運命という才能
「マスコミとコンサルの奴はモラトリアムを続けたいだけだ」と、いとーさんにコメント欄で一刀両断にされたものですから、倒れてもタダじゃ起きないのがポリシー(嘘)の僕としましてはこれも何かネタにしなきゃなぁと。
そこで引っぱり出してきたのがこれ。故・小此木啓吾著『モラトリアム人間を考える』(中公文庫)。懐かしいね。1980年にブームになり、その後高校・大学の国語の受験問題にも頻繁に引用されるようになったこの本、R30の読者なら、読んだことはなくてもこのタイトルぐらいは聞いたことがあるはず。
今になって読み返してみて、面白いことに気がつく。
まず、この本で小此木教授が言っているモラトリアム人間の定義を確認しておくと、「現実原則(Reality Principle)ではなく執行原則(Exective Principle)として環境を理解し、『断念する苦痛に耐える心』(フロイト)のなくなった人間」という意味である。
彼は決して悪い意味にこの言葉を使っているのではなく、マスメディアが肥大化し、物質文明が発展した結果として、若い人ほど「自分は本来全能であり、目の前の現実はいくらでも変えられる」と考える精神傾向を持つようになったことを指して「モラトリアム」という言葉を使っている。
面白いなあと思ったのは、本の後半でライフサイクルについて述べた部分で、現代人の職場・仕事への適応問題として「上昇停止症候群」というものを挙げている点だ。実はこの本で述べられていることとまったく同じことを、「極東ブログ」のfinalvent氏が印象的な言葉で11月7日の日記に書いていたことを、思い出した。
人生って中年以降は匿名として消えていくか、権力ゲームのプレーヤーになれるか、の、どっちかで、99%くらいは前者。私もその組。才能の問題もあり運命の問題もあるが、畢竟、才能とは運命だな。「モラトリアム人間」の本の中では、一般にこの種の「上昇停止体験」を経て、サラリーマン人生における下降カーブの現実を受け容れる時期を「40代」としている。当時(80年代)、部長から役員、社長へと登る階段のスタートは40代後半、役員の座に就くのは普通50代後半だった。だからその「1%に入れない」という諦めが、99%の人々には40代で訪れたのだ。
だがどうだろう。恐らく10年後、日本の大企業の社長の3分の1ぐらいは40代になっているに違いない。高くても50代前半か。とすると、1%を選抜する出世レースは遅くとも30代後半、場合によっては30代前半で、ある程度の決着がつくことになる。
とすれば、小此木教授の言った「上昇停止症候群」は、現在においては40代ではなくまさに30代の精神症状と言ってもいいんじゃないだろうか。経営者の若返りという現象は、銀の匙を加えて入社するわけではないその他大勢のサラリーマンの挫折時期の前倒しという副作用も、当然ながら伴っていたわけだ。
彼はこの症状の解決法について、「個人心理的な内面の成熟」「それまでに身につけた仕事、職業、役割と何らかの連続性を持つことのできるような仕事、職業、社会とのかかわりを保てるかどうか」「望ましくない仕事をやむを得ず強いられるくらいなら、自分自身の意志で退職し、それまでとの連続性が得られるような仕事、職業を獲得する方が望ましいのではないか」といったようなことを述べている。
30代の僕らは、まだまだ新しいことを覚えることのできる能力があるという意味で、ここで彼が言っているような「それまでの仕事との連続性」はあまり気にしなくてもいいのかもしれない。だが、「運命という才能」を持たない99%に入る人間であるという自覚を持って、「望ましくない仕事をやむを得ず強いられるより、自分自身の意志でやりたい仕事ができる職場に転ずる」ことを目指すというのも、30代の重要な選択かという気もする。
やりたい仕事をやれるかどうか、あるいは自らのコントロールできない現実の「苦痛に耐える心」を強いられる程度が多いか少ないかという意味においては、マスコミもコンサルも別に他の職種より特に優位性があるかと言えば、そんなことはない。単に、しがらみだらけで変化対応の遅い会社は世の中の現実に向き合ってない分社員もお気楽、というだけの話で、そういう会社は業績が傾くとエゴ丸出しで消えゆくパイの取り合いという地獄が現出するので、それまでほとんどなかったはずの「自分でコントロールできない現実の苦痛」が、突然急拡大するというデメリットもある。
マスコミ、コンサルをより「モラトリアム」と思わせるものがあるとすれば、それは単にその社会的イメージという“幻想”の部分に過ぎないんじゃないかと思う。むしろ“幻想”にとらわれて自分が「運命という才能」のない99%であるという現実を直視するのが遅れる分、後々のリカバリーが辛くなるような気がするんだけど。人間万事塞翁が馬の如し。
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