今回、コメント欄における皆様の議論が読解力の足りない一部のバカを除き、あまりにも鋭い応酬の連続なので、それに敬意を表するべくここまで丁寧語で書かせていただきました。以下、耐えられなくなったのでだ・である調に転換。
でもって全部のTB、コメントには到底応えられそうにないので、気になったものだけピックアップしつつコメント。
当ブログを含めたあちこちでの議論の概要と各所の主張は、ぎょろぐさんとこのエントリにまとまっているので、そちらを参照のこと。
で、最初にいちゃもんを付けた新米コンサルタントの起業日記からの反論に応えるかたちで、僕の考える少子化対策を述べよう。
> その負担の大きさについては当然考慮が必要ですが、他の予算との兼ね合いがつくならば、それもまたありでしょう。
> その優先順位のつけ方を真剣に考えるべきです
と述べているが、何度も言うように新規の財政支出を仮定している時点で、外れ。日本人をこれ以上公的資金漬けにする案は、少なくとも僕的には検討の余地なし。
実は従来の少子化対策の問題は、書きながら本人も気がついているように、『「少ないから意味がない」のか、「いくらあっても意味がない」のかどちらなんでしょう』ということ。つまり並河助教授の指摘している通り、ここで必要とされているカネは「アベレージ故なのか、リスク故なのか」ということなのだ。
マクロの政策論に持っていこうとすると、この2つは「財政支出が伴う」というだけで同じことになってしまう。だけど本当は全然違う。そして行政はほとんどの場合、アベレージの部分でしか問題を解決してこなかった、あるいはしようとしてこなかった。これが、従来の少子化対策政策が機能しなかった最大の理由だと僕は思う。
そもそも少子化は問題なのかとか、移民を入れれば万事解決とかいう指摘には、ここでは答えません。そういう議論は別のところでやってくださいよろしく。
さて、少子化をくい止めるために必要な合計特殊出生率を回復し維持する、つまり1人の女性が人口維持に必要な数(2人)の子どもを産むためにはどんなハードルがあるか。
結婚する前の女性にとっては、「結婚したいと思うに足るイイ男が見つからない」ということに尽きると思う。ここは少子化問題の1つの大きなヤマではあると思うのだが、極めて個人的な価値観の領域の問題でもあり、またニート、引きこもりなどにも通じるコミュニケーション論の問題でもあるので、このエントリで論じるのはパスしたい。
次に、結婚した女性が子どもを産むかどうかについてだが、どこかで「結婚した女性が最低1人は子どもをもうける確率はかなり高い」と読んだ記憶がある。つまり今の日本では「結婚する=籍を入れる」というのはある種「子どもを嫡子と認定する」ための準備であると捉えられている部分が高いわけで、物理的な問題を抱えている夫婦でない限り、「結婚→第一子出産」のハードルはそれほど高くないと考えて差し支えなかろう。
となると、2つめのヤマは蓮舫議員も言う通り、第一子出産後、第二子以降の出産にたどり着かない人が圧倒的に多いことであると言える。そこで、僕の思考ももっぱらこの点に焦点を合わせた。
僕の提案する少子化対策は、以下の2つである。
1.健康保険で被扶養者を1人以上登録していない従業員の割合が30%を超える企業の法人税率(あるいは外形標準課税の税率)を、10~20%引き上げる。公共機関及び政府・自治体はこの比率を常時30%以下(できれば25%以下)に抑えることを義務づける。
2.保育園から大学まで、あらゆる教育機関で教育を受ける際の費用負担を、高等教育ほど高い比率でバウチャー(利用券)によって賄う。大学以降の教育は、教育内容にもよるがほぼ100%の公的負担とする。
これら2つの案は、新規の財政支出を一銭も必要としない。むしろ1.などは新たな収入増につながる部分があるかもしれない。2.教育バウチャー制度は、規制改革会議などでも教育改革の側面から議論されたことがあると思うが、「少子化対策」として提案されたという話は、寡聞にしてまだどこでも見聞きしたことがない。もし似たような政策が論評、あるいは効果検証されているところがあったら教えて下さい。
それぞれについて意図を解説しておく。
1.は、子どもを産むか産まないか、何人産むかという個人の価値観の問題に直接政策介入せず、労働市場を通じて無理のないレベルで長期的に影響を及ぼそうというアイデアである。
企業の労働者を20歳から59歳までで各年代とも同人数いるとすると、20代(25%)の5分の3(15%)と、それ以外の年代(75%)の5分の1(15%)までは未婚者がいてもしょうがないよね、でもそれ以上未婚者や既婚でも子どもを2人以上作らない人がたくさんいるってことは、企業として「従業員が安心して子どもを産み育てる」労働環境作りを怠っていると見なしてもいいんじゃないか、という発想だ。
確か、年金問題に絡めてパート・アルバイトにも社会保険加入を必須とするというルールの適用が検討されていたと思うが、これが実現されれば同時に現在はパート労働者に適用されていなかった各種の育児支援制度を、社会保険加入をトリガーとして適用できるようになる。できれば社会保険と国税とで納税者データを交換し、徴税にも役立ててもらいたい。
また、この制度を入れると企業は恐らく(税率引き上げが大きな影響を及ぼす大企業ほど)2つのことを率先してやるようになるだろう。
(1)被扶養者登録従業員比率を大きく左右する20代若手社員の結婚・出産を推奨
(2)(1)だけでカバーしきれない場合、30代以上の中途採用で有子者を優遇
入社時にほぼゼロである有子者率を20代トータルで5分の2に持っていくためには、29歳の時点で5分の4以上の社員が男女にかかわらず子どもを作っていなければならない。その意味で(1)は若手従業員の労働・育児環境改善につながると期待できる。
また、(2)によって30代以上の中途採用市場では「被扶養者がいること」が転職成功の実質的な最低条件になるだろう。もちろん独身者、子どものいない既婚者であっても優秀で非登録者枠に余りがあれば雇う企業もあるだろうが、子どもがいる方が有利となれば、実際には転職しなくてもその可能性を潰さないために子どもは作っておこうと考えるのが常人の発想だ。
かくして、「職探しでも、子どもを保育園に入れられなければダメと言われる」「保育園では一定以上の収入がある人は入れられないと言われる」という、並河助教授の指摘するような行政のジレンマを、企業側の対応を「市場適応」によって変えさせることで解消できる。
それでも子育ての制約を言い訳にして24時間すべてを会社に捧げない従業員など要らないと豪語する企業には、「長期的な人口維持による社会の安定化を否定する反社会的企業」というレッテルを貼って懲罰的に税金を取り立てよう。しかも、赤字を言い訳にさせない外形標準課税が理想。これで十分筋が通る。
次に2.であるが、前のエントリへのとおりすがり氏のコメントで「旦那の収入、将来性が安定していなければ、そうそうギャンブルにも出てられないという人も多い」というものがあったが、彼の言う通り、既婚の有子者夫婦にとっては子どもを作ることがすなわちギャンブルであるという認識が強いと思う。
正直、1人の人間を「生存」させるという話なら、育ち盛りの子どもでも1年に50~60万円もあれば事足りる。暮らしていくだけなら、税や住居費等を除いた手取り収入が年300万円もあれば夫婦に子ども2人が余裕で暮らしていける。夫婦共働きでも子どもが成人するまでの20年にわたってこれだけの収入確保の見通しさえ立たないという家庭は、それほど多くはないだろう。
それなのに子どもを作るのが「ギャンブル」に見えてくるのは、生活費ではなく、中学、高校、大学…と続く教育と「親のせいで良い学校に行けなかった」などと思われないための課外学習とにかかる、莫大なコストを考えてしまうからだ。
20~30代前半の世代にとっては、公務員でもない限り仕事と収入なんて一瞬先は闇である。いつ会社が潰れるか、自分の仕事がなくなるかも分からない。3年先ぐらいまでなら予想できないこともないが、10年先の自分がどこの会社でどんな仕事をしていくらの給料をもらっているのか、正確に予測するなんて不可能だと思っている。
そういう自分自身の人生のリスクに加えて、子どもにかかる経費が10年後、20年後に加速度的に増える「リスク」があるとしたら、その時点で「子どもはほしい」と「リスクを最小化する」の妥協点として「1人でガマンする」という結論が出てくるのは当然だ。
そこで、遠い将来になればなるほど増加する「リスク」をカバーするべく、高等教育になればなるほど(つまり収入ダウンのリスクが高くなる将来になればなるほど)教育コストは公的負担で賄われるようにする。これなら、2人目、3人目の子どもができたら誰かを大学にやれなくなるかも…と悩むこともなくなるし、40歳を超えてから子どもを作っても、定年前のリストラや定年後の収入減におびえなくていい。
「公的負担って税金じゃないか」と思われるかも知れないが、違う。これらの負担は、公的セクターが過半を占める教育産業の大幅な効率化で捻出する。それが「教育バウチャー制」である。どんなものなのか、公的支出は必要ないのかなどはこちらあたりを参照。
これまでの議論では、私学振興共済事業団が握る年3200億円の私学助成金、文部省の所轄する国公立大学の補助、2兆5000億円にのぼる義務教育国庫負担金などが既に幾度もやり玉に挙がっている支出だ。これらのほとんどをバウチャーに切り替え、しかも高等教育に傾斜配分する。
バウチャー制度というのは、教育を受ける側の人間が自分で「公的資金を援用すべき教育機関」を選び、補助金の分配額を決める制度だ。今までは文部官僚がこの権益を一手に握り、あらゆるバウチャー制に反対してきたが、来年から始まる三位一体改革で義務教育国庫負担金が地方に権限委譲されることになり、部分的ではあるが地方自治体の権限で小中学校に限りバウチャー制度を取り入れる余地が生まれた。実際に導入したいという動きは埼玉県を始めあちこちで出てきており、実際に導入されればこれが日本の公教育というダムにとって「蟻の一穴」になるだろう。
実際の学生が定員の半分を割っているような私立高校や大学への補助金を大幅に削り、定員割れを起こしている公立幼稚園も民間に転用するか保育園機能を持たせるかして集客力をアップさせるなどして補助金支出のムダを削る一方、集客力のある民間教育機関にはどんどん公立学校の運営を任せて受益者のニーズに合わせていく。こうすれば、高等教育の学費のかなりは既存の公的支出の範囲内で賄われるようにできるだろう。
官僚の抵抗もあって一気にそこまでは行けないというなら、住宅ローン減税のような期間限定の政策として、今後3年間に生まれる子どものみ保育園から大学卒業までの教育費の50~80%を税金で賄うとぶち上げてみればいいのではないかと思う。少なくともすぐに巨額の財政支出が発生するものでもないし、3年間の出生率が大幅に向上すれば、今後も政策として継続し、一方で教育の効率化を含めて財源の論議を進めればいい。
この制度は、将来の無制限な教育支出の懸念を解消してみせることで、出産に伴う「将来リスク」を大幅に下げるという心理効果を狙っている。並河助教授の言う「リスク」への対応だ。
だが、それと同時にもう1つ狙っている効果がある。この政策が、仮に出生率向上に効果がなかったとしても意味があると思うのは、少子化の深刻化に伴い移民受け入れが不可避となったときにも、「日本人である以上はこれだけの高等教育を極めて廉価で受けられる」という、移民との差別化になるということだ。
このあたりは北欧諸国で実際に導入されている制度なので、より詳しく知りたい方はそちらの文献なりをご参照いただきたい。
というわけで、書き込みが非常に困難な環境ではあるのだが、とりあえず「生きていますよ~」というメッセージ代わりにこんなハードなエントリをアップ。バカですね僕って(笑)。次回はもう少しまったりしたネタにします。