いてるクソブログか」ってクリックせずに逃げてくれると期待してつけたんだけどな。

 ていうかさあ、エキサイトの中でニュース見てる奴の中のさらにブログニュース見てる奴の数なんてたかがしれてるじゃん。むしろ読売新聞や朝日新聞のように、毎日思わずクリックしたくなる欲望をかき立てる魅惑的なタイトルのエントリを大量にポータルサイトに提供してもいないブログ界のお歴々が、ネットの片隅のランキングで目くじら立てて口から泡吹きながら議論してどうするよ。みんなもうちょっと英国とか雅楽多のエントリの多さを見習え。(ぐは

 というわけで、そういうご近所様の喧噪とはなるべく間を取りつつ生きていきたいと思うR30なのでした。(どこがだ)

11:08 午前 メディアとネット コメント (3) トラックバック (0)

2005/02/10

フィオリーナ会長辞任に思う、HPとソニーのたどる顛末

HPクラッシュ 理想の企業を揺るがした1億ドルの暗闘 HPのカールトン・フィオリーナ会長兼CEOが辞任した。(ITmediaニュース)

 やっぱりなあ、という諦めにも似た虚無感だけを、ただ感じる。米国資本主義の限界というか、そういう印象。新しいCEOは36年間HPにいる超ベテランらしいが、だからといってもう昔のHPは戻ってこないだろう。永遠に。

 フィオリーナ氏そのものに会ったことはないが、HPは昔からいろいろとおつき合いのあった会社だった。僕が最初にHPを取材したのは、横河電機との合弁会社だった「横河ヒューレット・パッカード」の時代だったような気がする。いや、もしかしたらもう分離していたかもしれないが…。その頃は外資によくありがちなギスギスした感じのまったくない、何とも家族的で牧歌的な社風の、良い会社だった。

 その後、1999年11月にデバイス・計測器部門をアジレント・テクノロジーとしてスピンオフ。分割後のHPはプリンタ、パソコンなどのコンシューマエレクトロニクスと、ソリューションビジネスの会社となった。

 この時、既に業界スズメな人たちは「おいおい、HPがデバイス・計測機器を分離しちゃったよ・・・これからHP大丈夫なのか?」と、眉をひそめて語り合っていた。

 HPは独自技術を重視する社風があった。というか、もともとの出自は独自開発の計測機器であり、むしろアジレント・テクノロジーこそがHPの伝統を最も受け継ぐ会社だ(松下電器製作所の本業だった電球製造が、今は松下電器でなく松下電工に残っていて、電工の人たちが「我々こそ松下の本家」と名乗るのと似たような感じかな)。実際、アジレントは今も昔の古き良きHPの社風を最もよく残している。

 のちにHPを2分割したルー・プラット前CEO(92~2000年)が「HPは独自技術、独自のやり方にこだわりすぎた」と話していたが、デバイスメーカーが独自技術にこだわらなくなったら、それこそおしまいである。そもそも、この2分割からHPの方向性が揺らぎ始めたと言っていいと思う。

 翌2000年、プラット会長は、AT&Tの交換機製造子会社だったルーセント・テクノロジーの社長で、一事業部長から会社を上場させるまでに育て上げたカーリー・フィオリーナをスカウトし、HPの社長に据えた。

 この頃のHPは、ソリューションカンパニーとして発展していこうという方向を、強く意識していたように覚えている。日本でも米国のHPラボの研究の一部を持ってこようだとか、ソリューション部隊に人員を大量採用しようだとか、そういうのがいろいろ動いているという話をあちこちで聞いた。今となっては懐かしいが、2000年にプライスウォーターハウス・コンサルティング(PwC、現IBMコンサルティング)の買収に乗り出して失敗したのも、こうしたソフト=ソリューション強化路線の延長線上に出てきたことだったと思う。

 だが、PwCの買収に失敗してから、「ソフトやソリューションでいくら頑張ってもIBMに勝てない」というムードが米本社上層部にまん延しはじめたらしく、日本でもスポットライトを浴びていたソフト研究やソリューション部隊が次々解散したり縮小されたりするようになった。んで、「むしろ一番売れていて収益も稼いでいるのはプリンターやPCじゃないか」って話になり、今度は突然コンシューマ・エレクトロニクスを強化しようという話になり、2001年後半に盛り上がったCompaq買収話の登場とあいなったわけだ。

 HPは当時、ソフトウエアでIBMがやっていたような「オープンシステム」と言いつつプロプライエタリな(IBM以外のベンダーに柔軟に開発を頼めないようになってる)システムの営業をぶち壊そうとしていて、当時革新的なアーキテクチャをいくつか提唱していた(今ではLinuxがあってそっちの方がずっとオープンだけれど)。正直、現場を取材していた僕としては、HPに頑張ってほしいと心の中でエールを送りたい気持ちが強かった。

 ところが、ハード強化路線に舞い戻ってからはとにかくひたすら安いパソコンやプリンターがバカスカ出てくるばかりで、応援する気がどんどん萎えていった。PCも確かに激安ではあったが、「ソーテック並みの値段で出されたパソコンの信頼性なんかあるわけねーだろボケが」と内心バカにしきっていたし、実際あれだけ「日本でPC、プリンターともにシェア挽回を目指す」とトップが言っていたにもかかわらず、社員の人たちからは明るい話がちっとも聞こえてこなかったところを見ると、内部は相当疲弊してたんだろうなあと思う。

 冒頭に表紙写真を載せた、「HPクラッシュ-理想の企業を揺るがした1億ドルの暗闘」という、米BusinessWeek誌のハイテク担当副編集長が書いたHPのコンパック買収にまつわるフィオリーナ会長と創業家(David W. Packard)とのプロキシーファイト(委任状争奪合戦)を描いたルポルタージュを読んだことがあるが、ここでもフィオリーナは「演説とマーケティングの天才」みたいに評価されていたと思うし、実際日本のHPの人たちに聞いた話でも「彼女の講演を聴くと感動して涙が出てくる」と言うほどらしい。人の心を動かし、ものを買わせたり働かせたり株価を上げたりすることには極めて高い能力を持つ人なのだろう。

 だが、マーケティングの天才が同時に経営の天才であるかどうかと問われれば、これは必ずしもイエスとは言えないのが苦しいところだ。マーケティングは自社(自分)に与えられたシチュエーション、制約条件の中で最大限の成果を上げることが目的であるのに対し、経営というのは自社に不足する資源(人材、お金、取引基盤、ブランドetc.)の何が足りないか、それを何年後までにどうやって補充し、育て、自らの競争力の中に加えていくかということを考える仕事である。

 フィオリーナ会長はその意味で、不世出の「マーケティングの天才」ではあったが、構造的業績悪化でアイデンティティ・クライシスに陥っていたHPに、経営という意味では何も残さなかったように思う。彼女が君臨した2000年9月から昨日までの4年あまりの時間は、HPにとって「HP Way」という過去の大きな経営の大黒柱を完膚無きまでに叩き壊した後の、"大きな空白"だったと総括されるのではないか。そんな気がする。

 これからHPは、どっちの方向に行くのだろう。技術競争力の源泉であったデバイス事業はもう今さら戻ってこないし、ローコスト・サプライチェーンのビジネス、ハイクオリティー・ソリューションのビジネス、どちらにも既にデルとIBMという隆々たる巨人がいて、今さらHPが出ていくような隙は残っていない。それに、コンパックを買ってしまったのれん代償却があるうちはPCビジネスを手放すこともできないし、「追い込まれたなあ」という印象しかない。誰がCEOになろうが、茨の道であることは事実なようだ。

 してみると、「就任当時はマーケティングの天才ではあったが業績悪化局面において何らビジョンを示せずに社員や世間からの突き上げを食らっている」という経営者では、フィオリーナ以外にも日本ではソニーの出井伸之会長がいるではないか。なんかこの2人、国も出自ももちろん性別もまったく違うのだけど、今置かれている状況というのは非常に似てるなあと思いましたですよ。

 最後に一言。でもフィオリーナ氏がHP会長を辞めたからといって、女性のビジネス界におけるプレゼンスが低下することがないように祈りたい。彼女が1人で支えていた部分は、相当大きかったと思うので。

(関連記事:ITmedia「フィオリーナ氏更迭の背景にあるもの」

09:53 午前 経済・政治・国際 コメント (8) トラックバック (16)

2005/02/09

またまたぁ、みーんなほりえもんに釣られてぇ~(笑)

 って嗤うエントリを書こうとしたら、タッチの差で言われちまいましたよ、切込隊長に。

 あっちこっちで「ほりえもんがメディア王に!」とか興奮してるブログが見かけられるが、おまえらそんなに簡単に釣られるなよ(笑)。証券市場を手玉にとる稀代の錬金術師が記者会見で言ったことを、そのまま鵜呑みに信じてどうするよ。ざっと見た感じ、冷静なのは隊長とガ島通信ぐらいかなあ。ガ島さん、あなたなら東京で経済ジャーナリストできますよ。それ以外のみんな、頭に血が上りすぎ。

 まずみんなiPodCastingとか言ってるほりえもんの「ラジオ放送とネットの相乗効果」とかを信じてるわけだが、・・・その時点でダメポ。あのさあ、ニッポン放送のウェブサイトぐらい見てから言えよな?ニッポン放送ってAM(中波)しか持ってないんだよ?つまり「しゃべり」中心の放送のノウハウしかないんだよ?パソコンやりながらネットラジオでそんなにべらべらしゃべりまくる番組なんか、聞きたくねーよ。ほりえもんが自分で言ってるんだからさ。FMもってこい、FMを。

 それにさ、「フジテレビのHPでオークションとか掲示板とかあったらそこから外に行かないだろう」って、おまえら本当にそんなこと思うか?スマ×スマやってる最中にテレビに無理矢理「ところで今、ネットで話題沸騰中の健康器具がなんとお値段1万円!!」とかポップアップ出てきたら、アクセスしますか?むしろぶち切れ、抗議電話殺到ですよ。そんなことありえねーだろ。

 だいたい、ラジオとかテレビとかっていうのは、本質的に電波利用権を持ってる以外の優位って何もなくて、ガ島通信書いてたけど「空虚な箱」なんだよ、本当に。通信と放送のことをちょっとでもかじったことがある人なら、これから広告がスカスカになってデジタル地上波の投資負担を負わされる民放キー局っていうのがどれほど巨大なリスク抱えた事業か、バカでも分かるんだよ。

 だから、ライブドアの今の事業展開の延長線上に700億円突っ込んで買う価値のあるものがフジサンケイグループに何かあるかって言われれば、それはプロ野球球団と産経新聞社が持ってる政府・自治体・株式市場などの記者クラブに入る特権、この2つぐらいしかないんだよ(あ、ちなみに球団はほりえもんの趣味ですけどねっ)。

 あと、どうせ2月後半になったら大量保有報告が出てくるから分かると思うけど、村上ファンドがライブドアに株を売ってたとしても売ってなかったとしても、どっちにしてもニッポン放送をライブドアが子会社化することはできないよ、きっと。

 詳しくは隊長が書いてるから省くけど、僕もこの会見ははっきりと「ブラフ」だと思う。だって、この状況ってどう見てもフジテレビ側にしてみれば「わざわざ人の裏庭に穴が空いていたところから入ってきた泥棒」にしか見えないわけですから。その泥棒が「えーと大変申し訳ないんですが、おたくの2階にある古いタンス、あれどうしても僕欲しいんですけどあれだけいたただませんでしょうか」って下手に出たら、「ふざけんなこの野郎」ってたたき出すじゃない~?

 でも泥棒が刃物振り回しながら「おいっ、この家の奴ら全員ぶっ殺してやる!覚悟しろ!カネの問題じゃねえんだ!」って叫んでたら、そりゃー震え上がって「どうか許してください、いったい何がお望みなんですか、お金と命以外なら何でも差し上げますから!」って叫ぶでしょ?(笑)

 そこですかさず「じゃあ~、あの2階にある古ぼけたタンスでももらうかな!ったく、あんな骨董品だけもらっても三文の得にもなりゃしねえんだが、今日のところはこれで許しておいてやるよ!」とか言えば、丸く収まるじゃないですか(笑)。ほりえもんも、そのあたりを狙ってるんだと思いますね。

 フジサンケイグループの中で見たら、フジテレビは当然ながらNHKを除く日本の映像分野で最強の事業会社だし、ニッポン放送は300億円しか売上がないのに1600億円の資産を貯め込んだ、フジサンケイグループの「貯金箱」。それに比べれば全国紙で堂々の5位に甘んじ続ける産経新聞と日経の足下にも及ばないクソ記事しか書けないビジネスアイ、そして底なし出版不況に沈む扶桑社なんか、700億円と引き替えなら熨斗つけてくれてやってもいいぐらいだ。

 しかも今話題のフリーペーパーだって、わざわざ産経新聞なんかタダで配らなくったってフジサンケイグループには都会のOLに圧倒的ブランド力を誇るディノス(旧フジサンケイリビングサービス)がありますから!残念!!(ギター侍長杉><)

 だーかーらー、何で誰も記者会見で「産経新聞社との相乗効果は考えていらっしゃらないんでしょうか?将来的にビジネスアイをライブドアニュースとくっつけたいといった考えは?」とか聞かねえんだよこのぼんくら記者ども!!(湯川さん除く)。というわけで、R30は「ほりえもんは記者会見で本音は一言も言わなかった」に100万トルクメニスタン・テネシ。

06:11 午後 メディアとネット コメント (6) トラックバック (23)

2005/02/08

ライブドア堀江貴文社長記者会見質疑応答

やっと終わった。ほりえもん会見要旨。ネット配信がなぜか30分ぐらい始まらず、途中からスタートしたので、全部ではありません。たぶん質疑応答の後半部分だけ、とりあえず聞き取れたメモをアップしておきます。マスメディアがまとめると思うので、それまでの間。

(18:56追記:会見終わって1時間近く立つのに、まだLivedorニュースにもPJニュースにも会見要旨さえ上がらないのって、いったいどうなのよ?)

(2/9 14:00追記: タイトルをはじめ、固有名詞で間違ってるところをちょこちょこ手直ししていこうと思ってます。トラバもついちゃったし、永久保存版にするかも(笑))

(2/9 16:20追記: Livedoorニュースにアップされた会見記録見た。これみると、前半かなり落ちてたな、ストリーミング(泣)。正確な内容確認は本家サイトをご参照ください。ここの記録はあくまで動画の“雰囲気”を伝えるために、R30のフィルタを通じてまとめられた会見記録、とお考えいただければ。固有名詞等に少し手を加えたままで、残しておきます。なお、会見の動画は既にファイルでアップされてます(300MB以上ありますが)。時間のある方は→こちらからどうぞ)

答 …プロ野球は地域密着経営に徹するべき。もうテレビとの相乗効果はなくなっている。グループ内部で2つも球団を持っているのはどうか。(注:「2つ」とは、ニッポン放送(以下LF)の持つ横浜ベイスターズと、フジテレビ(以下CX)の持つヤクルト・スワローズのこと)。

答 大和証券が持っているLF株式に対して、価格は言えないが買い取る意思はある。これまで50カ所ぐらいの機関投資家に、株を買いたいという意思は伝えた。

問 800億円の投資の回収をどうするのか。MSCB(修正条項付き転換社債)によってライブドア既存株主に対してどのようなメリットを与えるのか。

答 インターネットと既存メディアの相乗効果によってかなり大きなメリットを既存株主にも与えられると思う。CBで調達した資金の回収は、数年でできると考えている。

問 営業利益でですか?

答 株式売却益も含めていろいろ出てくるが、それで数年で回収できる。

問 LF株の売却益ですか?

答 いえ、LFさんのではなく、ここからいろいろな提携が広がってくると思うので、その中で5年のスパンで十分回収できると思います。

問 LF株の保有シェアはどのくらいが目標か?

答 現時点ではどこまで買い進むかは言えない。市場次第ということもあるし、出てこなければそれまでだし、今日も買っているけれども、買えれば買います。

問 CXがTOBの価格をつり上げてきたら応じるのか?

答 CXのTOBには、今の時点で応じたら損するので応じませんが、今後応じるかどうかは状況次第で考えます。

問 CX本体への出資は?

答 CX本体を買うのにはね、結構カネがいるんですよ。それと、ある程度の比率買わないとがっちり組めないし、マイナーシェアホルダーだと相手にされないしこっちも気合いが入りませんので、がっちり組めるところというのでLFさんを選ばせてもらいました。

 (LFは)PBRも1倍近いってことで、リスクもある程度限定的。25%保有するCX株だけでも1000億以上の価値がありますし、その他もろもろ換金できそうな株や現金なども持っているので、もちろん市場のことですし明日何が起こるか分からないけれども、それで万が一大損こいたら私もクビになっちゃいますけれども、一番安全な、放送局なら何でもいいというわけではなく、下落リスクの一番少ないLFを選ばせてもらったわけです。

問 800億のCBは全部LF株のためか?さらなる調達も考えるのか?

答 今まで約700億円投資しております。800億円の資金というのは、開示しておりますようにM&A資金に使うということなので、LF株に限ったことではないが、大部分をLF株に使わせてもらっています。

問 CXとのシナジーは?

答 先ほど言ったのと同じですが、CXは100%近いリーチがあるわけです。1ヶ月にテレビを見ない人は全くいない。僕だって見ます。LFのラジオだって20%ぐらいあるわけです。でもインターネットのリーチは全然そこまでいかない。ところがCXのウェブサイトには全然番組以外の情報が載っていない。そこにウェブメールや掲示板やコミュニティーがあれば、ユーザーさんは外部に流れていかないと思うのです。

 ユーザーさんはこれまでテレビやラジオとダイレクトなコンタクトをできなかった。でもこれからメディアがユーザーとダイレクトに接するものを作っていけば、広告収入だけでなく、新たな収益源を見つけられると思う。ユーザーのアカウントを持つことによってEC、金融、オークションなどの手数料収入を得られるようになるのではないかなと。コンテンツも、ディストリビューターを通じてしか販売できなかったものが、ダイレクトに販売できるのではないかなと思っています。

問 TOBについて、売っただけで得するような状況になれば売るのか?

答 基本的には、フィナンシャルインベスターではなくて、事業提携を前提とした投資ですので、長期保有が前提です。短期で売ったとしても超過利益が出ても会社に返さなければならないということがあります。絶対短期で売らないということは言えませんが、今のところは長期でがっちり事業提携をしていきたいなと思っています。我々はLFの大株主として、LFの価値向上、フジサンケイグループと関係強化に努めていきたい。

問 MACコンサルとの関係を教えてください?

答 村上氏の関連ファンドは、最後に開示開示された書類によれば、20%ぐらいを保有していると言われてまして、その時点では筆頭株主なので、我々もお話を聞きに行っております。村上氏は、LFがTOBによって上場廃止の可能性があるならば、売ると言っています。引き続き大株主として残る可能性もあるとは思うが、我々の方では先月(1月5日)に20%、ということしか把握していない。

問 1月5日だと18.57%だと思いますが?MACの持ち株比率は。

答 そうですか?あ、私がちょっと勘違いしてました。

問 時間外市場取引で相手が分からない、ということを考えると、小口株主の株を買い集めたというより、ある程度大口の株主からと考えた方が良いように思うが、もちろん大量保有報告書が出れば分かると思うのですが、せっかくですからそれが出る前にどこから買ったか教えてくれませんか?

答 それ(29%の株式)をどこから買ったかは、全然分かりません。我々の事業資金の調達は日々柔軟に調達しております。その中でたまたまLFの株価がTOBを上回っていたので、売り出しが出るのではないかと思ってはいた。ただ、昨日の時点で誰が売りに出したのかは我々にも全然分からない。資金調達も今朝の取締役会で決議したものなので。LFの株価は日々チェックしていて、たまに大きな売り出しがあったらチェックして買っていたが、今回たまたま大きな割合を買えたということです。

問 LFはベイスターズの株式を30%持っているとのことだが、プロ野球球団を持つための買収だと考えていいのか?

答 プロ野球球団が主というわけでなく、たまたまLFがベイスターズ株を持っていた、CXがスワローズ株も持っていたというだけの話。それはたまたまの偶然です。

問 プロ野球球団を持つのが夢とおっしゃっていましたが、それとは別ですか?

答 そうですね。たまたまそうなったということです。

問 CXもトレソーラとかいろいろブロードバンドのメディア配信をやってきているが失敗してる。ライブドアはそれをうまくできるのか?

答 だから僕はさっきから何度も言っているけれども、メディアのウェブサイトにメディアの情報しか載ってないのはおかしいと、僕はそう言っているわけです。もしそこに掲示板や天気予報など、何でも載っていて、そこだけ見ていればいいということなら、お客さんはそこだけ見るようになるでしょうということです。

 インターネットはまだ15%を超えたばかりの普及率で、これからクリティカルマスを超えてのびていくところなんです。そのときにCXやLFがポータルサイトを持っていれば、リーチ100%とかなわけですから、もっと伸びるんじゃないですかと言いたいんです。そういう、膨大なリーチがある放送局が、ウェブサイトをヤフーみたいにかえたら、相当大きなことができるんではないかなと思うんです。我々がこれまで作ってきたサイトの機能を、それと合体させれば、緩やかなグループというか、その価値は大きく上がるんではないかと思うんです。

 LFとうちの時価総額合わせても5000億円ぐらいしかないですけど、ヤフーさんは4兆円の時価総額があるわけです。8倍の時価総額になったら、株主は大喜びですよ。我々は株主のために経営してますので、株主のためにいろいろな施策を打つ中で、LFの株を大量に取得すれば大きく価値が上がるんではないかなと思っています。今までのLFさんとかCXさんとかの戦略が間違ってたとは思いませんが、僕だったらもっとうまくできるんじゃないかなあと思います。

問 LF、CXの番組そのものへの影響を及ぼすことは?

答 僕らは動画コンテンツも音声コンテンツもそんなに詳しいわけじゃないので、今やられている方がいい方法を考えているんじゃないかと思うんですね。ただ、インターネットというメディアが、新聞にしろ雑誌にしろいろいろと変えていっているんじゃないかと思うわけです。人々のライフスタイルが、時間の使い方が変わっていると。HDDレコーダーはインターネットが作り出した製品だと思うんですよ。あれは中身、PCですからね。最近ソニーさんが面白い商品を多数出されてますけれど、ああいうテクノロジーはインターネットが育んできた、インターネットなしに生まれ得なかった機器なわけです。

 それがテレビに大きな影響を与えているんですよ。もう1週間分のテレビを全局分録画できるわけです。それってテレビの根底を揺るがす事態じゃないですか。今はいいですけど、それにあわせたコンテンツ作りの方法を考えていかないと、彼ら(人々)は5万円で1週間分のテレビが全部録画できる機械が出たら、それを買って、(テレビの)ビジネスモデルは崩れちゃうじゃないですか。

 ミニFM局だって、今までは数百メートル範囲内しか聞いてもらえなかったのが、今や全世界の人たちに聞いてもらえるわけじゃないですか。そうすると、安いハードが買える時代になれば、我々が助言していかなきゃいけないところが出てくるんじゃないかと思います。

問 コンテンツの内容とか論調についてはコミットするのか?

答 コミット?何にコミットするんですか?それ、どういう主旨で聞かれてるんですか?それ(番組の内容)は視聴者と経営陣が決めることでしょう?見てるひとたちが喜ぶ放送をやっていけばいいんじゃないですか。当然現場の人たちが、視聴者の声に耳を傾けて、みんなが喜ぶような報道、放送をしていくのが役割なんじゃないですか。それをこうだと決めつけてやるようなことは、今の人もやってないだろうしやるつもりもない。視聴者本位でやっていけばいいと思います。

問 資金調達については?CBでの調達はこれからですか?

答 今日の時点で700億のキャッシュなんか我々持ってません。すべてがすべてとは言いませんが、CB発行で調達した資金の大部分をこれにあてます。

問 CBを引き受けた機関投資家はどこなんですか?

答 引き受けはリーマンブラザース1社です。

問 LF株取引はToSTNeT1で取引されたとのことですが、そんな規模の株をそこで市場外で取引できるんですか?アレンジャーや事前の申し合わせがあったのでは?

答 LF株を売りたい意向があるというのは、村上ファンドもそうですが、TOBより高い値段であれば売るつもりがあるという話は、他の株主さんからも聞いていました。

問 それで時間外取引で、事前に何の話もないまま株が出てくるわけないですよね?

答 それは証券会社さんのご協力などがあり、それが今日の朝ToSTNeT1で出てきて、それに対して我々が買い注文を出したということです。

問 リスク限定のPR効果を狙っただけなんじゃないですか?

答 そんなこと、ありえないですよ!そんなことだけで、こんなリスクとれないですよ!800億もCB出すんですよ。私だって人生かけてます!転売なんかしたら、我々が損します。こういうのはそのまま返したってフィー、手数料ってものが発生するじゃないですか。それも何百万円とかのレベルじゃないですよ。何億ですよ。それをどぶに捨ててまで、こんなことやりませんよ。

問 CBの件ですが、株への転換を前提としているんですか。リーマンが転売する可能性はないのか。また、堀社長所有の株を貸し株に出すことが書かれてますが、それはなぜか?

答 CBは限りなくボンドに近いですが、株式に転換されることを前提としています。リーマンから(ボンドのままで)他社に転売するということは、リーマンが転売できるような契約になっていませんので、必ず少しずつ転換して株として売り出してもらうような約束になっています。CBのままの転売はないです。貸し株は、早期に転換できるようにするために、渡しています。リーマンがつぶれたりするようなことがあればなくなっちゃうけど。

 私募CBによる資金調達は、株価が大きく下がるというリスクが通常の公募増資に比べて少ないです。リーマンさんにとっても株価が上がる方がメリットが大きいので、株が上がるような感じで売り出していってくれると思います。

問 フジサンケイグループの経営陣から激しい抵抗、反発が出た場合どうするか?

答 我々の提案はフィナンシャル・インベスターとして会社バラバラにするぞということではないので、我々は第6のメディアとしてのインターネットを強化していくことでお互いのメリット、未来への展望が開けるんじゃないかと。我々はポジティブなディールだと思っています。LFの経営陣には今日説明させてもらいまして、今TOB中なのでコメントできないとは言われましたが、にらみつけられたりという感じではなく、にこやかにお話し合いができて終わりました。

問 過去にソフトバンクの孫氏が20%程度持って大騒ぎになりましたが。

答 あのときは20%か、そのくらいでしたが、今回は35%ですので、ちょっと対応が違うのかもしれませんね。

問 ちなみに孫さんとはお話されてるんですか?

答 いえ、孫さんとは僕、5年前に会って以来会ってませんから。

問 LFをライブドア放送に変えるつもりは?

答 (苦笑)そういうのはないです。

問 CXのTOB価格が上がったら?

答 我々、6ヶ月以内に転売したら、会社に利益を返さなければならないというルールがありますので、短期で転売するつもりはありません。

問 CXが50%以上の株式を集めて、提携を拒否してきた場合はどうするんですか?

答 現時点では、そこは考えてません。その時にまた考えようと思います。

問 CXはTOBを阻害していると受け取るかもしれないと思うのですが?

答 現状、TOB価格を実際の株価が大きく上回っているわけですよね。我々のせいだ、というかもしれませんが、それは断定できないと思うのですよね。…まあある程度のポジションを資本提携によって取得しないと、やっぱり気合いが入らないですよね。我々はいつも気合い十分なんですが(笑)、そういったものを考えるとこういう方法しかなかったのかなと思いますね。CXさんにも、これから話し合いをしていろいろなご提案をしていきたいと思っていますし、我々の株主にとってもLF、CXの株主にとってもウィンウィンの構想だと思っています。

問 CXのオーバービッドあるいは自社株買いがあった場合、LFは抜け殻みたいになっちゃうと思うんですが?

答 まあ、そうなったとしても、ある一定の価値はあると思いますよ。CXが自社株買いをしても、思っていたほどの相乗効果は出ないかもしれないですが、それでも投資した現金に見合う以上の利益は出ると思います。もちろん、今のままがいいんですけど。

問 メディア・野球ポータルというのはSBに似ているが、SBが力を入れているインフラ事業に興味があるか?

答 インフラに興味がないといえば嘘になるんですが、それには大変なお金がかかるでしょうと。それに対してインターネットは、全部フィックスの定額課金になっていくわけです。それに対して、1000億とかの投資をしても、以前ほどのリターンは返ってこないんじゃないかと思うんです。フィックスレートでしかリターンが見込めないのであれば、何千億の投資は怖くてできない、何十億ぐらいならやるかもしれませんが。実際WIFIの無線アクセス網の提供は我々の事業プランの中に入っていますが、一から携帯電話網に投資して手がけるということはあり得ないと思います。ただ、欧州のヴァージン・モバイルのような、ブランドだけ使ってインフラ投資をしないという計画ならばあるかもしれませんが、今の時点で携帯電話事業に出て行くつもりはありません。

問 楽天とライブドアのECを比べると楽天の方が大きいです。一方、CXはディノスなどの事業を持っていますが、これからの見通しは?

答 ラジオショッピングなどは直接効果はあるでしょう。そこで直接アピールできればECの効果は上がっていくと思いますし、CXと連携すればディノスさんのサイトも強くできます。今3500店ぐらいオープンして、4月ぐらいには1万店ぐらい入れる予定ですので、品揃えも充実してきてます。そこからラジオ・テレビとの連携効果は期待できると思います。
(会見終わり)

06:02 午後 ニュース コメント (3) トラックバック (29)

もう1人のR30が

 ブログ界に登場したらしい。「50代で財をなし、70代まで現役を貫く予定」という、僕と違ってとってもアブラギッシュな方のようである。同じ名前同士、今後ともよろしくお願いします(棒読み)。

 MSNとYahoo!サーチでは既にテレビ番組の方を超えて「R30」でトップの座を揺るぎないものにしました。でもgoogle先生だけが、なかなか僕をテレビより上に認めてくれません。

 ところで、そういえば最近リクルートの「R25」って読まれてるんですかね?電車の中で読んでる人、あまり見かけなくなってきたけど。

 

03:31 午後 ウェブログ・ココログ関連 コメント (3) トラックバック (1)

ライブドアキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!!

 ライブドアがニッポン放送の株式の35%を取得。とりあえず読み筋を書いておく。

 isologueでも延々解説されていたとおり、ニッポン放送はフジテレビの大株主であり、以前ソフトバンクの孫社長が株を買い集めようとして大騒ぎになったことでも分かる通り、フジサンケイグループのガバナンス構造の中に突き刺さった骨である。

 それをフジテレビがTOBで買い集めて子会社化しようとしていた矢先に、ライブドアが買っていきなり35%の、経営拒否権発動できるレベルまでの筆頭株主になっていた。たぶん、村上ファンドが譲渡したんだな。ホリエモン恐るべし。

 さて、ホリエモンが何を狙ってるか、ちょっと予想しよう。

 フジテレビをどうこうしたいんじゃないだろうというのは、何となく想像が付く。というか、テレビ局の経営に口を突っ込もうというのは、以前にJ-sky B絡みでSBがやろうとして猛烈な反発を買ったのでも分かるとおり、総務省がただじゃ置かない話である。ライブドアごときの分際が総務省に喧嘩を売って得することなど何もない。

 だからそっちには出ていかないとして、じゃあ何が望みなのか。僕は、産経新聞社を買収したいんじゃないかと思う。んで、ライブドアのネットメディアとくっつけて、「東京経済新聞」(商標登録済み)を立ち上げるんじゃないか。

 本当はずっと以前から、「ライブドアはメディア事業を立ち上げる時にどっかの新聞社を買うんじゃないか」って書こうと思っていたのだ。だけど、狙っているらしい経済専門紙というのは、日本に数えるほどしかない。だから、「もしかして京都経済新聞?」とかってギャグでもかますしかないか…と思っていたわけだ(笑)。

 でも、産経新聞を手に入れれば、傘下のフジサンケイビジネスアイ(元日本工業新聞)という経済紙が手に入る。産経はリストラして朝刊だけになって身軽だから、駅配布のフリーペーパーにでもしちゃえば十分やれるだろう。経済メディアのビジネスアイは、ネット事業と統合する。そんなことを考えてるのじゃないだろうか。

 問題は、ニッポン放送株35%と引き替えという条件で、フジテレビがこれを飲むかどうか。新聞業界にとっての宣戦布告でもあるわけで、産経新聞を売り飛ばしたらフジはマスメディア業界でそうとう叩かれるんじゃないかと思うが、日経によると総投資額700億円ということだから、傘下の新聞2紙のお値段としてはフジテレビにとってほとんど破格とも言える条件でもあると思う。

 さて、社運を賭けた投資に乗り出したライブドアの今後の動きが楽しみだ。今年1年は、日本のメディア業界がそのあり方とともに大再編を迎える年になる。

(追記:isologueさんが早速解説記事をアップ。夕方4時半から記者会見とのこと。楽しみですね。)

12:38 午後 メディアとネット コメント (2) トラックバック (26)

マーケターというお仕事

 湯川氏@時事通信に「潰されない記者ブログ」というエントリで、「R30さんは(中略)頭のいい人なので、明快な論理と切れ味のいい文章でどんな批判も簡単に論破してしまうのだろう。」と評されてます。えーと誤解なきよう申し上げておきますが、僕は別に頭は良くありませんし文章も切れてません。批判も論破してません。好き勝手言いたい放題しゃべってるだけです。

 それでも炎上しない理由をお教えしましょう。批判コメントがついても、すぐに答えない。「放置」、これです。そうすると不思議なことに、必ずやそれを見かねた他の読者様がどこからか現れて、反論して下さいます。

 あと、僕の言い分を完膚なきまでに論破するようなトラックバックが来ても、それも放置。世の中の方にR30のバカさ加減を知っていただき、より正しいご意見の方のサイトへご案内できればそれが僕の本望と思ってますんで。そういうのを2ちゃん用語では「釣れた」とも言いますが(笑)。

 最近では、財務省ネタのエントリに見事なまでの反論を送ってきてくださった官僚系ブログの大御所、Bewaad氏なんかがそうですね。いやまじめな話、そういう方は素直に尊敬します。ちなみにそのエントリ、コメントは1つもないんですがついてるトラックバックが日本の経済・金融系ブロガーの英知を結集したような顔ぶれです。常人には頭が痛くなって半分も分からないかも(笑)。

 で、そんな話がしたいんじゃなくて、本題は別の話。「専門職と丁稚奉公」という、後輩と飲み屋で管を巻きながらしゃべった話をそのまま書いた(笑)エントリが、なんか予想外にあちこちで引用されているのでびっくり。世の中、何の話が受けるか分からない。それがブログの面白さ。

 そのエントリのコメント欄に、いろいろな方から人生相談のごときコメントが寄せられたわけだけど、なかなか皆さんの言葉が味わい深かった。

 その中でも僕が書いた「消費者にモノを売る会社はますます辛くなる」というくだりに反応して、消費財マーケティングの分野の人はどうなっちゃうんでしょう?という話がちょっと興味を引いたので、ここで改めて雑感を書いておく。

 よく、マーケターの人のHPとかに「ヒット商品は狙ってできるものではない」とか書いてあるが、僕に言わせれば「あんたがソレを言っちゃあおしめーよ」とか思うわけだ。それって「実は僕、無能なんですが」って言ってるのと同じでしょうに。

 実際のところ、これまで「ヒット商品」と言われたものの多くが狙ってそうなったものではないというのは、ある意味事実かもしれない。ただ、そういうヒット商品が今も生き残っているかというと、ほとんど見かけなくなっているのではないか。日本では米国より消費の回転スピードが速いと言われる。その理由を多くの人は「消費者が飽きっぽい」と言うが、僕は違うと思う。ヒット商品をブームにせず長く売り続ける、そういうマーケット・コントロールの能力が、日本企業には低すぎるのだ。

 これは、多くの日本企業で「マーケター」という役割の専門職が存在せず、事業企画とか営業推進とかいう部署の人が片手間にマーケティングをやっているのがほとんどであることも影響している。

 これらの部門はいわゆるマネジメント(管理職)予備軍の扱いであり、専門スタッフとは思われてないから、部長や部門長や役員、場合によっては社長や会長が開発中の新商品の中身などにどんどん口を挟んでくる。そいつらはみんな、当たれば「俺のアドバイスのせいだ」と手柄にしたいし、失敗しても現場の責任にして埋めてしまいたいからこそ、実質的にはマネジメント直轄でありながら、責任の所在を不明確にしやすい組織にマーケティングの仕事をあてがうのだ。

 専門職といっても、マーケターの仕事の大半が社内の様々な部門との調整やすり合わせ、根回しだったりするのは、これは当たり前の仕事である。よく学生で「マーケター志望です」とか言う奴がいて、よくよく話を聞いてみると自分の思いついたアイデアを事業にできるからというのが理由だった、みたいな話があるが、それはとんだ勘違いだ。

 マーケターの主たる仕事というのは、突拍子もないアイデアを考えつくことではない。世の中のマーケティング・コンサルタントと呼ばれる人を見ると、クリエーティビティー溢れるアイデアマンに見えることが多いが、それはほんのほんの上澄みの部分だけである。言うなれば、巨大な氷山の水面上に出ている部分というか。あれは、営業上のカムフラージュなのだ。

 マーケターが毎日やることというのは、緻密な市場調査、データ収集、エクセルでの分析、退屈なインタビューとその解析、進行中のプロジェクトの抜け穴潰し、そしてどうしようもなくわがままで理不尽な顧客対応である。業種によってはこれらのどれか1つが生活のほとんどになる時もある。

 例えばあるコンビニ向けの雑貨卸会社の話を以前に聞いたことがある。その会社の「マーケティング担当」の社員の仕事は朝から晩までパソコンに向かい、エクセルを使って商品アイテムの売れ行き動向を分析し、1ヶ月先までの需要予測と発注、取引するコンビニ各店舗への納品数を決めることだった。まさに24時間パソコンに使われる生活。そこの社員の離職率は異常に高いので評判だったが。

 ま、これはかなり極端なケースではあるが、実際ほとんどの企業のマーケティングというのは気の狂いそうなほど単調でめんどくさく、それでいて緻密さと粘着性の要求される仕事である。それを延々積み重ねて、それだけでは解決できないある段階まで到達したごくごく限られた者だけが、学生のイメージする華やかな「アイデアの飛躍」を許され、「凄腕マーケター」として世の中にその名を知られるチャンスを与えられるのだ。

 こんな大変な仕事、「専門職」としての誇りでも与えられていなければ、到底やっていけない。だから実際多くの会社は「将来経営者候補なんだから」というアメをぶら下げられた文系管理職があてがわれて、でも彼らもめんどくさくてそこまでやりたくないから「結局ヒット商品なんて狙ってできるものじゃないッスから」とか言いつつ手抜きして、それで売れないと責任をうやむやにしてどこかに埋めてしまうのである。ヒット商品が出ないのはお前らのせいだよ、そこのうやむや手抜き野郎め。

 突拍子もないアイデアを次から次へと口にし、生産部門や営業部門に尻拭いさせて遊び回るだけのマーケターを社内に増やす必要はもちろんないが、セオリーに従った市場調査やデータ分析をとことんやり抜き、マーケット・コントロールにプロとしての責任を持つ「マーケティング専門職」というのは、特に消費財を扱う会社は必ず抱えなければいけないコア人材の1つだと思う。

 ところが、日本で組織としてそういう人材をきちんと育てている会社というのはほとんどない。たいていが親方と弟子の間の口伝か、外部のコンサルタント依存かである。世界的に有名なマーケター養成企業としてはP&Gがよく挙げられるけど、僕は最近は松下電器のマーケティングの仕事が、日本企業では群を抜いて良いと思っている。マーケター志望者が今目指すなら、松下のP&Nマーケティング本部が穴場かも。

 IT関連と違ってマーケティングは組織文化として根付かせないといけないものでもあるので、新商品を作るたびにそこらのコンサルタントに頼んで間に合わせてというだけでは、長期的な企業の文化風土には結びつかないと思う。その意味で、今後は社内大学など教育研修充実のニーズは高まるだろう。

 あと、最近はIT関連の影響か、「技術マーケティング」とか言われて新技術の開発動向もちゃんと考えろとか言われるようになってきているので、勉強しなきゃいけないことは死ぬほど多い。向学心旺盛でしかも長期持続型の粘着質な努力のできる人でないと、つとまらない商売になってきているように思う。これからマーケターを目指すという人は、そのあたりをちゃんと覚悟してもらいたい。

 そう考えてみると、ブログのタイトルにうたってるにもかかわらず、僕みたいな飽きっぽい人間は、実はマーケティングって全然向いてないのかも(笑)。マーケターを観察するのは大好きなんだけどねえ。本質的に、自分にないものを持っている人たちに興味が湧くからかなあ。ま、そんなところで。

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2005/02/07

ガンダムを月面用建設重機と偽ることについて

 いろいろと忙しいので、今日は簡単なネタで。

 あんまり書いてると三菱粘着ヲタと思われそうな気もしないでもないが、それにしてもですね、これは何ですかこれは。

 どこまでもプロモーションのへたくそな会社がどうしてこんなことを突然思いついたのかとクビを傾げるが、電通あたりの入れ知恵なんだろうな。きっとそうに違いない。

 というか、元ネタはこちらでしょう。→「前田建設工業 ファンタジー営業部」 三菱君にマジレスするとだな、いきなり一番最初にガンダムそのものを選ぶっていうのは、どうかと思うよ。

 前田建設はコンスト(土木)中心で、重工の商材は機械全般だからっていうのはもちろんあるけどさあ。それにしても、いきなりガンダムは難易度高杉でしょう。どうせやるなら鉄人28号とか、タイムボカンあたりから始めればよかったのに。部材が「超軽量高剛性材料」っていうけど、僕昔ガンプラ作ったときの経験から言えば、ガンダムは腰部分の装甲がゴムみたいに曲がらないと、しゃがみ姿勢とか取れないんですが。あそこだけ部材違うんですか?

 しかも月面開発用の人型建設ロボット??ガンヲタをなめるのもエエ加減にせえよ(※注)。あれは当初から戦闘兵器として開発されたのだ。しかも月ぢゃない!サイド7だ!!それに建設機械が何で最初からビームサーベルとかビームライフル持ってるねん!!

 …はっ?!もしかして、戦闘兵器なのに「建設機械」と偽っている…そうか、このモビルスーツ開発プロジェクトを月の裏側のサイド3、ジオン公国に知られぬようにするのが、三菱重工様の狙いだったわけですねっ!!さすが防衛庁ご用達、(砲口以外から)火を噴く戦車の開発メーカーは考えることが深い!前田建設さんとは公権力の悪巧みに取り入るリアルさのケタが違う!

 ということはもちろん、地球連邦からの製造発注には対ジオン戦用プロトタイプとしてのガンダムだけでなく、量産型ジムやボールに至るまで継続が見込まれているということですね!!ではぜひ“東証のガンダムじゃなくてガン細胞”、三菱自動車を100%子会社化して市場から抹消し、モビルスーツの製造メーカー「ミツビシ・モビルスーツ・コーポレーション(MMC)」に業態・社名を変更してください!そうすれば就職希望の学生とか中途採用に応募する技術者もきっと増えますよ!いやむしろアキバ系中心に殺到すると思います!!これで自工さんも安泰ですね!!(TECHSIDE風)

 ってだれか14、15日の会社説明セミナーで質問してみてくれ。その後選考に進めるかどうかは当サイトでは一切保証しないけど。

(注:ちなみにR30はガンダム世代ですがガンヲタではありません。念のため)

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2005/02/06

専門職と丁稚奉公

 そういえば世の中は、就職活動たけなわの時期ですねえ。ついこの前年が明けたと思ったのに、早いことです。はぁ(ため息)。

 就職活動と言えばこの時期、また愚にもつかない「人気企業ランキング」などというものがあちこちで出回るわけだが、あんなもの就職先を決めるのに何の役にも立たない。就職情報サービスの会社にたくさん広告出稿した企業への表彰状みたいなもんだしね。最近は大学の就職説明会回りとホームページだけで中小企業でも結構優秀な人を集められるんだし、就職情報サービス会社への広告出すのなんか、くだらないからやめちゃえばいいのにね。

 今どきの学生に直接話を聞いたことって正直あまりないからよくわかんないんだけど、僕の時代とは全然違うってことだけはとてもよく分かる。

 僕の時代の就職活動って言えば、だいたい大学のゼミ(文系経済学部)から行くところってば都銀(金融機関)・商社・マスコミあたりと相場が決まってて、ときたま重電やエネルギーなどの大企業に行く人がいる程度。金融機関でも外資系とか、あるいは売上高1000億以下の会社に就職するなんて言ったら「ハァ?どこそれ?」みたいな顔されたわけです。

 今の学生には、そんな「大企業幻想」なんて全然ない。なんせ一番頭がいい奴が行くところはマッキンゼー、BCGなどの戦略コンサルか外資系投資銀行と相場が決まっている。そこまでいかなくてもそこそこできる学生の関心事は「どういうキャリアパスを想定して就職先を選べばいいのか」であって、大企業に一生勤め上げようなんて気はこれっぽっちもない、らしいですよ。

 それで注目を浴びるのが企業に所属しなくても食っていける「手に職のついた人」、すなわち「専門職」というキャリアなわけだが、これがくせものだ。特に、将来は出産でキャリアを中断しなければならないかもしれないと考える女子学生ほど「手に職」を求める傾向が強いと思うのだが、そもそも目に見える「手に職」っていうのは存在するのだろうかと、自分自身社会人としてつくづく思う。

 そりゃー、何十年と積み重ねたものがないとできない職業っていうのはいっぱいありますよ。医者とか弁護士とかっていう「士業」がその代表みたいなやつだし、そうじゃないものでも、いろいろあるよね。これに対比されるのが、典型的な例で言うといわゆるサラリーマン、事務屋さんとかかな。

 でも、何十年と積み重ねたキャリアがその仕事になくてはならない商売っていう定義で言うと、実は「大企業のサラリーマン」こそがまさにそれなんじゃないかっていう気がするよ、僕は。

 なぜって、大企業のサラリーマンっていうのは、毎日社内政治するのが仕事なわけだ(もちろん、生産的な仕事もちゃんとしてるけど)。偉くなればなるほど組織内の調整業務が多くなって、会議と書類作りとに忙殺されるようになる。それがいいことか悪いことかは別にしてね。

 で、そういう仕事っていうのは、たとえばシステマティックに学習可能なスキルとしての「マネジメント」を学んだところで、絶対にできない。その会社の過去何十年の歴史とともに生き、○○事業部の△△部長は俺の元部下だった、××事業担当の◇◇専務ならあの人の若い頃の話をいろいろ知ってるから話つけられるよ、そういう「しがらみ」を振り回すことでしかこなせない仕事がたくさんあるからだ。

 そこそこ歴史のある日本の大企業が、部長以上のマネジメント職にまったく何の関係もなかった外部の人間を突然迎えるなんてことを絶対にしようとしないのは、それがその企業にプロパーとして入って何十年積み重ねた奴にしかできない仕事のポジションだからだ。まあ、だからこそ彼らはリストラとかで社外に放り出されると、まったく何もできない人になっちゃうんだけれども。

 医師や弁護士みたいな、法律で定められた資格職と「大企業の管理職」という仕事以外のほとんどの職業は、別にそんな特殊なキャリアって要らないんじゃないだろうかと思う。そういう意味では、「手に職」をつけたいっていうのは、ほとんどの職業あるいは就職先を選ぶ時の選択基準にはならない気がする。

 ただ、それじゃあ「特定の企業を離れても食っていける人になるにはどうしたらいいのか」っていう質問の答えになっていないので、「やる気と根性があれば人間たいていのことはできる」っていうことはまず前提として置くとして、どんな人になれば「特定の企業に所属しなくても食える」のかということを考えてみる。

 最近じゃ、言われた通りのことさえもできない奴が増えているので、それは当たり前って言い切ってしまうのもどうかと思うが、言われた通りのことができればフリーターレベルの仕事にはありつける。

 そうではなくて、大企業でも中小企業でも「正社員として雇いたい」と思う、つまり割高な給与と(仕事のあるないにかかわらず)持続的な雇用をある程度保証しても囲っておきたいと思う人っていうのは、並河助教授のブログの言い方をそのまま引用すれば、「人と話し合いつつ現場でその日その日の困ったことを何とかする能力」を持った人のことだろうね。分解すると「コミュニケーション能力」と「問題発見・解決能力」ってことかな。

 では、そういう能力を身につけさせてくれる企業ってどこ?という話になると、「そんなところありません」というのが結論かも(笑)。正確に言うと「今はもうありません」かな。

 昔、少なくとも僕が新卒で入社した頃までは、先輩や上司にすっげえおっかない人とかねちっこい人がいて、学生気分で入社してきた僕らのプライドと小賢しい問題回避能力(笑)を、完膚無きまでに粉砕してくれて、社会人の流儀というのを鉄拳でもって教えてくれたような記憶がある。そんなことしてもその上司や先輩には一文の得にもならないんだけど、彼らも社会人の先達としてのプライドみたいなものがあったのだろうか、熱心にそういうのをたたき込んでくれた。

 しかしそれから人間関係はどんどん希薄になり、新入社員に粘着して鉄拳制裁したり怒鳴りとばしたりする人はほぼ絶滅した。それには2つ、理由があったと思う。長い右肩下がりの不況を経て、そんな労力を費やしても会社が評価してくれなくなったこと。もう1つは新卒社員が、怒鳴りとばしてもそのまま凹んで、気がついたら会社辞めちゃってましたみたいな奴ばかりになって、おいそれとプライド粉砕攻撃とかできなくなっちゃったこと。

 前者の理由は「デフレ経済」「不況」で納得できるんだけど、後者の理由はよく分からない。僕はゆとり教育のせいなんじゃないかと思ってるけど、違うかもしれない。

 とにかく、新入社員に手間をかけてコミュニケーション能力と問題解決能力をたたき込んでくれる企業はなくなった。つまり、今どきどこの大企業に就職したって、それだけで世の中を渡っていける「スキル」なんて手につかないってことだ。今どき「手に職」が欲しかったら、自分で盗み取るしかないのだ。

 で、タイトルに戻るわけだが、もし「特定企業に属さなくても世の中をわたっていける」能力のことを「専門職」というのなら、それは自分で盗んで身につけるしかなくなったのだと思う。企業もそのことをよく分かっていて、世の中にある「専門職」系の仕事であればあるほど、正社員(=スキルのある人)と契約その他(=スキルない人)の給与格差が激しくなっている。

 例を挙げればきりがないほどなのだが、たとえば僕の従兄弟が服飾デザイナーを目指していて、「それってどうやったらなれるの?」と聞いたことがある。返ってきた返事は「とにかくどこかのデザイン事務所にもぐりこみ、そこでほとんど無給で丁稚奉公する。それしかない」というものだった。
 
 無給に近い「丁稚奉公」を10年近く続けないと、正社員という「親方」になれない業界というのは、伝統的なガテン系やプロスポーツなどだけでなく、これまで知的労働とされてきた分野にまで、すごい勢いで広がっている。

 知っている限りで言うと、医者や建築家、各種デザイナー、大学教授などは既にそういう世界になっている。法科大学院がスタートして法曹人口が一気に増える弁護士業界も、これから同じ道をたどるだろう。かろうじて既得権益が守られているのは会計士ぐらいか。

 そして次にそういう波をかぶるだろうなあと僕が思っているのが、マスコミ、ジャーナリズムの世界である。

 以前に映画「ニュースの天才」の批評で、米国のジャーナリストというのは、そのほとんどが専門学校を出たばかりの若造ばかりだということを書いた。米国のジャーナリストというのは、年収300万円以下の丁稚奉公を5~10年勤めて取材や執筆の技術を盗まないと、署名入りで記事が書ける「コラムニスト」にしてはもらえない。

 僕はたぶんそれが身につく前に修業を放棄してしまったクチだと思うが(笑)、ジャーナリストとしていっぱしの能力を身につけるには5~10年かかる、というのは、元朝日新聞記者のフリーランス・ジャーナリスト、烏賀陽弘道氏も自身のウェブサイトでこう語っているので、感覚的にそれほど間違っていないだろう。

朝日に限らず新聞社や通信社にいる同僚たちにはぜひ伝えておきたいのだが、新人記者になって最初の5年間くらいの初期トレーニングは、かなり強力な武器をぼくらに残してくれる。これはaccuracy checkとでも言えばいいのだろうか、記事に書くデータをチェックして、間違いがないようギリギリまで詰める実務のことだ。当たり前のことのように思うかもしれないが、ずっとフリーで育った人は、このアキュレシー・チェックが意外に弱い人が多い。人によって違うが、入社5~10年目までのトレーニングというのは、プロのライターとして渡っていくには、けっこう貴重な財産なのだ。
 逆に言えば、その能力が身に付くまでの半人前の若造が、日本のマスコミではまだべらぼうな給料をもらっていると言ってもいい。

 ここまで書いたら、たぶん多くの人は「R30は市場原理主義者だから、世の中みんな丁稚奉公になっちまえばいいっていう結論になるだろう」って予想するだろう(笑)。でも正直、僕はこれに関しては「事実世の中はそっちの方へ向かっているし、そうしないとマスコミは企業として生き残れない」という現実は直視したいと思っているけれど、それがいいと思うか悪いと思うかと聞かれると、黙るしかない。

 若いときにはタダ働きみたいなことばかりさせられて、ようやく余暇を謳歌できる時間と金が手に入った時には、人生のたいがいの楽しみは味わえない年齢になっているって、本当に幸せな世の中なのか。人間、年齢や分相応で使い切れないほどのカネをもらっても、悪いことをするだけだろう。誰もが必要な時に必要なだけのお金が手に入る暮らしの方が、どんなにか人間的だと思うのだが。

 とはいえ、僕自身は「特定企業に属してマネジメントになれるまで数十年の歳月を積み重ねる」という生き方に幻滅を感じてさっさと放棄してしまった人間だし、特に「手に職」もついてないので、これから数十年先までニートとかにならずにまともに生きていけるかどうか心許ない。

 したがって就職活動をしている学生たちに贈れるような言葉も持ち合わせてないわけだが、一つだけ言えることがあるとすれば、「とりあえず最初に社会に出る時には、法人相手のビジネスしている大企業に入っとけ」ってことぐらいだろうか。

 消費者からカネをもらう会社はこれからどんどん辛くなる時代である。有名じゃなくてもいいから、大企業相手に商売しているそこそこの大企業に入っておけば、とりあえず「手に職」になりそうな何かを盗むまでの10年間は何不自由なく養ってくれるはずだ。僕みたいにそこから転がり落ちて外に出ることは、その気になればいつだってできるのだからね。

 なんか、何が言いたいのかよく分からないのにどえらい長文になってしまった。皆さんゴメン。

02:51 午前 経済・政治・国際 コメント (11) トラックバック (8)

2005/02/04

トップ人事へのコメント3件

水曜日に記事をアップできなかった償いを少々。隊長風のエントリを試してみる。

三井住友・西川社長が辞任へ(Yomiuri Online)

 UFJへのTOB合戦は単なるMTFGへの営業妨害かと思ってたが、違ったというわけだな。実は三井住友の不良債権問題が噴出するのを隠蔽するための戦略だったと。で、そこに金融庁も気がついて裏から締め上げたと。

 しかし、この程度のことはゴールドマン・サックスの持田社長様に泣きつけばどうにでもなったと思うのだがな。西川君もついに尻の毛までむしり取られて持田君に見放されたか。これからSMBCは厳しくなるな。日本の金融の中心は野村との結託を模索するMTFGと、無手勝流でクレディ・セゾンとかアライアンス組みまくったみずほグループに収斂か。南無。

(13:00追伸。NIKKEI.NETが打ち消し報道「三井住友FG、社長辞任報道『全く白紙、事実無根』」をアップ。香ばしくなって参りましたw)

社長は「現場の独断」と強調 JFEスチール排水投棄(asahi.com)

 満を持して社長交代を発表したばかりなのに、いきなりこれですか。なんかすごく臭うな。新聞内示が出たあとでの暴露だから、下垣内現社長周辺の陰謀とかそういう筋じゃないだろうな。社長交代のどさくさ紛れに乗じて、といったところが真相だろう。

 しかしそれにしても有毒物質の垂れ流しを10年間隠蔽してきたっていう、雪印や三菱自工並みの不祥事に、社員や管理職にも責任を取らさず、社長も辞任しないっていったいどうよ。JFE叩きになりかねないんでないの。社長は知らなかったって言い張るんなら、少なくとも現場社員と管理職のクビははねないとだろ。

 それができないってことは、…もちろん数土君が責任取るっていう意味だよね?あ、責任って言ってもJFEホールディングスの社長に異動するっていう責任じゃないよ(笑)。ていうか、ごまかさずにトップ全員辞めろ(怒)。

三菱自新会長「しっかり経営すれば将来明るい」(NIKKEI.NET)

 んなわけねーだろ!と突っ込み入れたくなる能天気ぶり。現場の社員及びグループ金融機関担当者諸氏の激烈な心労が推察されます。南無。

 前のエントリで「三菱自工はスリーダイヤグループの取締役候補の廃棄処分場になった」って書いたけど、重工の西岡会長が新たにトップになるって発表を聞いて、読みが全然間違っていたってことに気がついた。

 はぐれバンカー氏のブログで裏事情について解説されているのでそっちを読んでいただきたいが、要するに前の3役は日産に工場ごと軽自動車の事業を売却しようとして、西岡の虎の尾を踏んじゃったわけだ。で、飛ばされたと。

 ここまで来たら、会社として現有する信用価値に見合うだけの身の丈まで事業を縮小しなきゃいけないぐらいのこと、普通の経営者だったら分かるんじゃない?たった1年間でそこまでの話をまとめようとした3人を、「工場売却なんてまかりならん」という、それだけの理由で斬首ですか。三菱ってホントに腐ってるな。

 まあ、西岡が会長になった以上、とどのつまりは重工に吸収合併させて市場から抹消っていう処理にするんだろな。軽自動車とトラックのOEM専業自動車メーカーとして(笑)。歴史上かつてなかったビジネスモデルかもね。さしあたって1年ぐらい後がめどですか。親方防衛庁な企業はさすが太っ腹ですね。

10:32 午前 経済・政治・国際 コメント (0) トラックバック (1)

財務省の役人は救いがたい低能である件について

 なんかベンチャーキャピタル業界が大騒ぎになってるみたいだね。Richstyles!経由で知った。火元はNIKKEI.NET「海外投資家への源泉徴収方針、ファンド9社が反対」、「業界そのものが消える」と悲鳴を上げているのがこちら(小林雅ブログ)とかこちら(堀義人ブログ)とかこちら(元リップルウッドのスタッフのブログ)とか。にしても小林氏のブログ、最近ファイアーしてますな。そのうちヤバイこと口走るんじゃないかと、冷や冷やしてますが(笑)。

 その小林氏のところなどでだいたい書き尽くされてるかなとも思うのだが、この問題はベンチャーキャピタル業界だけの問題じゃないわな。実は財務省が自分で自分のクビを締めている希ガス。

 何でかっていうと、Richstyles!氏も書いているが、要するにこの課税強化というのは、取れるところからはなりふり構わず税を巻き上げたい石"ストーン・ヘッド"弘光・政府税調会長と財務省主税局のストーン・ヘッドぶりを余すところなく露呈しているからだな。

 まあ、別に今に始まったことじゃないので「またかよ財務省」って感じなのだが、しかしそれにしてもこのバカっぷりというのは目を覆うばかりというか目を見張るばかりというべきか。

 特に興味深いのは、今回の件が財務省の愚劣低能ぶりを2段階の鉄板論理で証明しているところである。2段階というのは、1つは、税金を取るという行為の意味を、それによって企業や個人という国民経済を支えている経済主体がプラス・マイナスどういう影響を受けるかというPolitical Scienceの観点からではなく、単に国家財政にとってカネがいくら足りねえのかというレベルでしか思考できないこと。

 Richstyles!のエントリでは、「ドラフトワン」に対する酒税税率アップという事例で説明していたが、まあ酒税に関してはそもそも税法自体が論理も何もない欠陥法だからしょうがないのだけど、もしかして主税局の担当官がたまたまマッコリとか紹興酒とかが大嫌いで、「おっ、ドラフトワンから税金ふんだくるついでにマッコリと紹興酒も潰しちゃえ、どうせ俺嫌いだし」とか考えたのだとしたらこれはまあ納得できる。ていうか納得できないけど笑える。

 だけど、今回の件は今まさにこうした独立・外資系M&Aファンドの圧力によってようやく健全でリーズナブルな市場に生まれ変わろうとしている日本の株式市場のクリーンアップのモメンタムを根こそぎ引っこ抜き、状況を10年ぐらい巻き戻しさせかねない税制改正なわけだ。

 いや、こんな言い方しても税務署での殿様接待しか受けずに育ったスポンジ脳な主税局の連中には理解できんだろうな。しょうがない。もうちょっと分かりやすくNHK週刊子供ニュース的に言うとだな、こういうことだ。

 こいずみしゅしょうは、これから5年のあいだに、がいこくのお金もちにこれまでよりもずっとたくさんのお金を日本へもってきて、日本のきぎょうのためにつかってもらいたいと言っています。ところが、こいずみしゅしょうの言うことをきかなければいけない人たちが、日本のくににひつようなお金がたりないといって、がいこくのお金もちからぜいきんをとるときめようとしています。このせいで、がいこくのお金もちはけっきょくこれまでよりずっとすくないお金しかもってきてくれなくなりそうです。こいずみしゅしょうは、きっとおこるとおもいます。どう?理解できた?

 まあ、この程度のことはポリサイのポの字も知らない財務省主流派の沙汰としては常套の話なので今さら何とも思わない。だが、仮にそれに納得してもさらにもう1つの理由で愚劣低能となってしまうのが、今回の件のすごいところだ。

 Richstyles!でも指摘されているが、主税局が課税できそうなネタを必死で探している一方で、理財局(国債の発行・管理する部局)は、郵政民営化が秒読みに入ったこともあって、これまで95%以上が国内で消化されていた日本国債を、海外投資家にも買ってもらえるようにするにはどうしたらいいか、昨年から議論を重ねてきているのだ。

 で、その議論の議事録の中に、傑作なことが書いてある。読んでもらえれば分かるが、日本の国債が海外投資家にほとんど購入されない理由として、

  • 日本の税制が複雑すぎて、非居住者(海外投資家)には手続きが面倒&高コスト
  • 利回りが低すぎる
  • 国内の"特定の投資家"(もちろん郵貯のこと)が保有しすぎていて、流動性ショックが起こるのが心配だ
  • 英語での情報開示がほとんどない
 という4つが上がっている。

 ちゃんと最初の方に「税制の複雑さが日本への投資を細らせている」って書いてあるのに、そして理財局が必死に国債を買ってもらおうと海外投資家に頭下げて回っているというのに、そのそばで「ハゲタカ野郎は二度と日本に来んな」と喚いて回る主税局。がははは。こいつら、頭イカレてんじゃねーの?下手なジョークもほどほどにしてくれよ。

 Richstyles!氏は「財務省も含めてもっと『金融のプロ』を育成してもらいたい」と総括しているが、まあ無理だわな。理財局は傍流だし、日銀と一緒にALMとか必死に勉強して金融の知識を身につけていると思うが、主税局なんてもうダメダメだ。金融のプロどころか、政策のプロと呼ぶことさえおこがましい。堺屋太一センセイじゃないが、「官僚は優秀に見える?違います。官僚は"あたまが悪い"のです!」って叫びたくなるな。

 主税局ってのはさあ、キャリアで入ったらまず全国の税務署にいきなり署長として赴任し、「若殿」とか言われながら地元企業が出来レースで献上する「脱税摘発」の実績の勲章をもって本省に帰り、それ以降はずっと税調のストーンヘッドな学者や政治家につき合わされるわけですよ。税を政策誘導のインセンティブに使うなんていうポリサイのテクニックとか、まったく知らずに法律ひたすら書かされる。そりゃ、そんな生活を数年も続ければ本人たちもストーンヘッドになるのは当然だと思うよ。ストーンヘッドのくせに「俺たちが日本の財政を支えてるんだ」とか威張りくさるからますます手に負えない。

 金融庁は、何とか財務省から切り離して外部の民間人を大量に入れたことで多少ともまともになったが、財務省の中枢である主計・主税は、もうどうしようもないんかもねえ。

 以前に、住専問題当時の銀行局長だった西村吉正氏(早稲田大学アジア太平洋研究科教授)に話を聞いたことがあるが、彼は「財務省っていうのは、いまだにインターネットでそこら中に転がっている統計資料よりもっと古いものを後生大事に抱えて政策判断している。あれで現実が分かるわけがない」と嘆いていた。

 結局どんだけ間違った政策を作っても、政治家に最終的な責任を転嫁しちゃえる以上、官僚に責任を問うことはできないし、政治家がバカだとどうしようもないし。

 うーん、なんか希望のない話になっちゃったな。せめて財務省自体にもっと民間人を入れて人事交流することはできないんか。それだけでもやればずいぶん変わると思うんだが。

03:32 午前 経済・政治・国際 コメント (2) トラックバック (9)

2005/02/03

ブログ書くのに疲れただと?!そんなおまいに鞭くれてやる!

 明日の朝食用のご飯を炊飯器に仕掛けておこうと思ったら…ななななんと米びつの中に米がもうあまりない!おーい、明日朝イチで米買ってこいよ!>自分。アイアイサー( `Д´)ゞビシッ!>自分。

 そういえば、なんだか一生懸命立候補してないって叫んだつもりだったのに選ばれちゃいましたよニッポンのアルファブロガーに。実はこのブログ、目に見えない大きさで「アルファブロガーにはR30を」っていうサブリミナルが背景画像に仕込んであるんです。イメージのすり込みっていうのは恐ろしいね(嘘)。てゆーか本当に内田樹ブログ、論壇系に入れなくていいのか?うちより絶対アクセス多いよ?(笑)

 そして再び定期的にわき起こる「ブログってそもそも何」「ブログはいかにあるべきか」のメタ論議。隊長んとことかRichstyles!氏のとことか。もう、なんか激しく脱力。脱力してる場合かっ!!そんなおまいらに鞭くれてやるぅっ!!( `Д´)ノ~~~~~~ビシッ>自分。

 個人的には他の入選ブログが(隊長を除き)みんな白背景な中で、うちみたいな黒背景のクソデザイン(あー、ちゃんと自覚してますよ)のブログがコンテストで唯一選ばれたというだけで「してやったり」という気分で笑いをかみ殺すのに必死なR30なのでありますが、隊長の「意図的にノイズを増やし面白く書き綴る」という文言にギク━━━━。それってもしかして僕のことですか。

 別にエキサイトブログニュースのランキングなんかと一緒くたにしなくったっていいじゃん。僕も去年の年末に登録許可下さいっていうメールがエキサイトから来たんで、はいはいどうぞって返事したけど、並んでるブログのヘッドライン見て「ああ、こりゃ何の役にも立たねーな」って思ったから、その手のランキングとかはそれ以降一切シカトしてる。エキサイトから一番客が多かったのは、一昨日のドンキホーテのエントリだ。さもありなん(笑)。

 そうは言ってもエキサイトは管理チームは礼儀正しいし、こっちも分かって並べてもらったわけだし、別に問題ないと思う。むかつくのは、こっちがまじめな話を書いてるエントリに、よりによって人気BLOGランキングに参加しろとか書き込む奴だ。おまいら、もう少しエントリの空気読んでからコメントつけろってんだこのバカ野郎。ケッ。参加してほしけりゃ勝手に登録でも何でもしろや。今度スパムコメント送ってきたらぶち殺すぞ!

 ったく、IT業界はバカが多いからなあ…とか思っていたら、@niftyお前もか!!密かに愛読していた「悪徳不動産屋の独り言」ブログが、ココログブックスコンテストの運営にぶち切れてブログ休止宣言出してる。マジっすか。@niftyのココログブックス担当者!!土下座して謝れこの野郎!!

 ま、というわけでブログ関連のランキングとかコンテスト企画には、常に懐疑的、というか冷笑的な今日この頃。だってそうじゃない?一般の人から見て「良い有名ブロガー」の最大の共通点っていうのは、隊長も書いてるけど「良い議論を発掘し、先導し、新しいブログを取り上げてそこに読み手を流し、さらに議論を発展させ、集積し、結果として次のイノベーションは何かを読み解く力をブログに与える」ブログの運営者だと思うのよ。つまり、いろいろな方法でアクセスPVを「与える」人ってことね。

 ランキングとかコンテスト系の企画考える奴らっていうのは、そのへんが全然分かってない。せこいやり方でもエロい見出しでも、何でもいいからとにかく「集めた」やつを表彰したがる。でもそれは本当の「良いブログ」じゃないと。で、みんな脱力してブログやめちゃうと。場を仕切る奴がバカだと場がやせ細り、仕切る奴がもっと焦ってバカをやる。これ、コミュニティーにおける黄金の悪循環。

 カナロコ始めた神奈川新聞のメディア局の人たちにも、ぜひ肝に銘じておいてほしいんだけど、ブログのコミュニティーっていうのはさ、「吸い上げる」んじゃなくて「分け与える」のが仕事になると思うんだよ。

 つまり、一次ニュース持ってる奴のウェブが月間最大800万PV集めます、そんなことは当たり前。問題は、そのPVと読者を、コミュニティーに集まってるユーザーに惜しみなく分け与えて、喜ばせてあげられるかどうかなのよ。でなきゃこれまでの、他人のコンテンツただでもらってウェブに並べてるくせに、吸い上げたPVは絶対外に出さず、てめーの広告収入に換えようとするその他マスゴミとおんなじになっちゃうんだから。

 ちょっと脱線した。まあ、隊長の言うように今はちょうどブログがいったん成長の踊り場に来ているんだと思う。それは自分のブログのアクセス動向見ていても分かるし。何故かと言えば、たぶん次のような理由かな。

  1. 一般の人にとって「ブログってどんなもの?」というのを首実検する段階は、去年末まででだいたい終わった
  2. 今はCMSとしての(pingによる)強力な伝播機能、情報の断片化とその再構成が非常に容易にできることなどの特長を生かして、ブログでどれだけうまいビジネスモデルとワーキングスタイルを作れるかっていうところに、焦点が移ってる
  3. 活用のレベルとしては社内とか自社顧客といった枠に限定する方がやりやすい。だからオープン・インターネットから見えないところ(認証エリア)に設置する
 かく言う僕も、そういうプロジェクトにいくつもかかわってますし(笑)。Richstyles!氏が書いてたけど、ほとんどのブログユーザーっていうのはこれから地域(カナロコ、フルルkansaiなど)、SNS(mixi、gree)、それと趣味や属性別のクローズドブログサークルみたいなところに引き込んでいくんだと思うよ。

 オープン・インターネットのブログっていうのは、そんな中の本当に上澄みになっていくんじゃないかなあ。そういえばちょうどisologueで磯崎哲也氏がそこに絡んで「終身雇用的社会と実名ブログ」というエントリを書いていたけど、言い得て妙だなあと思った。特に次の部分。

「会社は仮の居場所であって、自分は自分の”腕”にあわせて最適な組織やキャリアパスを選ぶんだ」と考えている人にとって、ブログというのは自分の名前を売るための非常に有効なツールなんじゃないかと思います。(っていうか、「ありえねー」ってほどの大チャンス到来!って感じ?)
 逆に言うと、今の企業に雇われてる日本人って社長以外は誰も企業の看板を自分のペルソナと一致させてリスクを一身に背負うことなんてしないでしょ?だから極端な話、企業が「うちはいつでも独立できる社員としか契約しません。会社にちょっとでもぶら下がりたいと思う奴は入社禁止」って言い出さない限り、ブログの世界で実名の名前を売ろうっていう御仁はこれ以上出てこないと思うわけだ。

 で、じゃあなんでお前は会社勤めのくせにブログやってるんだって言われそうだけど、ハンドルネームか実名かっていうことで言えば、僕は実名の方は「○○会社に所属する」っていうリアル属性のペルソナの呼び名として世間に標榜しているので、ここでは使わないわけです。

 ネットの中で他人のブログに絡んだり絡まれたりして面白がっている僕のペルソナの名前は、「R30」。実際に調べようと思ったらR30が誰なのかとか比較的簡単に身元調べることできると思うんだが、それでも実名ではなくHNでブログを書く理由って、やっぱり自分が会社に勤めているということのペルソナと、ブロガーであることのペルソナって分離しておきたいっていう思いがあるからなんだよね。芸能人が芸名を使い、小説家がペンネーム使うのと同じ。

 まあ、もしリアルの僕と完全に同一化してもいいなと思える時期が来たら実名出すかもしれないけど、たぶんしない。なぜかというと、同一化させるリスクというのももちろんあるけど、そういうことだけじゃなくて、なんていうか僕にとってブログっていうのは内田樹氏の言う「誰に対しても好きなだけ悪口を言う自由」の場の確保だと思うわけだ。以前にあるライターさんが「ブログの快感っていうのは、マスコミ向けの原稿で絶対書けない言葉、バカとかクソとかを平気で書けることですよね、このカタルシスってすごい」って言ってて、とても共感した覚えがある。

 初めて会った他人に向かってまず喧嘩を売るとかいちゃもんつけて絡むとかって、リアルの世界では「ヤ」の字の方々以外にあり得ないじゃないですか(笑)。もちろん、僕だってそんなことしてませんし。だけどブログの中では、喧嘩売って読者を流し込む、あるいはトラックバックを打って読者を横取りする。そして喧嘩をエンタテイメントとしてお客さんに見せ、一緒になって問題の所在に向かって考えるチャンスをあげる。それが一番理にかなってると思うのですよ。迷惑っていう人もいるかもしれないが(笑)。

 でも、それをオープンインターネット上の、どんなとんでもないキチガイが来てもいいぞって言うぐらいオープンな場所でできる話芸のある人っていうのは、世の中でもそんなに多くない。一般の人はもっと狭い世界で友達同士馴れ合っていたいし、その方が楽。そういうことなんじゃないかな。

 そう言えば、愛読しているガ島通信というサイト名の由来を、昨日のエントリで初めて知ったよ。マスメディアという「ガダルカナル島」に取り残されそうになっている自分、という意味か。味わい深いね。

 そういう意味で言うとさ、オープン・インターネットの世界というのは、それ自体ガ島なのかもしれないな。僕らはここで、お互いに血塗れになって倒れ、息絶えるまでバトルロワイヤルを繰り広げる。世の中の議論を引っかき回し、人を右から左に動かし、祭りを起こして踊らせ、大笑いさせたり涙を流させたりするために。僕は、割と好き好んでそういう役を買って出てると、自分で思う。

 最後に、1つ提案。来年のアルファ・ブロガー投票企画は、ブロガーで選ぶのではなく、エントリで選ぶ形式を取ってほしい。これは、今から予告しておいてもいいと思う。つまり、普段は大したことない日記を書いてるブロガーでも、ピカイチの面白い考察を書いたエントリが1本でもあれば表彰するっていう、そういう方式に変えたらどうかな。

 これって、確か米国のHBSかどっかのビジネス・スクールが主催する「ビジネス・ライティング・アウォード」かなんかで採用されてる方式なんだよね。米国にも大小いろいろなビジネス誌があるけど、その中で1年間でもっとも面白い、読ませるコラムを1本だけ表彰するっていうの。マイナー雑誌かメジャー雑誌かは一切関係なく。

 ブログなんて、どうせエントリごとバラバラに分解して読んでるんだから、別にブログ単位で「アルファ」とか選ばなくてもいいじゃん。それってブログっていうテクノロジーの優位性、全然生かしてないよ。

 んで、投票の時に一緒に現金かはてなポイントで「寄付」をしなきゃいけないことにして、最優秀エントリに選ばれた人には、集まった寄付を賞金として贈呈(笑)。賞金が何百万円になるか想像もつかないぜ、それ。すっげえ面白い。

 そうすれば、ブログの世界っていうのもエントリ単位で「一獲千金」狙う人たちがもうちょっと増えて、1本1本のエントリに気合いが入る人が増える気がする。投票=寄付っていうのも、ブログコミュニティーに対する1年間のお礼、みたいな意味を込めてもらえるしね。

 アルファブロガー企画がそういうイベントになって、ブログ界に貢献しようとする人、貢献した人を褒める人が増えてくれば、僕らアルファブロガーも、見ず知らずの他人のブログに土足でずかずか踏み込んで、あれこれ引っかき回す楽しみがもうちょっと増すかもね。別に僕なんか賞金もらえなくてもいいからさ。

09:36 午前 ウェブログ・ココログ関連 コメント (6) トラックバック (17)

2005/02/01

ドンキホーテの"本音チン列"

 先週ちょっと用事があって秋葉原に行ってきた。用事はあっという間に済んだのだけど、元記者の習性で、店が建ち並んでいるところに行くとほとんど無意識のうちにふらふらと店の中に入ってあれこれ観察してしまう。

 会社に入ったばかりの頃と辞める直前の通算5年、流通サービス業界の担当記者として僕は、都心から田舎、百貨店から田舎のパパママ電気店まで、本当にいろいろな店や商業集積を観察し、取材した。店を観察する手法を科学的に学ぼうと思って、ストア・コンパリゾンの技術なんかも必死で勉強した。挙げ句に断りなしに店内の見取り図書きながら偵察してて、店長に見つかって捕まり、店をつまみ出されたりしたこともあったな。普通そこまでやる記者いねえだろっての(笑)。

 で、記者辞めても相変わらずその癖が抜けないのであちこちの店に用もないのに入ってしまうわけだが、今回本当に久しぶりに入った店があった。ドンキホーテ秋葉原店だ。

 実は僕はドンキがまだ店頭公開する前の頃の安田隆夫社長に取材したことがあって、今じゃ考えられないことだけど当時の本社のあった府中店の近くのファミレスで安田社長と3時間半ぐらいぶっ続けでしゃべっていたこともあった。新人記者の頃会った中でも、一番強烈なイメージの残っている経営者の1人だった。

 ドンキの秋葉原店は、もともとラオックスのアソビットCITYの入ってたビルからラオックスを追い出して、2~4階の3フロアに昨年8月にオープンした。ラオックスがアソビットCITY撤退の会見で「特に不採算だからということではなく、ビルの所有者の都合で…」と言葉を濁していたから、どうしたんだろうって思ったんだが、今から思えばたぶんドンキがビルの持ち主を口説き落としたんだろう。ドンキ恐るべし。

 今じゃあそこら中にドンキがあるんで秋葉原店も別に珍しくも何ともないが、あの店はつい先日ちゆ12歳さんところに放火予告のカキコがあって警察から問い合わせが来たりして、ちょっとした騒ぎになったことで覚えてる人も多いんじゃないだろうか。

 個人的に言うとドンキは全然肌に合わないので、プライベートでドンキに目的買いに行くことはあり得ないんだけど、ふらふら歩いていたら目の前にあったので(笑)何となく入ってみた。たぶん、たまたま耳栓が買いたくてドンキなら売ってるんじゃないかって思ったのと、「秋葉原のドンキって、いったい何売ってるんだよ」っていう興味がちょっと沸いたからだと思う。

 ドンキの店に入って1時間以上かけてMDを眺めたのは何年ぶりだったか。渥美俊一大先生あたりに言わせると、ドンキなんてストア・コンパリゾンするに全く値しない店の一言で切り捨てられるんだろうけど、僕にとってはドンキの何たるかを改めて、いや新たに認識させられたといってもいいぐらい、ものすごく衝撃的で面白かった。

 何が衝撃的だったかって、3階の衣料品売り場である。エスカレータを上がったところすぐのところから左奥にかけての照明が、何だか普通のところと違う。蛍光灯にわざわざピンクの色フィルムがかけてある!つまり、3階のそこだけなぜか秋葉原の他のどこにもない、怪しい雰囲気が漂っているのだ。

 なんでここはピンクの照明なんだ、と思いながらエスカレータを降りて棚を見た瞬間に、意味が分かった。踊り場すぐ左の、まず最初に目に付く棚は上から下まで「全身編みタイツ」とか「透明エプロン」とか「ゴスロリ風メイド服上半身だけ」とか、そういうすごいコスチュームが並んでいる。棚の角にはマツケンとギター侍の着流しが飾ってあるが、回り込んで通路を進むと、再び「女の魅せパン」というタイトルの、各種のギリギリ系(笑)下着が幅5mぐらいの棚にびっしり。

 で、通路の反対側はというと、通路沿いのエンドには「チャイナ服どれでも2着3990円!」とか、セーラー服、スチュワーデス、ミニスカポリス、ヒョウ柄ブラ&パンツなどが所狭しと並んでいる。もちろん、バカ殿のお面とか「男女両用」のセーラー服&金髪カツラとか、明らかに宴会芸用のアイテムもあるわけだが、宴会芸アイテム売り場なら照明をわざわざピンクにする必要はない。

 売り場を見渡すと、男女のカップルがいちゃいちゃして「どうする~?」とか言いながらセーラー服とかチャイナドレスとかを手にとって眺めてる。それを見て僕は心から感動した。2次元やフィギュアに萌えてる奴らがウヨウヨしてる秋葉原でこういう商売が成り立つとは思わなかったよママン。

 食品&雑貨売場の2階もすごい。1Fのパチンコ屋「アイランド」横のエスカレータを上ってすぐ目の前にあるのが売り場の中で一番目立つ、巨大な「スキン」の棚である。それも、裏にはベビー用品とかが入れてあるじゅう器の、わざわざスキンの方をエスカレータからフロア中央に抜ける主通路に向けて置いてあるのだ。スキンてのはさあ、一番目に付かないところに並べるのが定石だろ。パパ、うっかりその棚の前で立ち止まって振り向いたとたん、飛び上がりそうになっちゃったじゃないか。マジで勘弁してクレヨ。

 2階で心臓が止まりそうになり、3階で後ろめたい気分にさせられ、4階の家電売り場まではとうとうたどり着けなかった。予想するに、4階もバイブレーターの棚がエスカレータ上がってすぐのところにどかーんと置いてあるんじゃないか、きっとそうだよ。まるで女の子だけがいない風俗店だよ、ドンキ。

 思うに、ああいうズバリ人間の本音に訴えかけるMDというか陳列というのが、ドンキのドンキたるゆえんなのだろうな。消防法適用で圧縮陳列できなくなっても、ドンキは生きていけるような気がした。流通業界では、よく「百貨店はハレ、コンビニはケ」なんて言うけれど、ドンキの「ケ」ぶりはセブン・イレブンも真っ青だぞ。でも、あのケは栗先生もブログで言ってるように「女の子を連れていっていちゃいちゃできる」ケだよな。セブンの店内でいちゃいちゃできないけど、ドンキならできる。確かに。

 考えてみると、世の中でドンキ並みに「本音チン列」(笑)のできてる店って、ないと思うんだよね。下半身を計算し尽くしたマーチャンダイジングとサービスのある店っていうのは、例えば歌舞伎町のフィリピンパブとか、すすきののキャバレーとかはそうだけどさ、物販で下半身計算し尽くした店って他にないでしょう、さすがに。

 マスコミもドンキを「規制破壊の旗手」とか持ち上げるんならさ、そろそろドンキのことをバカの1つ覚えみたいに「圧縮陳列」って表現するのやめて、「本音チン列」(しつこいw)とか呼べばいいんじゃないのかな?世の中的には「圧縮=延焼の原因」みたいに思われるようになっちゃったし、しかも今のドンキの競争力の核心はもう圧縮陳列じゃない気がしたし。

 実際、よくよく見たら1つ1つの商品が安いわけでもないし、相変わらず僕自身はああいう下品なMDの店には好き好んで行かないとは思うけど、やっぱりドンキの陳列ノウハウって、日本の中ではたぐいまれな競争力があると思うよ。秋葉原であれはどうよ?っていうのはもちろんあるけどな(笑)。

02:20 午前 経済・政治・国際 コメント (5) トラックバック (0)