「結婚したら負けかなと思ってる」
前回のニートの記事も、小難しい内容よりも先にタイトルが割と共感を呼んじゃったみたいなところがあったので、今回もタイトル先行で行ってみたいと思います(笑)。ネタ元はとくダネのあのニート君の有名なせりふ「働いたら負けかなと思ってる」から。
以前のブログで「少子化の根本的原因は、子どもが小さいうちは母親が付き添っていないと精神発達が遅れるという『3歳児神話』にある」みたいな話を書いた。そのときは考えもしなかったことなのだが、どうも少子化とニートは、問題の根っこが同じところにあるらしい。
前回の「ニートになりたい僕たち」で書いた話は、実はもう現実に先取りされていた。読売新聞の9月16日の報道によると専業主“夫”は7年連続で増加しており、昨年は96年の2倍に達し、ついに8万人を突破したとのこと(読売の元記事はもうネット上に存在しないので、このあたりのブログを参照)。要するに、男性と女性の立場がすごい勢いで入れ替わっているだけのことで、これからますます男もカジテツやらセンギョーやらになるわけだ。で、男性は子どもを産むことはできないんだから少子化進んで当然じゃん、みたいなアホくさい結論で終わりそうな気もする。
というところで終わってもしょーがないので、今度はちょっと逆の側から、つまり女性が結婚しない理由について考えてみたい。
ずばりそのものの議論については、今年は「負け犬」論争などもあったことだし、小倉千加子センセイなど高名な学者様たちがさんざん論じているテーマなので、ここで正攻法で議論するつもりはない。
で、何が言いたいかというと、「ニートも非婚化も根っこは同じ気がする」というLoveless zeroのエントリに対する言及だ。僕もまったく同じことを考えているが、それはLoveless~の筆者、秋風さんが書いているような「自己の理想イメージと(結婚、雇用の)相手のオファーとのミスマッチ」というだけではない。それははっきり言える。
ニートと非婚化の何が共通しているかというと、それは親の存在だ。ニートでも「むりやり就職しなくてもいいという親」の存在がニートを(経済的、精神的に)許してしまっているという声があるが、結婚だって同じなのである。自分の娘がいくら婚期を逃しそうだからって、給料も安定してもらえない男と結婚してもいいと思う親はあまりいない。むしろ親の方が結婚相手の経済力を天秤にかけて、そんなやつと一緒になるぐらいなら30過ぎても家にいなさい、とか言って通ってしまう。前も言ったように女性自身の経済力だって、同世代の男に比べて(相対的に)どんどん上がっている。
昔はそういうとき、無理矢理結婚相手を見つけて世話しようとするおばさんが必ず近所にいたもんだが、最近はそういうお節介な人は特に都会ではめっきり減った。
あと、僕がこれは見逃せないと思うのは、経済的な側面だけではなく、「結婚生活そのものに対して、親の世代が何の希望も子ども世代に与えていない」ということである。
団塊世代の夫婦で、夫婦の寝室が一緒だという家庭の割合は2~3割と聞いたことがある。もっと少ないかもしれない。ほとんどの団塊夫婦は家庭内で別居している。別に夫婦仲が悪いからではない。お互い、それぞれでやりたいことがいろいろとあるからだ。妻は地域内での様々な会合やらネットワーク活動に大忙し。収入は減り気味だけど会社の仕事にも余裕が出てきた夫は、若い頃没頭できなかった音楽や芸術などの趣味に没頭。日中忙しい妻と帰宅後の時間を夜中まで楽しみたい夫は、生活時間が合わなくなる。それで、寝室を分ける。
若い世代はそれを見て「結婚なんて別に意味ないじゃん。一緒の家で暮らしていても、結局お互いのやりたいことやるだけなんだ…」と思う。で、同年代の男性を見ると趣味にとてもついていけない。20代後半~30代前半はできればニートになりたいとか思ったりする、ひきこもりオタク世代だからだ(笑・僕含む)。
「子どもはほしいけど結婚したくない」という声が多くの女性から上がるのは、「子どもはカワイイから欲しいけど、こんなキモイ男どもと一緒に暮らしたくないよ~」という理由があるからである。というか、親の世代も含めて、趣味に没頭する男というのがたいてい家族関係をないがしろにしてまでそれをやる、ということが分かってるから結婚したくなくなるのだ。
本音の部分を補えば、今の若い女性の気持ちは「(経済合理性があって趣味もあう、そんな理想の相手がいれば)結婚したい、でも(ニートひきこもりオタクフリーターとかのダメ男とは)安易に結婚したら負けかな、と思ってる」、みたいなところじゃないでしょうか。実は、ニートとまったく同じ構図(笑)。
さてここからは、あるマーケティング・コンサルタントの受け売り。
実は、「団塊世代」「シニア世代」の価値観は、人口で約半数を占めるというボリュームも相まって、今や日本人の全世代に波及している。
シニア世代の最大の特徴は「夫婦子連れ」という、政府や企業の想定してきた標準的世帯像とは異なる「非標準世帯」であることだ。たいていのシニア世代は「親+子1人ずつ」か「独居」という世帯構成である。なぜか。夫婦の場合はほとんど寝室が別で、家庭内で別居状態である。だから2人の「独居者」のいる世帯と考えて良い。
一方、ニート、カジテツ、老・老介護などのいる家庭は「親+子1人ずつ」の構成だが、この世帯の特徴は「親と子どもに相互甘え関係がある」ことだ。意識が融合していて、お互いに離れられない。そうでない場合には、たいてい依存の相手として子どもの代わりに「ペット」が存在する。こういう家庭では「1週間に娘/息子より、ペットの顔を見る回数の方が断然多い」。つまり子どもがどうしているか、親の側にまったく関心がない。これはむしろ2人の「独居者」家庭と分類した方がいい。
彼の話によると、首都圏では既に「標準構成」の世帯比率は、全世帯の15%にまで下がってきている。それ以外の家庭は全部「独居」か「親+子依存」のどっちかである。むしろ標準家庭がとうてい「標準」ではないという実態がある。
この結論として、彼は「30代半ば負け犬女性も20代後半ひきこもり男性も、マーケティング的には全員『シニア』である」と定義する。他人より自分の価値観を優先し、血縁のある家族より癒しを与えてくれるペットを重視する、そういう価値観の人々が世の中の多数を占めるようになったのである。以上、受け売り終わり。
ここで狭い意味の50歳、60歳以上のおっさんたちが「世間の伝統的な家族の価値観の崩壊はユユシキことだ」とかほざいたところで、若い世代に「アンタそんなこと言うてるけど自分の家で奥さんと別室で寝とるんとちゃうんかい」と言われてしまうとまったく説得力がない。今さらサーヤも結婚できてやっと当たり前の女性になって良かった良かったとかはやしたててみたところで、今さら上の年代がぶっ壊してしまった枠組みが元に戻るようなものではないと思う。だって、それは今の労働人口問題やら経済の合理的な流れをすべて逆回転させたい、というのと同じことだからね。心情的には分かるけど。
結局のところ、保守的な人たちのもやもやした気持ち(サーヤを見習え!みたいな)を突き詰めていくと、結婚や労働という「我慢」を若い連中に教えろ、ということに集約されると思うのだけれど、上の世代が我慢から解放されて好き放題していながらそれを言うか、という時点でもはや解決策はないのかもしれない。そういう意味で、保守的な方々は若い連中に苦行としての労働を「人間的成長」とか洗脳しつつ教え込んでる楽天やらソフトバンクといった会社をもっと持ち上げるべきだと思いますがね。これは余談。
で、僕が思うのは「労働か家庭(家事)か」という二者択一に押し込めようとするから誰もが不幸になるんだよね。だったら、第三の選択肢を広げればいいじゃん?ということだ。つまりですね、地方自治体の仕事とか公共機関の仕事を全部解放して、公務員の仕事をみんながパートタイムとか有償ボランティアでできるようにすればいいんだよ。
そうすれば、家に閉じこめられてる人にとってもちょっとしたお小遣い稼ぎ&社会に貢献する仕事をしたことの証が得られるかもしれないし、適当に人が入れ替わっていくことで、雇用の流動性も高められるし。
だいたい、今の公務員っていうのは、学校の登下校の行き帰りで旗を振ってるだけのおばさんが年収800万円だとか、理不尽な話が多すぎるんだよね。ニート対策で230億円の予算とか言う前にそこんとこ何とかしなさいってこった。
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